第14話 コボルト

☆ ☆ ☆


従業員用のドアを開けて、探索を開始する。

このホテルから半径200メートル圏内。

合計で13件の店を巡る旅路だ。

普通なら、そこまで難易度が高いお使いではないし、小学生でも出来る仕事だ。


だけど、文明崩壊後ではそれをするにも常に緊張感を持って行動をしなければならない。

外に一歩、二歩と歩き出した所で、俺たちは早速足止めを食らってしまう。

エマは耳をピンと尖らせると、直ぐに小さい声で姿勢を低くするように呟く。


「しゃがんで!姿勢を低く……声を出しては駄目よ」


言われた通り、しゃがんで出入口付近に停車してそのまま朽ち果てたワゴン車の陰に隠れる。

車の陰に隠れていると、複数のゴブリン達が全速力で逃げていく。

それも、武器を持たずに。

がむしゃらに全速力で走っており、何かに追われているのは素人の俺でも分かったほどだ。


車を通り過ぎて十字路に差し掛かったところで、一体のゴブリンがタイヤに躓いて転倒してしまう。

それを逃すまいと、ドスドスと重たい足音を立てながら狼のような生き物がやってきた。


(ありゃなんだ?狼が二足歩行しているぞ……)


ゴブリンですら不思議なファンタジー世界満載なのだが、それを上回る存在がやってきた。


狼の顔を人間に移植したような身体をしており、そして全身がモフモフの体毛に覆われた姿をしている。

山刀として有名なマチェーテのような武器を手に持ち、何よりも身体には家電製品の廃品で作られたと思われる部品を繋ぎ合わせた鎧を身に纏っていた。


(ありゃ、鎧として使っているのは冷蔵庫のドアじゃないか?ドアを鎧代わりにしているのか……まぁ、生身で戦うよりはいいとは思うけど……)


ファンタジー世界なら真っ先に却下されるようなビジュアルだ。

前面の鎧が冷蔵庫のドアだぞ?

冷蔵庫のドアを鎧代わりにしているのは流石にビックリする。

廃車の鉄を溶かして加工するならまだ分からなくもないが、冷蔵庫のドアを丸ごと鎧にするのは恐れ入った。


それに……あの生き物は世に言う獣人という種族かな?

ケモナーなら大歓声で飛びつきそうな見た目をしている。


「ヤメロ!ヤメロ!」

「ナワバリ、破ッタ……オ前、コロス!」

「ワザトジャナイ!俺タチ、ワザトジャナイ!」


聞き取りずらいが、どうやらゴブリン達があの獣人の縄張りに侵入してしまったらしい。

それに激怒した獣人は、ゴブリン達を追い回しているというわけか。


「ヤメロ!ワザトジャナイ!ヤメッ……!」


ゴブリンは必死に弁明をしていたが、その弁明を相手は聞く耳を持たなかった。

獣人はマチェーテを大きく振りかぶって、ゴブリンの頭に叩きつけるように斬りつけた。


「ごっ」


頭をマチェーテで斬られたゴブリンは、脳と呼吸器が破壊されるような鈍い音を出して、その場で倒れてしまった。

そして、ゴブリンの頭を足で踏み潰し、怒りが収まったのか獣人は走ってきた方向に戻っていった。


獣人の姿が見えなくなってから、張り詰めていた空気がようやく解かれた。

エマの耳がピンと立たなくなった。


「もう大丈夫よトオル、気の立ったコボルトはいなくなったわ……」

「あれってコボルトって言うのか……」

「コボルトは自分の縄張りに入った者には容赦なく殺そうとしてくるわ。破ったら最期、殺されるまで追いかけてくるわ」

「怖いなそりゃ……一応、コボルトの縄張りは分かっているのかい?」

「ええ、ワダホーの森と呼ばれている場所に彼らは縄張りを作っているわ」

「ワダホーの森……?そんな場所があるのか?」


地図を見ても、ワダホーの森と呼ばれていそうな場所は見当たらないが、高円寺のことをコンウェンと呼んでいる現状からして『和田』という地名に由来している可能性が高い。


……となれば、高円寺から南に行った場所にある和田堀公園付近を縄張りにしているのかもしれない。

和田堀がワダホーと略された上に、現在ではコボルトの縄張り……というよりは公園周辺に住み着いているみたいだ。


「元々木が多くあった場所みたい……実際に行ったことがあるけど、遺跡を大切に使っているわ」

「遺跡ねぇ……いや、それよか普通にエマはコボルトと対話できるのか?」

「一応、ちゃんと筋を通して取引をしたいと申し出を行えば、コボルト側から暴力を振るうような事は無いわ。ただ、縄張りを気にしているから、うっかりして入り込んだところを見られたら殺されるわ」

「その分だと、他の種族もうっかり縄張りに入って殺されているケースが多そうだね」

「ええ、毎年死者が出ているし、人間側からは敵対亜人種として対立関係にあるわ。私ならともかく、人間のトオルがさっきみたいな気の立ったコボルトに遭遇したら殺されるわよ……」

「マジか……不可抗力だとしても話を聞いてくれないのか?」

「怒りを抑えられない状態だと、コボルトは聞く耳を持たないわ。本当に怒らせてはいけない種族なのよ」


さっき、咄嗟にしゃがんでコボルトに見つからないようにしたのも、俺を思っての行動のようだ。

マジでこの世界は危険だなとつくづく実感する。

俺はコボルトとのファーストコンタクトをすることなく、ようやくホテルの外を歩きだした。

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終末トレジャーハンター ~朝起きたら現代文明が滅んでいた件について……~ スカーレッドG @kemono_fm192hz

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