ガード下。午後六時。

倉沢トモエ

ガード下。午後六時。

 夕方までは、可愛らしい絵のついたノートや絵はがき、玩具のような美しい絵本が台に並んでいたと思ったのに。さっき通りがかった時に横目で見た。


「それは出遅れたね」


 ひげ面の親父に同情された。アセチレンの灯りで、咥え煙草の顔に妙な陰影がついて見える。


「ここの縄張りは時間で区切られていてね」


 雨風をしのげるガード下は、つい数年前まで焼け出された浮浪児たちが場所を争っていた。

 今はこうして露店商が、その筋のしきたり通りに行儀よく商売をしている。


「今は〈大人の時間〉、というわけか」


 台にあるのは、仙花紙にどきつい色で刷られた、男女の秘密の事情が踊るあれやこれ。


「お子さんのおみやげかい。マサヨさんと俺は、六時に交代することになっていてね」


 その時、真上を電車がやかましく走り抜け、話は途切れた。


「……という訳で、あんた、間が悪かったなあ」

「そうだなあ。俺はガキの頃から万事そうなんだな」


 言って笑ったその時。


「なんでわざわざ逃げおおせていたところを戻って来たんだ」「全く間が悪いとしか言いようがないなあ」


 割って入った男は、黒いコートを着ていた。

 本屋も間の悪い客も、黙って両手を挙げたのは、黒いコートの胸元に短銃が光っていたからだ。



 間の悪い客に頭を押さえつけられ、銃声が聞こえたような気がしたが、先ほどとは反対方向の電車が走り抜けると同時だったので、気がつけば間の悪い客も黒いコートの男もおらず、


「……あーあ」


 血痕が点々と。遠いネオンきらめく闇の方に向かって小さくなっていくのが見えた。


   * *


「いやね、昔、マサヨさんに聞いたことがあったんですよ」


 誰かが通報したのか、顔見知りの巡査がやってきた。

 しかし間の悪さがうつったのか、台の品物の、のものを見とがめられ、これ、まずいんじゃないの、と、銃声についての聞き込みだけでは済まなくなった。

 巡査がいれば客も寄りつかず、だんだんやけになり、いつしか互いに煙草をのみながら話は脱線する。


「マサヨさんも焼け出されてあのガード下にいたことがあるってね。

 あの時のことは、お巡りさんのほうがお詳しいでしょう。ああいう子供たちに裏稼業の連中がつきまとって、男の子はそのまま組に入れられ使われて、女の子は客を取らされて」


 ある時マサヨさんは、客を取れとしつこいチンピラに追われていた。


「マサヨさんは、闇市の屋台の仕事を手伝った帰りで、両手にもらった食べ物を抱えて逃げづらかった」


 狭い道をいくつも走り、それでも追っ手は追跡をゆるめない。

 息も上がり、足はもつれ、養鶏場の裏に差しかかった時。


「『あっ!』と、チンピラが声をあげたそうなんです」


 マサヨさんは、その声に違和感をおぼえた。

 こんな時だというのに、自分に向けられていないように聞こえたからだ。


「『いけねえ!』、さらに、そんな声も聞こえたんだそうです。

 どうも知った声だったので、、」


 そこには浮浪児仲間のサダキチがいて、大八車に何やら詰め込み、どこかへ行くところだったそうなんです。

 そうしたらチンピラは、出し抜けに標的を変えました。


「『コラ、お前! アニキの#@*★!!』、

 どうもその組で押さえていた物資の数々だったようで」


 サダキチは一目散に逃げ、マサヨさんを追っていたチンピラもそれを追いかけいなくなりました。

 とりあえずマサヨさん、何とか助かりました。


「ねえ? そのサダキチ、ずいぶん間の悪い奴じゃありませんか。マサヨさん、忘れられないそうなんですよ、それきりサダキチを見かけなくなったから」

「ほう。じゃ何か? さっきの間の悪い男がひょっとしたら。そういう推理かい?」

「いやいやあ、」


 本屋はのみ終えた煙草を踏み消して、


「それじゃあ出来すぎだ。

 だけど、こうしてみると間の悪い奴っていうのは、なんだか憎めないもんだなあって、そう思ったんですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガード下。午後六時。 倉沢トモエ @kisaragi_01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ