『小高慈喜は小田舵木』
小田舵木
『小高慈喜は小田舵木』
閉ざされた部屋。
舞い上がる
散乱する家庭ごみ。
積み上がったエナジードリンクの缶。
新しい山脈を
その中央にしがない物書きの僕は居る。
頭を
こんな文章―誰も読みはしないし、金にもならない。
常識で考えればそうなのだが―と考えていれば来たぜ、
「
「ちょっと待ってくれ…オとしてない」と僕が
「んなモン誰も待ってねえ!!
「んなもん自分でどうにかしてくれよお!!」と僕が叫ぶなら。
「
「いい加減、契約期間は終わったと思ったがね?」この四畳半の地獄に
「まだだなあ。お前は―諸々の罪業によりここに軟禁
「冗談キツイぜ?書くにも限界はある。いい加減気分転換でもしないと…ネタ切れだよ」と心から思う。いい加減、手持ちのネタはやりきっていて。
「…ねえ所から
「無から有を産むってか?僕は何時から神になったんだよ?」
「少なくとも人間はやめてるけどな」
「だが神でも無いよ!!ったく」
「お前…も
「いんや。それならここで無い頭
「待ってやるから書けよな」と意外に面倒見良いんだよなあ。文章取り氏。いや。これがストックホルム症候群か?
◆
ああは言われてもだ。ネタは出きり、使えるオチは使い尽くしたぞ?
さて。どうする僕?
メタネタ…は手垢がつきすぎてる。かと言って温いオチは受けはしない。
ああ。ネタの出ない苦しみよ。
もの書きにとってネタが出ないってのは―息が出来ないクラスの苦しみなのだ…
◆
「
「死ね」と文章取り氏は却下する。
「いや…煙草を切らしてね?」と僕が媚びれば。
「お前―
「いい加減、このラム酒のフレーバーに飽きたんだよ」と僕は言う。僕が死ぬ前に吸ったのはラム酒が香る銘柄で。そのせいかコイツしか出てこないのだ。
「しょうがねえな。俺のヤツ吸え」と扉のポストに投げ込まれるバニラフレーバーの煙草。
「悪いね」と僕は扉を背に腰掛けながら煙草を吸い始め。
「お前、変わったモン吸ってるよな」と彼も煙草を吸う。
「うん?死んだ親父がね…」
「親父なあ。俺は居なかったけどさ」
「何かあったのか?」と僕は問う。
「いいや?産まれたらよ…蒸発してたのさ」
「家庭に耐えかねたのかね?」と僕は問い。
「知らねえよ」と彼は応える。
「家庭…持たず終いで死んじまったよ」と僕は吐露し。
「んなモンあったトコロで」と彼も吐露し。
「幸せでもないのかい?」
「なんつうか…人生の縛りが増えるだけだぜ?」
「いいじゃんか。僕たちみたいな根なし草には縛りが必要だぜ?」そう思う。縛ってなきゃ簡単に自由落下していくのが…僕らみたいな存在で。
「いやよお。縛られねえのも
「方向性が限られてしまう?」
「そう。家庭ありきでしか考えられなくなる」
「いいじゃんよ。やりがいは在るじゃんよ」
「お前なあ…」
「なんだよ?」
「お前みたいな奴にもあるだろ?これで良いのかって思う時」
「無くはない」
「…子どもが居て嫁が居たって、詰らない自分を問うことは可能さ」そういう彼は淋しげで。
「君は―僕よりはマシだろ」なんて慰めになってない事を言い。
◆
「
「書けないよ、
「それでも書いてもらうのが仕事でさあ」と彼女は言い。
「じゃあ。やりがいを加えようかね」と僕は皮肉。
「いい加減、時間がないんですよ?」
「そんなモン、この空間にあったんかい?」と僕は疑問。
「時間が流れない訳無いでしょう?」
「止まった時の中でもかい?」
「そうですよ?」
「そいつは困ったね」
「その言葉が有限を削る」
「そう言われてもさあ…出ない時って在るじゃない?」
「ありますけど」
「創作は排便に似るのさ」と僕は苦しい
「分からないでも無いですが」と彼女は受ける。
「出そうと決意すれば引っ込む」
「コーヒーでも飲んだらどうです?」
「マジなレスポンスは
「…私との対話に知性を使う暇があるのなら―」
「書けってんだろ?それが出来なくてウゴウゴしている訳さ」
「私は
「しかし。多くの書けない者を見てきたかい?」と僕は
「ええ。そして」
「突き回して無理やり書かせた事を後悔しているとでも?」
「そうですね」
「何人殺してきたんだい?」好奇心だ。どうせ彼女もここに居る。ロクな事をしてきてないのだ。
「…間接的には
「君は後悔している割には…僕を絞るじゃない?」
「そういう契約ですから。ここでの
「苦しいね?」
「慣れては居ますけど…」
「そんな訳で
「そう言われても…こっちも残ってますからね。刑期」なんて泣き混じりの声。
「
「お互いそうでしょ?」
「まったくだ」
◆
「
「君かい
「君が居なきゃ俺は創作できないよ」と相棒は
「じゃあ…どうして?」
「僕を殺したんだい?」と僕は
「…妬ましくてね」と彼は言う。
「で、殺してたらキリが無いぜ?」
「近くで書いてたのが君だから」と彼は言い。
「お前と組んだのが間違いだったよ…」と僕は言い。
「そうは言っても上手くやってきたじゃないか?」と
「…君はそのつもりだろうが。僕は違うよ」と返しておく。
「俺一人の名で作品を出したからかい?」かく言う小田。
「その通り…君が1人でやったんだ…って言い出したのが間違いの全てであり」
「コンビの小説書きなんて居るかい?」と
「居ないでもない」と僕は応える。例えばエラリー・クイーン。
「格好悪いじゃないか?」とここに来てまで見栄を張る舵木が
「良いじゃないか…僕らは敗残者さ、何処に居てもね」と僕は言っておく。
「…そんなの認めない」と扉越しに言う彼が…疎ましい。
「認めろよ。お前も僕も…人生の敗残者だったろ?」
「認めるか、んなモン」と彼は叫び。
「これだから、書けないヤツは」と僕はいなし。
「書けなくて悪かったな!」
「お前のケツ何回拭いてやったか…何本短編書かせたよ…」
「2023年2月で11本」と即答する舵木。
「…アレ結構キツかったぜ?」と僕は言う。
「感謝してるさ」とアイツは言うけど。
「まだネタ出せって言ってる君からは感謝を感じないよ」と僕は吐露する。
◆
僕は―2023年の2月の末に…小田に殺されて。
「
「どうした」と僕は書斎のテーブルの前でディスプレイとにらめっこしながら
「…書けないんだな?」と小田は問う。
「…いい加減苦しいよ。毎日一本書くのはね」と僕はエディタの画面とにらめっこしながら応えたさ。
「書けない君には―用はないよ」と彼は言ったさ。
「君は…僕を芯まで利用し尽くしてくれたよな」とため息と共に言い。
「…悪かった」
「謝られても返ってこないよ。僕のモノは」そう。魂を削りながら書いてきた。
「返すつもりも無いさ」と僕に近寄る小田。
「…君はそれで満足するかい?」
「…分からない」と僕の首に縄を回し。
そして。
僕の気道は締り。脳と体に酸素がいかなくなり。
―僕は死んだ訳さ。
◆
「貴様は―仕事を辞め、親のスネを
「そうだね」
「罪深い…世の物書きがどれだけ職を兼ねているか」と渋い声で言う
「…ほぼ全てと言っていい」文章だけでメシが食える者が何人居るか?
「だろう?貴様はその貴重な時間を何に費やしてきた?」
「小田舵木のゴーストライターさ」と僕は言う。
「せめて文責を追うべきではなかったか?」
「責任というものが鬱陶しくてね?」と僕は
「書いたモノには魂が宿る…そう思わないか?」
「そうかい?僕の文章は―頭に『小田舵木』って付けただけで、アイツの文章に成り代わったぜ?」
「それはお前が文章を世に問うてこなかったからではないのか?」
「僕はどっちかって言うと
「…欲を出したはいいが。名を出す勇気はなかった」と閻魔らしき者は軽蔑の目をむけ。
「その通り」
「…貴様には―地獄さえ生ぬるい」
「…そこまで罪深くはござらん」
「死んで
「マジで?」
「大マジ」
◆
こうして。
僕は居るんだよ。この地獄もどきにさ。
どうしてだろう?微妙な居心地の良さを感じるのは。
それは―
「君がズルいからさ」と言うは。
「僕かい。総出で来るねえ、今回は」と毒づき。
「…お前は勇気がないから。小田を利用した」と僕は言う。
「そうだね。その通りだよ。なんせ僕が言うことだものね?」
「ああ。お前だからな、僕は」
「しっかし。
「鏡を見る習慣は大事だぜ?」
「ぶくぶく太っちゃってさ。まるで僕の文体みたいだよ」僕の文体はクドいのだ。
「体ってのは雄弁だ」
「そうだろうともさ」
「さて。僕が出てきた理由、分かるかい?」
「原稿を差し出せってんだろ?」
「まだ書けないか?」
「出てこないねえ」
「こんなレスポンスで字数を稼ぐなよ」
「まったくだ」
「…綺麗なオチはまだかい?」
「…どう思う?僕よ」
「…僕がお前を殺すか?」
「この空間で死ぬってのに意味あるかい?」
「あまり無いね」
「
「アイツは僕たちのソックパペットじゃないか」
「案外便利が良いんだ、あの阿呆は」
「窓口としては役に立ったよな?」
「ああ。Web上のペルソナとしては必要以上に役立った…」
「そのペルソナに―追われる我ら」
「そのペルソナに文を捧げる我ら」
「うん。1人芝居としてはあまり巧くない」と僕は呟き。
「これじゃあ作品としての纏まりがない」と僕はため息をつき。
「後は―何が出来るだろうな?」と僕が問えば。
「文に死を捧げる事くらいか」と僕が
◆
「なれば」そう書斎で呟く僕。返事はない。
なんせ―今までのは1人芝居だからな。
ここには
書けない男は憐れだ。
「ああ」と僕は
こういう時の為に置いてある、ロープに手を伸ばし。
ドアのノブに縄をくくりつけ。その先を伸ばし、首の近くに輪を作り。
その中に頭を通し、ゆっくりと落ちていく―
◆
「ってのはどうだ?小田?」と
「
「おいおい。もうマジでネタがないぜ」と僕は煙草を吹かしながら言う。
「
「いい加減、コイツを出さないと時間に間に合わない」
「それもそうか」
「これで良いのかね」と僕は問うてしまい。
「こうしかならんだろ?この題材は」と舵木は応える。
「メタネタってのは最低だと思うぜ」と僕は言う。
「とは言え。このネタは先人を
「上手く調理しきった人を知らないよ」と僕が言えば。
「俺達でもなさそうだな」と舵木は応える。
◆
『小高慈喜は小田舵木』 小田舵木 @odakajiki
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