【第六章】5. 探しものは

 時は少し遡り、あかりの父親の雅弘は、雨の降る中、町中を走り回って娘を捜していた。

 一晩中雨に濡れて捜し回っていたので、体力は限界を超えていた。

 もうダメなのか……そう諦めていた時、一匹の黒猫が闇の中から姿を現した。

 よく見ると、足が三本しかない。体中に傷がある。

 何かこの世のものとは思えない寒気を感じてゾッとした。


 しかし、黒猫は、こちらを振り向いたまま逃げようとしない。

 まるで自分について来いと言っているようだ。

 まさか、と思いつつも、雅弘は、神にもすがる気持ちで、黒猫の後を追った。

 そして、雅弘は、古びてもう使われなくなったバス停のベンチに横たわる娘の姿を見付けた。


 娘の傍には、一人の男がじっと優しく娘を見つめて立っている。古びた軍服を着たその身体は半分透けていて、その姿に、どこか見覚えがある。


「父さん……?」


 その声に気付いたのか、男がこちらを向いた。

 男は、驚いた顔で、しかし、何か合点がいったような納得した笑みをもらした。


 雅弘が一歩近づこうとすると、男の姿はかき消えた。

 幻覚だったのだろうか。

 その時、ベンチで横たわっていた娘がぴくり、と動いたのに気付く。

 傍に近寄って揺すった。身体がひんやりと冷たく、息をしていない。


(うそだっ!!)


 雅弘は、必死に娘の身体を温めようと抱きしめた。

 また、何度もゆすったり、頬をたたいたりした。

 まるで娘が死んだ事を理解出来ず、そうすれば娘が目を覚ますだろうと信じて。


「あかり! あかり!」


 何度も娘の名を呼んだ。名を呼ぶことが、娘を〈生〉の世界へと連れ戻した。

 彼女は、一度も〈死〉の世界で自分の名前を口にしなかったからだ。

 娘が息を吹き返した。そして、目を開ける。


「おとう、さん?」


 少し掠れた愛しい娘の声を聞いて、雅弘は、娘をきつく抱きしめた。

 遠くでパトカーのサイレン音が鳴っていた。

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