『小高慈喜は小田舵木』

小田舵木

『小高慈喜は小田舵木』

 閉ざされた部屋。

 舞い上がるほこり

 散乱する家庭ごみ。

 積み上がったエナジードリンクの缶。

 新しい山脈を造山ぞうざんする煙草の吸い殻。


 その中央にしがない物書きの僕は居る。


 頭をむしりつつ、煙草を吸い、その火で伸びっぱなしの髪を焼く。

 こんな文章―誰も読みはしないし、金にもならない。

 常識で考えればそうなのだが―と考えていれば来たぜ、やっこさんが。


小高おだかァ!!上がってんのかァ?」粗暴な男の声だよ、これは。

「ちょっと待ってくれ…としてない」と僕がうめけば。

「んなモン誰も待ってねえ!!小田おだ様は待ってんだよお!!今日の更新ネタをよォ!!」

「んなもん自分でどうにかしてくれよお!!」と僕が叫ぶなら。

小高おだか慈喜じきィ…てめえの魂は縛られてるのお忘れかよお?」と文章ぶんしょうり氏。

「いい加減、契約期間は終わったと思ったがね?」この軟禁なんきんされて幾月いくつき経ったか。

「まだだなあ。お前は―諸々の罪業によりここに軟禁幾億年いくおくねんだ」

「冗談キツイぜ?書くにも限界はある。いい加減気分転換でもしないと…ネタ切れだよ」と心から思う。いい加減、手持ちのネタはやりきっていて。

「…ねえ所からひねり出すのが物書きじゃねーのか?」と文章取り氏。

「無から有を産むってか?僕は何時から神になったんだよ?」

「少なくともけどな」

「だが神でも無いよ!!ったく」

「お前…も一回いっかいち込まれたいか?奈落の底に」

「いんや。それならここで無い頭ひねってる方がマシだね」

「待ってやるから書けよな」と意外に面倒見良いんだよなあ。文章取り氏。いや。これがストックホルム症候群か?


                  ◆


 ああは言われてもだ。ネタは出きり、使えるオチは使い尽くしたぞ?

 さて。どうする僕?

 メタネタ…は手垢がつきすぎてる。かと言って温いオチは受けはしない。

 ああ。ネタの出ない苦しみよ。

 もの書きにとってネタが出ないってのは―息が出来ないクラスの苦しみなのだ…


                 ◆


文章ぶんしょうり氏ィ…」と僕がとびら越しにうなれば。

「死ね」と文章取り氏は却下する。

「いや…煙草を切らしてね?」と僕が媚びれば。

「お前―想像創造出来るだろうが」と彼は言う。

「いい加減、このラム酒のフレーバーに飽きたんだよ」と僕は言う。僕が死ぬ前に吸ったのはラム酒が香る銘柄で。そのせいかコイツしか出てこないのだ。

「しょうがねえな。俺のヤツ吸え」と扉のポストに投げ込まれるバニラフレーバーの煙草。

「悪いね」と僕は扉を背に腰掛けながら煙草を吸い始め。

「お前、変わったモン吸ってるよな」と彼も煙草を吸う。

「うん?死んだ親父がね…」

「親父なあ。俺は居なかったけどさ」

「何かあったのか?」と僕は問う。

「いいや?産まれたらよ…蒸発してたのさ」

「家庭に耐えかねたのかね?」と僕は問い。

「知らねえよ」と彼は応える。

「家庭…持たず終いで死んじまったよ」と僕は吐露し。

あったトコロで」と彼も吐露し。

「幸せでもないのかい?」

「なんつうか…人生の縛りが増えるだけだぜ?」

「いいじゃんか。僕たちみたいな根なし草には縛りが必要だぜ?」そう思う。縛ってなきゃ簡単に自由落下していくのが…僕らみたいな存在で。

「いやよお。縛られねえのも案外あんがい大事なこった」

「方向性が限られてしまう?」

「そう。家庭ありきでしか考えられなくなる」

「いいじゃんよ。やりがいは在るじゃんよ」

「お前なあ…」

「なんだよ?」

「お前みたいな奴にもあるだろ?これで良いのかって思う時」

「無くはない」

「…」そういう彼は淋しげで。

「君は―僕よりはマシだろ」なんて慰めになってない事を言い。



                  ◆


小高おだかさん」と凛とした声が在れば。

「書けないよ、貴女あなたねこ撫で声があってもね」と僕は毒づき―彼女は編集女史へんしゅうじょしだ。

「それでも書いてもらうのが仕事でさあ」と彼女は言い。

「じゃあ。を加えようかね」と僕は皮肉。

「いい加減、時間がないんですよ?」

「そんなモン、この空間にあったんかい?」と僕は疑問。

「時間が流れない訳無いでしょう?」

「止まった時の中でもかい?」

「そうですよ?」

「そいつは困ったね」

「その言葉が有限を削る」

「そう言われてもさあ…出ない時って在るじゃない?」

「ありますけど」

「創作は排便に似るのさ」と僕は苦しいアナロジー類推を出し。

「分からないでも無いですが」と彼女は受ける。

「コーヒーでも飲んだらどうです?」

「マジなレスポンスは勘弁かんべん頂きたいね」

「…私との対話に知性を使う暇があるのなら―」

「書けってんだろ?それが出来なくてウゴウゴしている訳さ」


「私は生憎あいにく書けない苦しみが実地に分からない」と彼女が吐露すれば。

「しかし。多くの書けない者を見てきたかい?」と僕はこたえてやる訳で。

「ええ。そして」

とでも?」

「そうですね」

「何人きたんだい?」好奇心だ。どうせ彼女もここに居る。ロクな事をしてきてないのだ。

「…間接的には幾人いくたりも…直接にはただ1人」絞り出す編集女史。

「君は後悔している割には…僕を絞るじゃない?」

「そういう契約ですから。ここでのロール役目はこうなんです」

「苦しいね?」

「慣れては居ますけど…」

「そんな訳でめてはもらえまいか」詭弁きべんの類である。感情を利かせてみた。

「そう言われても…こっちも残ってますからね。刑期」なんて泣き混じりの声。

たくましいねえ」

「お互いそうでしょ?」

「まったくだ」


                  ◆


小高おだか」と僕を呼ぶのは。

「君かい舵木かじき…出ないよ。来てもらって悪いけどね」とかつての相棒に言えば。

「君が居なきゃ俺は創作できないよ」と相棒はこたえる。

「じゃあ…どうして?」


?」と僕はなじらざるを得ないだろう。


「…妬ましくてね」と彼は言う。

、殺してたらキリが無いぜ?」

「近くで書いてたのが君だから」と彼は言い。

「お前と組んだのが間違いだったよ…」と僕は言い。

「そうは言ってもじゃないか?」とのたま小田おだ

「…君はそのつもりだろうが。僕は違うよ」と返しておく。

「俺一人の名で作品を出したからかい?」かく言う小田。

「その通り…

「コンビの小説書きなんて居るかい?」と舵木かじきは問う。

「居ないでもない」と僕は応える。例えばエラリー・クイーン。

「格好悪いじゃないか?」とここに来てまで見栄を張る舵木がうとましい。

「良いじゃないか…僕らは敗残者さ、何処に居てもね」と僕は言っておく。

「…」と扉越しに言う彼が…疎ましい。

「認めろよ。お前も僕も…人生の敗残者だったろ?」


「認めるか、んなモン」と彼は叫び。

「これだから、書けないヤツは」と僕はいなし。

「書けなくて悪かったな!」

「お前のケツ何回拭いてやったか…何本短編書かせたよ…」

「2023年2月で」と即答する舵木。

「…?」と僕は言う。種本たねほんありとは言え―キツかったぞ。

「感謝してるさ」とアイツは言うけど。

「まだネタ出せって言ってる君からは感謝を感じないよ」と僕は吐露する。


                 ◆


 僕は―2023年の2月の末に…


小高おだか」と彼はロープを手に現れて。

「どうした」と僕は書斎のテーブルの前でディスプレイとにらめっこしながらこたえ。

「…書けないんだな?」と小田は問う。

「…いい加減苦しいよ。毎日一本書くのはね」と僕はエディタの画面とにらめっこしながら応えたさ。


「書けない君には―用はないよ」と彼は言ったさ。

「君は…よな」とため息と共に言い。

「…悪かった」

「謝られても返ってこないよ。僕のモノは」そう。

「返すつもりも無いさ」と僕に近寄る小田。

「…君はそれで満足するかい?」末期まつごの問いは些末ささいな一言。

「…分からない」と僕の首に縄を回し。


 そして。

 僕の気道は締り。脳と体に酸素がいかなくなり。

 ―僕は訳さ。


                   ◆


「貴様は―仕事を辞め、親のスネをかじりながら書いてきた」と問うは閻魔えんま氏なのか、はたまた?

「そうだね」

「罪深い…世の物書きがどれだけ職を兼ねているか」と渋い声で言う問う者閻魔氏

「…ほぼ全てと言っていい」文章だけでメシが食える者が何人居るか?

「だろう??」

」と僕は言う。

「せめて文責を追うべきではなかったか?」

「責任というものが鬱陶しくてね?」と僕はうそぶき。

宿…そう思わないか?」

「そうかい??」

「それはお前が文章を世に問うてこなかったからではないのか?」

「僕はどっちかって言うと公募こうぼの人間でね?」

「…欲を出したはいいが。名を出す勇気はなかった」と閻魔らしき者は軽蔑の目をむけ。

「その通り」

「…貴様には―地獄さえ生ぬるい」

「…そこまで罪深くはござらん」

「死んでなお

「マジで?」

「大マジ」


                  ◆


 こうして。

 僕は居るんだよ。

 どうしてだろう?微妙な居心地の良さを感じるのは。

 それは―

「君がズルいからさ」と言うは。

かい。総出で来るねえ、今回は」と毒づき。

「…お前は勇気がないから。小田を利用した」とは言う。

「そうだね。その通りだよ。なんせが言うことだものね?」

「ああ。お前だからな、は」

「しっかし。随分ずいぶん醜いね、僕は」

「鏡を見る習慣は大事だぜ?」

「ぶくぶく太っちゃってさ。まるで僕の文体みたいだよ」僕の文体はクドいのだ。

「体ってのは雄弁だ」

「そうだろうともさ」

「さて。が出てきた理由、分かるかい?」

稿?」

「まだ書けないか?」

「出てこないねえ」

「まったくだ」

「…綺麗なオチはまだかい?」

「…どう思う?よ」

「…がお前を殺すか?」

「この空間で死ぬってのに意味あるかい?」

「あまり無いね」

小田おだ呼ぶかい?」

「アイツは

「案外便利が良いんだ、あのは」

「窓口としては役に立ったよな?」

「ああ。…」

「そのペルソナに―追われる我ら」

「そのペルソナに文を捧げる我ら」


「うん。1人芝居としてはあまり巧くない」と僕は呟き。

「これじゃあ作品としての纏まりがない」と僕はため息をつき。

「後は―何が出来るだろうな?」と僕が問えば。

「文に死を捧げる事くらいか」と僕がこたえる。


                 ◆


「なれば」そう書斎で呟く僕。返事はない。


 なんせ―


 ここには小高おだか慈喜じき。そう、何時までも何時だって。

 こと

「ああ」と僕はうめき。

 こういう時の為に置いてある、ロープに手を伸ばし。

 ドアのノブに縄をくくりつけ。その先を伸ばし、首の近くに輪を作り。

 その中に頭を通し、ゆっくりと落ちていく―


                ◆


「ってのはどうだ?小田?」とかたわらの舵木かじきに問えば。

まずいな」とこたえ。

「おいおい。もうマジでネタがないぜ」と僕は煙草を吹かしながら言う。

慈喜じき、お前ならまだいける」と舵木は言うのだけど。

「いい加減、を出さないと時間に間に合わない」

「それもそうか」

「これで良いのかね」と僕は問うてしまい。

「こうしかならんだろ?この題材は」と舵木は応える。

」と僕は言う。

「とは言え。このネタは先人をとらえたものさ」と舵木は言う。

「上手く調理しきった人を知らないよ」と僕が言えば。

「俺達でもなさそうだな」と舵木は応える。


                ◆

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『小高慈喜は小田舵木』 小田舵木 @odakajiki

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