バイトの陽太くん

僕の店は、店長である僕と、3人のバイトで切り盛りしている。

僕やバイトができない会計や経理に関しては、悟くんがなんとかしてくれている。

バイトは全員学生で、半ばボランティアのようなものだ。しっかり給料は渡しているけど。この店は、学校に居場所がない子や、悩みを抱えている子がよく来るからか、バイトの子たちもその傾向がある。僕は、お客さんだけじゃなく、バイトの子たちともお話しするようにしている。僕がそうしたいからしているだけだけど。

バイトに来ている子は、裕太ゆうたくん、真白ましろくん、陽太ひなたくんの三人だ。みんな、僕が勤めていた学校の生徒やOBで、よかったら働かない?という呼びかけに二つ返事でついてきてくれた。ここで働き始めてからも彼らは僕のことを「吾潟先生」と呼ぶ。それに釣られてか、お店に来る子たちも僕を先生、先生と呼ぶようになった。少しくすぐったい。

3人の中でも、特に陽太くんはよくシフトを入れてくれる。本人曰く「この店が好きなんで」とのことだ。すごく嬉しい。

陽太くんはよく遅刻する。理由を聞くと、大体家庭の事情だったりする。彼の家はかなり家庭環境が悪い。虐待を受けている相談をよく受けるし、児童相談所へ電話しようか、とも言っているのだが、本人が拒んでいるのでどうすることもできない。教師時代のツテで児相の職員さんに相談してみようかとも迷うが、今は様子を見ている。陽太くんは、いつも肩とかお腹、背中に痣がある。着替え中とかの気付いた時に手当てをしてあげていたら、自分から「手当してくださ〜い」と声をかけてくれるようになった。少し安心している。

勤務中の彼は、チャラいというか、軽いというか、子供たちにとって絡みやすいお兄さんらしい。彼の周りには常に子どもがいて、お店に置いてあるボードゲームで子どもたちと遊んであげている。本当にいいお兄さんだ。お菓子や飲み物を運ぶ時には、ハーメルンの笛吹きみたいに、後ろからぞろぞろと子供たちが着いて来て面白い。「どいたどいた、ジュースこぼしちゃうから。」という彼の顔はいつも明るい。ここで子供たちに頼りにされることが彼の心のケアに繋がっているように見える。


今日も彼が出勤してきた。13分遅れである。

「今日は何かあったの?」とバックヤードに向かう彼に声をかけると、「補習〜ッ!」と帰ってきた。口調的に、僕の元同僚である、数学教師の三好先生の真似だろう。「似てるね、赤点取ったの、」と笑いながら返すと、「授業全部寝てたんで」とへらへらしながら返ってきた。彼の目の下には濃い隈がある。夜中まで罵声を浴びせられているらしく、ここ最近は寝れていないそうだ。あとで仮眠させてあげよう。

「今日はナナちゃんとミユちゃん、あとリクくんが来てるから見てきてあげて。あとこれはリクくんのメロンソーダ。50円もらってきてね」とお盆を渡すとはいはーいとエプロン姿の陽太くんが受け取って、彼らの元へ向かう。

うちの店は、食費は寄付で賄えるけど、光熱費が少しオーバーしたりする。

それで、心苦しいのだけれど、子供たちにはうちに来たら、なるべく何か一つ注文してもらうようにしている。駄菓子もあるし、手作りのクッキーやケーキ、アイスもあるし、ジュースもあれば、軽食くらいのものも出せる。メニューは置いていない。その日あるものの中から好きに選んでもらって出している。代金は、子供なら10〜500円。大人なら、正規…というか、一般的な喫茶店くらいの値段で提供している。それだけで足りない月もあるので、毎週月、水、金の午前の時間帯に保護者向けのクラフトワークや、お茶会、ヨガ会などを開いて参加費をもらっている。

要するに、子供たちが立ち寄りやすいようにしたいのだ。少ないお小遣いでも長く通えるように。お小遣いがもらえない子や、お金が足りない子たちには無理強いはしていない。

最初は、陽太くんにしても、他のバイトの子にしても、「潰れません…?」と不安そうにしていたが、数年経った頃にはうちの方針に慣れていた。


陽太くんは何しているかな、と視線を向けると、小さい子たちにもみくちゃにされていた。彼は力は強いが手加減ができる子だ。ひょいひょいとかわして「机よけておこうな、ジュース溢れるから。」と、テーブルを移動させていた。彼も慣れたもんだ、最初の頃は家庭環境からか少し尖っていて、貼り付けたような笑顔で、子供たちの質問に単語で答えるような子だったが、今となっては保育士みたいだ。子供たちのいたずらによって、自分の背中に貼られたシールに気付いていない彼は、くすくすと笑う子供たちを不思議そうに見ている。前までだったら理由もわからず笑われていることに少し腹をたて、僕に言いつけにきたことだろう。

「背中にシール貼られてるよ、」と声をかけると、先生なんで言っちゃうの、という子供たちからのブーイングが来た。怒られちゃった。

「俺は画用紙じゃないんだよ〜、、?先生に使っていい紙あるか聞いてきな。」手探りで貼られたシールを剥がす陽太くんは、もはやお父さんのような…。

これなら使っていいよ、と広告の裏紙を子供たちに渡して、僕は夕食の準備を始めた。

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