イチゴ畑の少女 🍓
上月くるを
イチゴ畑の少女 🍓
初老のヨウコはときどき、子どものころのある一場面をあざやかに思い出します。
それは春先、スーパーの店頭に真っ赤なイチゴが並ぶ時節が多いようですが……。
たけやまと呼んでいる畑がありまして、そこへ行くには一時間近くかかりました。
ヨウコは妹の手を引き、とうさんの水筒を肩から斜めに掛けて歩いて行きました。
それは兵隊さんの水筒で、ふたを開けると、ゴムの匂いがする水が入っています。
ぐずぐず言う妹をなだめながら、墓地の横の道を通ってたけやまの畑へ行きます。
墓地には同じ苗字のお墓が何基も立っていて、昼も暗く、それは恐ろしいのです。
大きな風呂敷を肩に巻いた大男が躍り出て来て、わっと逃げたこともありました。
ようやくの思いで遠い畑にたどり着くと、とうさんとかあさんが働いていました。
ヨウコは栗の木の根元に敷いたむしろに妹を座らせ、ひとりで遊びに出かけます。
🌳
妹の子守りは飽きあきだったので(笑)なるべく離れた場所まで歩いて行きます。
当時はまだ珍しかったイチゴが一列に並んで、酸っぱそうな実をつけていました。
ヨウコはそれが欲しくて欲しくて、そばにしゃがみこんで青い実を見ていました。
イチゴの列は、となりの畑のおじさんが境界として植えたものと知っていました。
いつまでも動こうとしない少女を、麦わら帽子のおじさんは遠くで見ていたはず。
でも、畝起こしの鍬がしだいに近づいて来ても「おあがり」と言ってくれません。
小学校へ入学して学年が進むにつれて、遠くの畑へ行く機会も少なくなりました。
となりのおじさんは、とうとうイチゴを採っていいとは言ってくれませんでした。
🛒
スーパーの店頭で大粒のイチゴを見ると、いまもヨウコは鼻の奥がツンとします。
父親とおじさんのあいだにある微妙な感情を、子ども心にも分かっていたのです。
おじさんのような大人にならないと思い決めていましたが、いつしか汚れて。💦
いろいろなことにもみくちゃにされて、きれいなだけではいられなくなって……。
でも、カンカン照りの太陽に照らされヘタの青い小粒なイチゴを見ていた女の子。
なにものにもけがされていない当時の心にかえりたいなと、この歳でも思います。
🍬
余談ですが、中脇初枝さんの小説『世界の果てのこどもたち』に、戦時下で空襲に遭って生き延びた幼い女の子の手からひと粒のキャラメルを奪う母親が登場します。
小さな指を一本一本開かせた母親は、自分の子にそのキャラメルを与えるのです。
鬼のような所業と断じられるのは、平和な時代に生きる者の特権で、本当は……。
生死の瀬戸際で真実の人間性が問われるというあかしですが、自分だけはそういう人間ではないと自惚れないことだねと、遠い日のイチゴ畑の記憶を手繰り寄せます。
1974年生まれの中脇初枝さんが丁寧な取材と資料の読みこみを重ね、あたかも戦争を経験したかのようにみごとな小説を紡がれたことに深甚なる敬意を表します。
イチゴ畑の少女 🍓 上月くるを @kurutan
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