第一章 無彩色のVivid Days

EP1

 〈称号〉なんて僕にはいらない。

 朝、起きる度に思う。

 いつも通り休暇を過ごしていた夏休みの日常の一ページを無惨に切り裂く、一つのチャイム。

 今でも覚えている。僕に〈称号〉の素質があることを知った国の招集員が僕を連れ去りにきたあの日。

 土足で家に上がり込み要件を尋ねんとする母を蹴散らし、父を死なない程度に血祭りにあげ私を連れ去った。

 それを行った張本人曰く、『称号無しに人権はない』、だそうだ。両親を馬鹿にされたことに堪忍袋の尾が切れた僕は男の顔面にストレートパンチを喰らわせた。

 その後に一度豚箱に入れられ、後に学園生活を始めることとなった。


「おはよ……。なんでこんな朝早くから起きれるんだよ、メル」

「これでも昔は通学に片道2時間かかったからねぇ……。早起きが癖なんだよぉ」

 居間に朝食を律儀におく彼女はルームメイトの早瀬メル。異質ながら女の同居人。

 本来は異性交友はあまり推奨されていないからルームメイトは大抵同棲同士なのだが、自分が一番後ろに並んだせいでペアが誰もいなかったから余った人同士で組むこととなった。

「その才能、僕に預ける気はないか?」

「そしたら私一日中眠りこけるよぉ……。私の趣味は食べることなんだからぁ」

 二人手を合わせ朝食に手をつける。いつ見てもメルは定食屋でも営んでいたんじゃないかと思うくらいには料理がうまい。

 ——パンを焼けば餅になってしまう僕と違って。

「食べるのが趣味、ねえ」

「む、何かおかしいって顔してるぅ。何か不満?」

「……いや、趣味に対して体スリムだよなと思って」

「んぐっ!?」

「お、おいっ!?!?」

 本音を呟いたのが悪かったのか、突然喉を詰まらせるメル。冗談はよしていただけないだろうか。心臓に悪い。

「……昼食覚悟しておいてよねぇ」

「なんで怒ってるのかは一体全体わかりませんがとりあえず申し訳ありませんでしたあああ!」

「その謝罪、気に食わぬからやり直せぇ」

 本当になんで今謝らされてるんだ、僕。

「語尾間伸びしてるから威厳という威厳が全くないな」

「じゃあ昼食はないってことでいいね?」

「誠に申し訳ありませんでした。料理のできない私めに代わり、あなた様の料理をいただけないでしょうか」

「ふむぅ、苦しゅうないぞぉ」

 よかった……。昼食なしはなんとか免れた。この美味をひとときでも味わえないとなると発狂モノだ。

「そういえばぁ、今日が〈称号〉検査の日だったっけぇ?」

「あー……そういえばそうだった……」

 今この世界に素で〈称号〉を見れる人間はいない。せいぜい〈称号〉を持っているか否かを見極める程度のものだ。

 そのため学園内で数日〈称号〉やその成り立ち等のレクチャーを受け、理解度を深め〈称号〉を万全に扱える状態にしてから検査する。

「どんなのだろぉ……」

「メルはどうせ【呑気】だろ」

「なら春くんはぁ……【魑魅魍魎】かなぁ」

「な、僕を馬鹿だと罵りたいのか?受けてたとう……何せ僕は生粋のドNだからなっ」

「ならダメージ普通に通るじゃん……」


「それでは桜川おがわ こう!こちらにきなさい」

 メルとは違うクラスのため検査は同じ場所で行われなかった。

 二人で馬鹿騒ぎしようと思ったのに。

「この液晶に触れ、体内の気のようなものをそれに送り込んでください」

 簡単に訳せば、これに触れて力を込めろ、というものだ。

 この女教師の言い放った【気】について話していたら軽く1日が過ぎるほど難解なものだから〈称号〉持ちでさえ感覚が掴めずに自主退学する人が相次いだ。

「……ふっ!」

 感覚のみで力を込める。すると液晶から光が溢れ出し徐々に文字が現れる。


  ——《ステータス》——

 •対象名称:桜川 光

 •称号:【陰聖騎士パラシン

  ———————————


「なんだこれ?【陰聖騎士】?」

 不思議そうにつぶやくと聞いていた教師陣が突如ざわめき出した。

「おい光、それは本当にそう書かれているのかい?」

「な、何そんな焦燥感を募らせたような顔をして。ここで嘘つくメリットないじゃないですか」

「そ、そうか……。なら、あとで職員室来てくれ」

 も、もしかして超無能な〈称号〉を会得しちゃった……?

 だから僕に退学を勧めてくるという流れ、か?

(いやだあああああ……メルのご飯食べられないなら我が命を捨てても良いと決めたのに……)

 自分の想像が的外れであることを願いつつ次の人に順番を移らした。

 僕を見る人全員二度見していた。やつれきった顔を見て一体検査で何があったのか、と思うだろう。

 ただ絶望に叩きのめされてるだけです。それだけなので可哀想な視線を僕に向けないでください……。

 検査後の授業は行きたい人が行く、という授業だったから僕は速攻で不参加することにした。今の精神状況で集中なんてできるわけがない。

 ……教室で奇声を上げる可能性だってあるしなぁ……。

 寮に帰ろうと足を向け、そういえば検査直後に呼び出しを食らったのを思い出し職員室へ足を運び直す。

 たまにすれ違う教師にヒソヒソ話をされている。やはり学園内で無能が現れたから話題になってるんだろうな。

 心の中の憂鬱感を隠すことなく職員室の前に立つ。

 ノックを4回し、扉に手をかけ——

 ——た途端。

「誰、何っ、私は忙しいんだけどっ!」

「うわっ!?」

 軽く肘が動いてはいけない角度に動く勢いで扉が開かれた。

「ご、ごめんなさい……。今仕事が溜まっててちょっとイライラして、て……」

「あぁ、そうだったんですか——」

「——あなた、桜川くんかしら?」

 悲報、顔を見ただけで正体がバレるまで悪名が先走りしている模様。

「副校長に合わせなくてよかった……。のって検査場にいた教師からの助言かしら?」

「え、校長室?ここ職員室じゃ……」

 一歩扉から引き左上の札を確認する。しっかり『職員室』と刻印されている。

「もしかして、偶然?」

「の、ようです」

「職員室はこの隣の扉。扉の右上の札に〇〇室って書いてるからそっちを見て確認してね」

 反射的に右上を確認するとそこには『校長室』と書かれていた。紛らわしいな、ここの設備。

「とりあえず私からの直々な通達をする予定だったし偶然とはいえ来てくれてありがたいわ。とりあえず入って」

(……意外と対応が暖かい)

 無能には冷たくあたるものだと思っていたが、この学園にいる間くらいは優しく対応してやろうという魂胆だろうか。

 逆にそういう無駄な優しさが僕には精神への毒なんだけどな……。

「さて、何故呼ばれたかもあまりわからないだろうし、単刀直入にここに来させた理由を教えてあげるわ。それは——」

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〈称号〉重視学園で陰となる 神坂蒼逐 @Kamisaka-Aoi1201_0317

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