すいしょうさまといしのみこ

定点A

序:とある村のはなし

 むかあしむかしのことだった。あるお山に、すいしょうさまと呼ばれている神さまがおったそうだ。

 すいしょうさまは滝のながれのようなきらきらしたゆびと、岩にはえたこけのようなせなかをもった、おそろしいすがたをしていたそうだ。

 山のふもとのむらびとは、すいしょうさまにいろいろなおねがいをした。

「すいしょうさま、すいしょうさま、山のつちをくずさんでくれ、川のみずをあふれさせんでくれ、ひざしを強くあてんでくれ、どうかよろしくおねがいします」

 頭をさげて捧げものをして、そうやっておねがいをした。

 すいしょうさまは大抵のねがいはきいてくれたが、それでもやはりねがいの叶わぬときもあって、そういったときは特別な捧げものをするのがきまりだった。

 

 ある年はむらでいちばんりっぱな牛をころして捧げた。

 ある年はむらのおこめのはんぶんを捧げた。

 

 そしてある年、どうしても雨が降らなくて、おいのりをしても捧げものをしても日照りが続いた年のことだった。

 はて、このときの特別な捧げものはどうしよう、牛も日照りで死んでしまった、こめはこれ以上捧げたらむらびとの食べるぶんがなくなってしまう、とむらのおとながうんうん考えていたところ、ひとりがこんなことを言い出した。


「いけにえはどうだろう」


 いけにえとは、にんげんを捧げものにするということだ。むらのおとなたちははじめは反対していたが、それでもさいごにはそうしようということになった。

 それで、いけにえをきめるためのおふれをだした。だれかむらのためにいのちを捧げてくれるものはいないか、と。

 しかし、みずからいのちをすててもいいと思うようなものはそうそういることではない。あかんぼうも老いたものも、みな死ぬと悲しむものがいて、だれもいけにえになろうとはしなかった。

 そんななか、ひとりだけ、こえをあげたものがいる。

「わたしをすいしょうさまにささげてください」

 そう言って、むらでいちばんやせたこどもが名乗り出たのだった。


 このこどもの名前はだれもつけてやらなかったので、名無しとだけよばれていたそうだ。

 名無しはからだが弱かったうえに、さくねんから月のものがはじまるようになって、そのせいでよく伏せっているようになったので、みなから役立たずだとののしられていたこどもだった。

 名無しはみんなにののしられていたし、おやがいなかったので、だれも名無しを捧げものにすることに反対はしなかった。


 名無しはさいごにしろいおこめをひとくち食べて、きれいなみずをひとくち飲んで、まっ白い布でからだをくるまれて、そうして山にある滝のなかへ落とされた。すいしょうさまに捧げものをするときは滝へ落とす決まりだった。


「すいしょうさま、どうかこれで気をおさめてください」


 むらびとたちはそうやって一心に願ったそうだ。


 そうしたら、ようやく山のふもとに雨がふった。むらびとたちは最初はとてもよろこんだが、しかしその雨が降りやまないとわかると、こんどはあわててもう一度すいしょうさまにお願いにきた。

 だけど、どれだけお願いをしても、どんな捧げものをあげても、雨は一向に降りやまなかった。

 しまいには、そのむらは山からの土砂でぜんぶ埋まってながれてしまったんだと。


 ざんねんな捧げものをしてしまったから、神さまがおこってしまったのかもしれないな。

 このお話はここでおしまい。

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