【KAC20235】進撃の巨筋

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

その日、人類は思い出した。粉末プロテインの供給を滞らしてはいけないことを

 世界的な食糧危機。

 各国政府は粉末プロテインを贅沢品と定めて規制した。

 この日の愚行を後世の歴史家はこう語る。


『人の心を無視した政策は愚かだ。決定を下した政治家の脳味噌こそ、筋肉でできていたのだろう。常識的に考えればわかるだろう。粉末プロテインを規制すれば、筋肉が暴走を始めて、無限膨張することぐらい』


 勃発した人類対巨大筋肉の戦争。

 その災禍は瞬く間に世界中に広がった。

 ある日、人間だったものが突然変異を起こし、ブーメランパンツ一丁のムキムキになる。

 俗に言われるマッチョ化現象の始まりだ。


 始まりの板チョコ。

 そう呼ばれる巨大筋肉がいる。

 始まりの板チョコはは牧場を襲い、何百頭もの牛をその場でテキサスバーベキュー方式で食べ続けた。

 その間、駆け付けた警官を蹂躙し、筋肉の素晴らしさを説き、次々と警官をマッチョ化させていった。

 牛が食い尽くされたときには高層ビルのように巨大化していたという。


 巨大筋肉には人間の言葉は通じない。

 コールと呼ばれる謎の言語にしか反応しなかった。何人もの天才と呼ばれる言語学者がコールの解読に挑んでいるが、今も意思疎通はできていない。

 代表的なコールにこんなものがある。


『キレてるよ! キレてるよ! お前の身体は南極かい!』


 解読できるはずがない。

 素人には『キレてるよ!』からわからない。

 怒り狂っている様子を想像してしまうのではないだろうか?

 この『キレてるよ!』は『身体の脂肪が絞り切れている』の短縮形だと考えられている。

 二回繰り返すことに特に意味はない。テンポの問題だ。ここで言葉を短縮したのに、テンポの良さ重視で同じ言葉を繰り返すのか。などとは考えてはいけない。

 これはまだコールの入口だ。


 考えるな。感じろ。


 こんなところで思考停止しては続く『お前の身体は南極かい!』の意味にたどり着けないだろう。

 身体が南極とはどういうこと?

 すごく冷たいの?

 疑問はいくらでも出てくる。

 とある言語学者は『この構文は筋肉量を雄大な南極の氷河に例えているのだ。つまり筋肉の大きさの象徴だ』という学説を発表した。

 この誤った解読は人類に甚大な被害をもたらした。

 コールした者がマッチョ化させられたのだ。

 愚かな話である。


 正解の鍵は前半の『キレてる』にある。

 十分な筋肉量を保有した身体が脂肪を絞りきると、筋肉のコブとコブの間に深い谷間ができるのだ。

 つまりクレバス。

 正しい解釈は『筋肉の膨らみと膨らみの間にできる溝が底の見えない巨大なクレバスのように見えて怖いぐらいだ。そのクレバスが至る所にあるお前の身体はまるで南極大陸のように雄大だな』となる。


 この設問は世界中の軍隊が保有するコール部隊の教本に乗っているので有名だと思う。

 巨大筋肉との意思疎通は難しい。

 倒そうにもあらゆる銃器は筋肉の壁に阻まれる。

 生物兵器も効かず、ミサイルなどはキャッチされる。

 ただ風邪にかかりやすい特徴があるので、風邪が蔓延すれば活動が鈍るのが幸いだろう。

 かように人類と巨大筋肉の争いは困難を極めていた。


 人類は巨大筋肉の侵入を避けるためにプロテインの壁を築いた。

 街中にプロテインがあれば侵入される危険性がある。街の外側に集めることで巨大筋肉を中に入れない作戦だ。巨大筋肉はトレーニングのため遠くまで走るので定住しない。だからこそ成立する作戦だ。

 その弊害で人類に行きわたるタンパク質は希少。高級品となっておりみんなやせ細っていた。


 そのため長らく人類の生活圏は安全だった。

 ウォールホエイが破れるその日までは。


「待ってくれ! そのサラダチキンは母さんの誕生日の祝い品なんだ!」

「カレン! 諦めなさい! 私のタンパク質はどうでもいいから!」

「すまねえな。壁のそばに筋肉どもがうごめいてやがる。いつもと様子が違うんだよ。街の中にサラダチキンを置かれると危険だ」


 カレンは涙を流しながら手を伸ばすが、憲兵はサラダチキンを接収していく。

 横暴な措置とはいえない。

 街の安全を守るためなのだから。

 けれどその行いも全て無駄だった。

 街が騒然となって、呆然と壁の方を見ている。


「なんだ?」

「あれは! まさか十メートルある壁より高い筋肉だと!?」


『デカい!』

『ナイスバルク!』

『キレてる、キレてる!』

『ナイスカット!』

『仕上がってる!』

『板チョコのようだ!』


 壁の上でコール部隊が必死に叫んでいるが気にした様子がない。

 いつもなら笑顔を浮かべながらポーズを取り続けるのに。


 そいつは壁よりもはるかに高い十五メートル級の肉達磨だった。

 助走のために数歩下がって姿を消す。そして頭に両手に添えてアブドミナルアンドサイのポーズを取りながら、ベリーロールの要領で壁を跳び越えた。


「まさかウォールホエイが……破られた」

「全員見るな! マッチョ化が感染するぞ!」

「カレン!」


 母親が覆いかぶさり、カレンの視界を塞ぐ。

 なにが起こっているのかカレンにはわからない。街にあふれる阿鼻叫喚の悲鳴と母親の心音。聴覚に意識が集中する。

 その母親の心音が急激に加速した。


 ――ドクンドクンドクドクドクドクドドドドドドドドドドドドド!


「かあ……さん?」


 カレンを拘束する母親の腕が緩む。

 開かれた視界。

 遠くで巨大筋肉がスクワットをしている。

 意味がわからない光景にカレンは混乱した。


「ジムに……行かなきゃ」

「母さん? どうしたの母さん!?」

「ジムに」

「ジムって何に!?」

「やめとけカレン! お前の母親はもうマッチョ化を始めてやがる! 心がジム通い中だ!」

「だからジムってなに!?!?」

「もう見るな! 逃げるぞ!」

「嫌だ! 離せ! 離してよ! 母さん!」


 憲兵のおっちゃんに抱えられてその場から逃げる。

 周りを見るとカレンの母親のように「ジム」という謎の言葉をこぼしながら、筋トレを始めている人がいた。

 マッチョ化の感染だ。


 その日、ウォールホエイは破られて、カレンの故郷は……壊滅した。


「………駆逐してやる」


 同時に筋肉を憎む少年カレンの胸にも炎が燃える。


「筋肉調査団に入って……巨筋どもを……駆逐してやる!」


 そして物語は動き出す。

 復讐の業火によって。

 

 

 

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