終幕

 青い空が広がっている。

 薄い雲が平べったく伸びて、心地良い風が一枚の枯れ葉を運んできた。

 ベビーカーで眠る赤子の上に落ちた枯れ葉を雅弘が指でつまむ。

 そろそろ夏が終わり、秋がくる。


 そう言えば、今年の夏は、慣れない育児と家事に仕事と忙しく、夏らしい思い出を娘にさせてやることが出来なかったな、と後悔する気持ちで雅弘は、娘を見た。

 祖母の用意してくれたお弁当のおにぎりを美味しそうに頬張っている。

 今日は、家族で久しぶりに近所の少し広い公園へと遊びに来ていた。

 妻が亡くなり、慣れない育児と家事に、仕事を両立させようと毎日必死で、いつの間にか季節が変わろうとしている。

 そう言えば、お盆休みもまだ取れていない。


 あかりは、あの夜にあったことを何一つ話そうとはしなかった。

 本人は、約束したから、と言っていたが、一体誰とした約束なのか、それすら話そうとはしない。

 雅弘も祖母も、きっと何か怖い目にあったのだろうと、それ以上無理に聞きだそうとはしなかった。


 それにしても、と雅弘は、あの夜自分が見たものを思い出す。

 あかりの傍に立っていたのは、自分の父に見えた。

 死んだ父があかりを守ってくれていたのだろうか。


「今度、墓参りにでも行こうかな」


 ぽつりと言った息子の言葉に、老いた母が驚いたように目を見開く。


「どうしたの、あんたがそんなこと言うなんて、珍しい」


 いつの間にかすっかり白髪が増えて、身体もこんなに小さかったかな、と雅弘は目を細めて自分の母を見つめた。それなのに、乳飲み子と五歳の面倒を手伝わせることになってしまい、今更ながら母に申し訳なく思った。


「お父さん、きっと喜ぶわ」


 墓参りの後、母が亡くなった父の写真をあかりに見せてくれた。

 そこには、自衛官として濃鼠色の軍服を着て立っている若い男性の姿があった。


 今の雅弘より少し上くらいの歳だろうか。

 あかりのおじいちゃんだよ、と言ってその写真を見せると、あかりがあっと声を上げた。


「どうした?」


 不思議そうな顔をしている父親に、あかりは、何だか含みのある笑みを浮かべて首を振る。


「ううん、なんでもない」


 久方ぶりに見る娘の満面の笑みを見て、雅弘は改めて、もっと娘との時間を大切にしようと思った。


「あたし、おじいちゃんのこと、だあいすき」


 会ったこともないのに妙だな、と不思議そうな顔で首を傾げる父を見て、あかりは、心の中だけで呟く。

 あかりと、おじいちゃんだけの、秘密。

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幽霊横丁へいらっしゃい~バスを降りるとそこは幽霊たちが住む町でした~ 風雅ありす @N-caerulea

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