最期

 朝の一件が現実のものとはとても思えなかった。現実に起こり得る話、というのは分かる。しかし、身近なところで起ころうとしていると途端に分からなくなる。夢なのではないかと疑う。

 もし、トバリがあいつのせいで死んだら?彼女が彼女の美学のために死ねなくなったら?そんな最悪のシナリオばかりが降ってきては消えた。

 あれほどまでに劇的な死を夢見た彼女が、身勝手なやつのせいで夢を絶たれたら。そんなこと、あっていいはずがない。

 トバリを守ろう。僕はいつ死んだって構わない。そんなことを言ったらトバリは否定するだろうけど。この命を賭すだけの価値が、彼女の崇高な思想にはある。少なくとも、僕はその考えに感化されていた。


 放課後。僕はトバリのクラスに行き「一緒に帰ろう」と下校を誘った。周囲のヒソヒソ話が増した気もするが、そんなことはどうでもいい。彼女の命に比べれば。

「珍しいね。君から来るなんて」

「朝のことがある。もしかしたら下校中もいるかもしれないだろ」

「守る気でいるの?」

「そうだ」

「……」

 トバリは何も言わない。口を手で抑えて、何かを思案しているようだ。

「悪くないかも」

 それだけを言葉にして教室から出ようとする。その後ろ姿を追って、僕も教室から出ていった。


「やっぱり、いるね」

 今回は僕にもすぐわかった。校門付近で変にたむろしていた男は、別の学校の制服だった。僕らが校門をくぐると、程なくして彼も歩き始めた。あからさますぎる。

「今日は家まで送らせてくれないか」

 背後の気配が、なんとなく大きくなった気がする。

「いや、いいよ。遠回りになるし」

「だけど」

「心配しないで。私は大丈夫だから」

「……」

 それ以上は何も言えなかった。彼女のシンプルな言葉が、とても強かったから。

 後ろの足音が、早くなった。嫌な予感がする。思わず、バッと後ろを振り向くと、ストーカーしていた男はもう姿を隠す気がなかった。ナイフを片手に、トバリを目掛けて刺す勢いだった。こうも早く本性を表すとは。予想外だ。

「あぶな……!」

 言うよりも、行動するよりも、彼女は自ら、そのナイフに刺されにいった。ビビットピンクのような血が腹から流れている。男もさすがに動揺し、その場から走って逃げた。

「トバリ!」

 ぐったりと力なく倒れた彼女を抱き抱え、僕は急いで救急車を呼ぼうとしたが。

「いい……。大丈夫」

 スマホを静止したのは、まさかのトバリだった。

「大丈夫なわけあるか。早く呼ばないと」

「いいの……。これで良かったの」

 相変わらず、彼女の言ってることが分からない。だってこのままじゃ、つまらない死に方をするから。

「やくそく、ね……。わたしのこと、わ……で」

 トバリはそこから、何も言わなかった。

 僕はただ、彼女の言っていたことを、忘れないようにしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美しい死神との約束 玄米 @genmai1141

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ