『死ぬ前の私と喋る猫のダイアログ』
小田舵木
『死ぬ前の私と喋る猫のダイアログ』
手に握り締めたロープ。それなりの太さのモノを選んだ。これなら私の体重を支えきれるだろう。
見上げれば大きな
その内の手頃な一本を選び。私はロープを
脚元には
輪にしたロープの先。そこに首を突っ込んで、脚元を蹴飛ばせば。私の願いは成就する―
「くだらねえ事してんなあ」と声がし。
「…誰」と私は問う。
「通りすがりの猫さ。気にすんな。続けろや」かの黒い毛玉は私の脚元に居るのだった。
「飛んだお邪魔
「なぁに。昔から猫はこういう現場に行き当たる」とあくびするかのような口で声らしきものを発してる猫。
「頭―
「自己判断で投薬止めんのは
「…病院行くのすら。億劫で」脚が動かなくなってしまったのだ。
「親呼べよ」簡潔かつ完璧な突っ込み。
「…顔見たくなくてさ」
「向こうは心配してるぞお」
「私の命は在るようになってからは私のもの。親は関係ない」
「恩はあるだろ」責める目つきだ。なんとなく分かる。
「儒教的なフレームワークだね。
「…お前、今まで1人で生きてきたつもりか?儒教的なごちゃごちゃ出さなくても、恩があるのは明白だよなあ」
「今まで…頑張って
「お前は―俺に『頑張ったねえ』って言って欲しいのか?」呆れたぜ、と言いたげな尻尾ブンブンが
「どうだろう?親には
「お前に聞く心持ちがないからさ」簡潔な
「心持ちがない?」
「お前の心は閉じているんだよ…いや自我と言うべきか」
「自我ね。まあそうかもね」
「勝手に門を閉ざしてさ。物資が入ってこねえってブーブー言ってる
「閉ざさないと…嫌なモノがなだれ込む。まるで病原菌みたいに」
「…お前はつくづく病んでるぜ」
「否定はしない」
「その癖、中途半端に自我を保ってる。簡単な方法はな?今すぐその手の輪に頭突っ込んで脚元蹴飛ばす事だよ。何で
「…寂しかったのかな」
「そこだ。
「そうは言われても」
「お前は人生にも中途半端じゃなかったか?」
◆
「否定はしないよ」私は
「そう。お前は半端な癖に行動力がありやがる」
「今こうしてるみたいに?」この真夜中の公園の有様。絵に書いたような半端な行動力。
「そうだ」
「何だろ。考えなしなのかな」
「その通り。分かってんじゃん」
「分かっててもやっちゃうのは何だろうね?」私は黒猫に問うている。非常に馬鹿らしくもある。
「
「と、言うよりは衝動のような」
「もっとも
「思考停止するのは気持ちいいんだよ?」と私は問いかけ。
「考えるを止めるのは死んでからでも出来るんだぜ?」
「行動にいちいち
「疲れる…が。お前さんの自我は何の為にあるんだろうな?動物的欲求なら俺のような考えない生きものでも在るんだぜ?」
「さあね?与えられてしまったものだから。そこまで問うた事はない」
「そいつはな―考える為に与えたんだよ、どっかの馬鹿がな」
「考える為の自我…なんだか
「そうかね?自己を問うってのは自己言及的だが…こいつは価値があるぜ?」
「言い訳として苦しい」
「かもな。否定はせん」
「それにさ。自己を問うって―自己破壊的じゃない?結局いつも自分が価値がないって気付かされるんだよ?」
「しかしだ。問わない者は知ることがない。
「いや、知ってるよ」
「…感覚として、だろ?」
「それで良くない?」
「良くないね。感覚なんぞいくらでも
「リベット。行動する意思の0.5秒前には
「博識だな」
「心理学と神経科学はかじったからね」
「まあそんな
「思考も相対的でしょう?世界観が交わる事はさしてない」
「そりゃお前さんが相対的なモノの捉え方をしているからだな」
「ふむ。黒猫さんは自己を絶対だと思ってる」
「ああ。俺のような猫は
「
「そう。俺以外は造りものとして自我に取り込む」
「―貴方にとって死は世界の終わり」
「
◆
「ところでよお」と黒猫氏は言う。
「どうかした?」
「俺、腹減らしててな?」よく見てみれば。彼は痩せていて。
「…人様をパシろうって訳だ」
「どうせ死ぬんだろ?」と彼は黄色い目を光らせ。
「どうせ死ぬから財布…持ってきてたな」身元を確認しやすくするために財布だけは持ってきた。スマホは置いて来たけどね。
「近所にコンビニあんだろ?ちっとばかし恵んでくれや。最後の善行だと思ってよ」
「…仕方ない」そう言いながら、私は
◆
2、3日に一度、食料調達の為に行くコンビニ。
そこの
私は雑貨コーナーをあたり、
ついでに。私の食料も買おうかな。
ツナマヨおにぎりと鶏ササミ棒。この組み合わせで私の腹はいっぱいになる。
◆
「てめえ、俺に
「流石にソミュール液に
「かあ〜お前は
「何とでも言えい」とササミ棒を
「…なあ。腹にものが入ってると綺麗に死ねないぜ?お嬢さん」と一息つきながら言う黒猫。
「そしてお腹にモノが入ると死ぬ気力がどっか行くって?大丈夫。私死んだ後の事は気にしないから」
「はた迷惑な女だな。自らを世界の一部と考えて居る割には」
「自暴自棄」とか言いながら味付きご飯に包まれたツナマヨを堪能する私。
「…ツナにマヨって美味い?」と黒猫氏。
「ツナの脂身の旨味にマヨの酸味が加わって美味いよ」と言う私は気付く。味がしっかり感じられることに。1人で食べるご飯は栄養補給の為の味気ない物だったはずなのに。
「うむ…猫には旨味がよく分からんがな。それに酸味は腐敗の味だ」
「そうなの?もったいない」
「肉と魚の味が分かれば良い」
「つまんない
「動物とはそんなもんさ」
「…人も動物だけどなあ。何でこう悩む機能が付いたかな」
「んな事
「…話相手が君しかいない。メシ奢ってやったんだから付き合え」と私は鶏ササミ棒を食べ尽くしながら言う。
「…
「他我は…自我の前にあんじゃん」おにぎりと鶏ささみ棒のゴミを纒めて袋に入れながら問う。
「そらお前と俺の世界観のすれ違いだな」
「独我論者は―他我を発明するのか」と私が問えば。
「そうだ。語りかけるべき他を発明する」と黒猫は
「語りかける『べき』、ね」と私は
「あんだあ?他人が嫌になったクチか?」
「そうだよ。勝手にこっちに期待する
「お前それは自意識過剰ってやつじゃねえか?」と猫缶の最後の一かけを食べながら詰る猫。
「そういうのじゃなくってさ。勝手に向こうが―自尊心の足しにするためにさ、私に在り様を押し付けてくるんだよ」ある種のマウンティング。これは
「無視しろ…っても無駄か?お前は
「そ。君みたいに自分以外クソだって思ってなきゃ跳ね返すのは難しい」
「気にするだけ無駄だと思え」
「いやさ。そう思うんだけど―気がつくんだよ。自分には
「んなもん、気にしねえでもあるわ。無駄な感情だ」
「そう思えなくて―私は病んだ」
「そいつは悲劇のヒロイン気取りと言うものだな」
「女の子はみんなヒロインだよ」と私はふくれっ面で返す。
「くっだらね。俺みたいな
「独我論者の物言いではないと思うな」
「俺はな。1人芝居の達人な訳だ…主役から端役まで全部俺。よってお前の言い分は意味がない。『俺にとっては』な」
◆
「君の論は―独我論に
「―窓から見える風景が不快なモノだった…そうとしか言い様がないな」と顔を洗いながら言う黒猫氏。
「…
「そ。
「…確率を持ち出すなら。この世に喋る猫は何匹居るんだろうね?」ちょっとした疑問だ。
「俺様だけだぜ?確率として約4億分の1。幸運だったな?」
「その確率…宝くじの当選に使いたかった」と私は嘆息。
「死にたがりの割には俗世に未練あんじゃねえか」ふん、と息を吐きながら言う黒猫氏。
「そりゃあ。金銭欲は―動物的欲求じゃん?」と私は言い。
「―持ってても幸せとは限らんがな。余計な
「持ったこと無いから分かんない」と私は
「…俺の知った事ではないのだが。簡単に
「その頭がふやける病気だよ、あたしは」
「…ニューロンの
「病院行くしか無いよなあ」と私は自然に零していることに気付く。
◆
「おっと俺は寝る時間だぜ」と黒猫氏は言い。
「私は―」と言い
「なあ。お前は―まだこっちには来るもんじゃないぜ」と言いながら歩き出す黒猫氏。
「君は一体?」と私は問わざるを得ない。
「…人は。心に一匹の猫を飼っている」
「独我論者の猫を、かな?」と私が問えば。
「その通り。もしくは―俺は平行世界のお前かも知れん」
「死んでしまった私…」
「自殺なんて下らねえぞ…死ぬのなんて何時でも出来る、人を見限るのだって何時でも出来る」
「…ゴメンね。私」と言えば―白日に
「ただいま」と私のソウルの片割れは言い。
「おかえり」と私は
さて。片付けてしまおう。
人がやってくる前に。
◆
それは私の人生のようで。
それでも日々は続いていき。
私という世界はかく言う。
「今日も死ねないな」と。
◆
『死ぬ前の私と喋る猫のダイアログ』 小田舵木 @odakajiki
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