【KAC20237】賢い武闘派ヒロインちゃん攻略済み悪役令嬢RTA-ヒロインちゃんのいいわけ-

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

どうして王子を全裸で吊るしちゃったの?

 前代未聞の事件は貴族学校の卒業パーティで起こった。

 第二王子が婚約関係にあった侯爵家令嬢との婚約破棄宣言。侯爵家の令嬢が嫉妬に狂い、王子と懇意にあった男爵家の令嬢をイジメていた。素行不良を理由にした婚約破棄だったのだが。


 現在パーティ会場の中心には侯爵家令嬢と男爵家令嬢の二人だけ。

 対峙はしていても敵対はしていない。

 男爵家令嬢が正座して縮こまり、侯爵家令嬢がお説教をしているのだ。

 周囲のパーティ参加者は天井に輝くシャンデリアをチラチラと見ながら、戦慄した様子で二人を見ていた。


「全くあなたって娘はもうっ!」

「……ごめんなさいお姉様」

「ずっと我慢していたのは知っているけど、まさか最後の最後でやらかすなんて」

「だってあの人達がずっと庇ってくれていたお姉様に罪を被せて、婚約破棄とか私と婚約とか意味不明なことを言うから!」

「えっ!? あのボンクラはあなたに了承すらとらなかったの? 断れず無理やり婚約を結ばされたとかではなく?」

「私と婚約するつもりだなんて、ついさっき初めて聞きました! お姉様との婚約破棄も初耳です! あの人の価値はお姉様の婚約者という羨ま憎しな点だけなのに」

「……羨ま憎しな点って」

「第二夫人になればお姉様と末永く一緒にいられるかもしれないんですよ! それに近い立場ならば苦悩も分かち合える!」


 イジメられていたはずの男爵家令嬢が、侯爵家令嬢をお姉様と呼び慕う。

 嫉妬に狂っていたはずの侯爵家令嬢が第二王子をボンクラ呼ばわりする。

 明かされる関係性が気になるところだが、周囲はそれどころではない。


 王族と身分違いの令嬢の禁じられた恋愛ならばまだネタにできた。

 大人世代が頭を抱えても、子供世代からすれば関係者以外社交界の話題に過ぎない。

 けれど王族が身分の低い令嬢を無理やり婚約者にしようとした挙げ句、罪を捏造して上位貴族の現婚約者を貶めたとしたならば話は別だ。

 王家の権威の失墜。内戦の危機である。


「……そんな理由で我慢してたのね」

「そうですよ! だいたい私が周りから避けられていたのはあの人達のせいですよね! 成り上がり男爵家の娘が王族に構われていたら、そりゃあ避けられますよ! 同じぐらいの家柄で仲良くしてくれる令嬢皆無ですよ!」

「事実ね」

「王族にも意見できるお姉様ぐらいの上位貴族でなければ、私みたいな厄ネタに近寄ってくれません! 近づくほうが愚かです! それぐらい誰でもわかる。わからないのは私に対して『おもしれー奴』と不当な珍獣評価を下して、付きまとっていたあの人達ぐらいです!」

「あのボンクラどもがバカなのはともかく。あなたが面白い珍獣なのは私も思っていたわ。そして今日の出来事でその評価は国中に広がるでしょう」

「面白い!? お姉様に褒めていただけるなんて感激です!」

「……私ならいいのね」


 この男爵家令嬢は国中の話題になるだけのことをした。

 一瞬で第二王子に内臓を抉るようなボディブローを放ってノックアウト。

 髪をまとめてリボンを解き、魔法で剣のように強化して第二王子の衣服を切り裂き全裸にする。そして布切れと化した服で両足を括り、天井近くのシャンデリアに放り投げて吊るしたのだ。

 騎士団長の息子や宰相の息子など主要な第二王子の取り巻きも同様に処刑した。

 かかった時間は十秒にも満たないだろう。

 あまりの早業に誰も凶行を止めることができなかった。

 唯一止めることができた侯爵家令嬢は第二王子から婚約破棄された挙句、罪を捏造されていた。屈強な騎士団長の息子に、強制的に頭を地面に押さえつけられようとしているところだったのだ。止められなくて当たり前である。むしろ周囲が馬鹿王子どもの蛮行を止めろと。

 卒業パーティの空気は最悪。侯爵家令嬢への嘲笑ではなく、第二王子の蛮行にドン引きだったのも大きい。

 第二王子へのドン引きを更なる凶行で上回った男爵家令嬢が噂にならないはずがない。

 もちろんその男爵家令嬢から『お姉様』と慕われている侯爵家令嬢も噂になる。

 第二王子からの婚約破棄よりもはるかに。


「はい! だってお姉様は天使ですから!」

「天使?」

「はい。私から近づきたかったわけではありませんが、お姉様は婚約者に近づいた新興の下級貴族令嬢を邪険にしませんでした。それどころか何かと気にかけてくれた。貴族の常識を教えてくれるだけではなく、私が迫害されないように気にかけてくれて」

「……違う。善意からじゃないの」

「違う?」

「ええ。私が第二王子殿下から距離を取りたい時期だったのよ。あなたの存在は私にも都合がよかったから放置した。そのせいであなたが迫害されたら悪いでしょ。だから庇っていただけで慕われることじゃない」

「それでも私は救われました! お姉様を慕う理由はそれだけでいいのです!」


 このやり取りにパーティ会場にこの二人の仲を疑うものはいなかった。

 元々侯爵令嬢が不干渉過ぎることは有名だったので、嫉妬やイジメのイメージがなかったことも大きい。


「あなたは……全く……そんな真っすぐな笑顔を向けないでしょ」

「それにしてもあの人達を避けたのってやっぱり生理的に受け付けなかったからですか?」

「えっ!? 一応……長い付き合いだしナルシストだしマザコン気持ち悪いだなんて理由じゃないわよ!」

「やっぱりお姉様も第二王子殿下はナルシストで気持ち悪いとは思っていたんですね。そのうえマザコンだったんですかあの人」

「……失言ね。お願いだから忘れて」

「わかりました!」

「おほん……家同士の関係でね。元々私達の婚約はバランスを取るためだったのよ。王太子殿下の母君である正妃様は王権派。第二王子殿下の母君の側妃様は公爵家のご令嬢で貴族派。この対立が原因でね」

「王族はドロドロですね」

「まあね。我が侯爵家は中立派筆頭。跡取りの兄が王太子殿下の側近だから、私が第二王子殿下に嫁ぐことになったわけ」

「…………お姉様可哀そう」

「そんな泣きそうな顔で同情されたのは初めてよ。王太子殿下の健康不安もなくなり、着実に実績を重ねていく有能ぶり。対して第二王子殿下は」

「お姉様に介護されなければトラブルを起こしまくる阿呆」

「ぷっ。そうだけど言っちゃダメ。あなたのその言い草は陛下にそっくり」

「国王陛下もそう思っていたのですね」

「ええ……だから私から距離を取っていたの」


 国王陛下の名前が出て、パーティ会場にグラスの割れる音が鳴り響いた。

 第二王子殿下の行いが全て国王陛下に筒抜けだった。その意味するところを正しく理解した貴族派の子女の手からグラスが滑り落ちたのだ。


「第二王子殿下とその側近の資質を測ろうということになったのだけど……あまりに酷すぎてね。側近どももあなた……婚約者以外の女性に執着して婚約破棄。婚約破棄された令嬢が喜んでいるのが幸いかしら?」

「喜んで……あっ! だからたまに私に対して笑顔でお菓子くれたり、頭撫でてくれる先輩がいたんですね」

「たぶんね。時勢の読めない婚約者のことを嫌っていたから。その騒動で貴族派から王権派や中立派に転向する家が多くなってね。現在、貴族派が崩壊中だったわけ」

「私のせいで派閥崩壊!?」

「ええ結果的にね。だからあなたが第二王子殿下に付きまとわれて、迷惑そうにしていることを理解していたのに放置していたの。慕われる理由がないわ。むしろ私はあなたに謝らないと」

「いえ! 本当に酷いときは庇ってくれていましたから。私の学校生活はお姉様のご尽力のおかげ。お姉様がいなければ貴族社会から迫害されていました。ってああぁぁぁーーー! 今日のこともお姉様はご存じだったりしたとか!?」

「……そうね。婚約破棄されるだろうなとは」

「もしかして私……余計なことを?」

「……いいえ。助けてくれてありがとう。あなたは私の救世主よ。王家から派遣されている近衛騎士が役立たずだったし。そのせいで私は婚約者でもない男に組み伏されて、頭を床にこすりつけられそうになる屈辱を味わうところだったのだから」


 侯爵家令嬢が男爵家令嬢を愛おしそうに撫でる。

 心温まる光景だが潜入していた近衛騎士は青ざめていた。


「あのままだったら我が侯爵家は王家も見限り、貴族派に戦争を仕掛けていたでしょうね。第二王子殿下の行いが愚か過ぎたことは差し引いても、国王陛下からの勅命を受けた近衛騎士の失態は明らか。なぜ止められなかったのかは今は不問としても、今回の件は確実に王家への貸しとなるでしょうね」

「お……お姉様!? そのような物言いをしては危険かと」


 王家に対する隔意を隠さない不遜な物言い。

 さすがに男爵家令嬢も青ざめている。

 だが侯爵家令嬢の話は止まらない。目的があるのだから。


「いいのよ別に。それにしてもあなた見事な腕前だったわね。さすが五百の兵を率いて五千からなる敵軍を足止めした辺境の英雄の娘と言ったところかしら」

「父はもっと凄いですよ。野戦で何十人かの敵兵を拉致して、近くの森に裸にして吊るすんです。その裸体にブラッドビーのハチミツを塗りたくる。そうすると夜のうちに大量の虫にたかられることに」

「……恐ろしいわね。それにブラッドビーのハチミツは人間には毒ではなかった?」

「はい。人間が触れると炎症を起こし猛烈にかゆくなります。何人かの敵兵は発狂死したとか。こうなったらもう心が折れて戦えません。助けた方も手がかゆくなって戦闘力が落ちます。戦場の基本は敵を殺すことにあらず。負傷兵を増やせ。治療と介護が必要となり負担が増える。恐怖に陥れることができず。士気を粉砕できる。そう父は言っていました。そうすれば敵軍の足が止まると」

「……壮絶な英才教育ね。さすが敵国から血塗られた悪魔と恐れられた英雄」


 ブラッドビーのハチミツは真っ赤で半透明なハチミツだ。

 見た目のインパクトも十分だっただろう。

 今も辺境で悪魔と恐れられる英雄の娘がただの大人しい小娘であるはずがなかったのだ。改めて男爵家令嬢の出自を聞いて、パーティ会場の人々は現在の状況を悟る。

 王家の命に従って、大人しくしていた中立派筆頭の侯爵家令嬢の名誉が最悪の形で汚されようとした。

 現場に王家から派遣された近衛騎士もいたのに蛮行を止められなかった。

 止めたのは新興の男爵家令嬢とはいえ辺境では名の知れた英雄の娘。


 そしてこの二人が非常に懇意にしている仲だった。様々な事実が重くのしかかる。


「あなたはこんなことをしてどうするつもりなの? 覚悟をできていて」

「王家への反逆の咎。私の死を持って償います。家ごと潰されるかもしれません。けれど父も母も褒めてくれるでしょう。恩人が目の前で害されようとしているときに動けない娘はいらぬと。動けなかった場合は私の首を取って自害するのが我が父と母です」


 壮絶過ぎる男爵家だった。

 覚悟ガン決まり令嬢である。


「そんな覚悟はしなくていいわ。今回の件は我が侯爵家が受け持つから。私の父も娘の恩人を見捨てるほど落ちぶれてはいない。先ほど言ったように王家に貸しがあるわけだし」

「まさか内戦を引き起こすつもりですか!?」

「そんなことはしないわよ。本日の一件は王家の権威を失墜させかねない。公にはなかったことになるわ。第二王子殿下の蛮行を止められなかった挙句、その第二王子殿下が全裸でシャンデリアに吊るされているのだもの。側近も共々、関係した家の権威が落ちる。貴族派は総崩れね。跡取りが軒並み吊るされているし」

「……はい。だからこそ我が家は潰されるでしょう」


 何事にも代償がつきまとう。

 勧善懲悪はありえない。

 たとえ英雄的行為であっても逆恨みは発生する。

 男爵家を生贄に処罰することで、王家への攻撃を和らげる。そんなことが貴族社会では当然のように行われるのだ。

 皆が自分に都合のいい落とし所を模索すれば、そのシワ寄せは身分の低いモノに行くのは必然だった。


「公にはなかったことになるって言ったでしょ。さすがに無罪放免にはできないから修道院送りね。我が侯爵家の領地に来なさい。面倒は見るから」

「えっ!? その程度で済むのですか?」

「済ませるのよ。幸い中立派は教会とは懇意だし、修道女一人を家に置くぐらい融通がきくわ」

「命が助かったうえにお姉様と一緒にいられる!? 行きます修道院!」

「そんなにがっつかないで落ち着きなさい」


 その日、第二王子の生母である側妃が毒杯を飲んだ。

 第二王子の取り巻きだった跡取り達は幽閉されて所在不明。跡取りが醜態を晒した貴族派は未来がないと総崩れに陥った。

 肝心の第二王子は王族から離れて、母親の生家の公爵家に当主として養子入りした。現公爵家当主もまた毒杯を飲まされている。けれど第二王子が公爵として貴族派筆頭となるわけではない。

 婚約者だった侯爵家令嬢と正式に結婚したからだ。事実上、中立派に吸収された形だ。

 公爵家令嬢もこれほどの醜聞に関わってしまっては名誉が回復するわけがなく、第二王子とともに社交界からは追放された形となる。

 といっても第二王子も書類上生きているとされているだけで、生母と一緒に冷たくなっているが。


 この処分に貴族派は反旗を翻そうとしたができなかった。辺境から出てきた血塗られた悪魔の襲撃だ。ある日、突然当主や跡取りが全裸で吊るされて虫にたかられている恐怖に心が折れたのだ。


「お姉様。お疲れではありませんか? お茶にしましょう」

「いいわね。でもこの書類を片付けないと」

「ダメです。お茶です。もうそろそろ休憩を挟まないと効率が落ちます」

「もう……強引ね」


 名目上は公爵夫人。

 事実上の公爵家当主となった令嬢の側には、常にやたらと武闘派の修道女が側に侍っていたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20237】賢い武闘派ヒロインちゃん攻略済み悪役令嬢RTA-ヒロインちゃんのいいわけ- めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ