いざなう白黒

地崎守 晶 

いざなう白黒

 足元で響いたクシャ、という音に胃袋が数センチ飛び上がる。

見れば、爪先がポップコーンの欠片を踏んでいた。少し離れた野外広場で行われていた催し物と、その周囲の屋台に思い至り、顔をしかめる。

 電柱の裏に身を潜め、そろりそろりと数メートル先の人影を窺う。後ろで手を組みながら裏通りを歩いて行く対象の、上機嫌な鼻歌は途切れていない。気づいていないと見てよさそうだ。尾行を再開する。

 スニーカー、ジーンズ、フード付きのパーカー。身に付ける全てが黒い彼女を、日の沈もうとする薄闇の中で見失わずに済むのは、輝かんばかりに白い髪のお陰だ。色素を失ったようにも、白く染めたようにも思えない、浮世離れした白さ。後頭部で束ねられ、黒い背中で歩くたびに左右に揺れるその白い房は、気を抜くと状況を忘れて見入ってしまいそうになる。

 思っていた以上に、妖しい女だ。唾を飲み込む。

 ここ数週間、この町で連続している失踪事件。何の犯行声明もなく、手掛かりに乏しく、令和の神隠しなどとネットでは秘かに噂されている。

 とある女性アイドルがその行方不明者リストに入っていることを私が知っているのは、彼女の事務所から、異性との交際疑惑を確かめてくれという依頼を受けていたからだ。その証拠もつかめないまま、突如連絡なしに仕事に穴を空け、消えてしまった彼女。まだ世間には隠されているが、根拠のないゴシップが紙面に踊るのも時間の問題だ。

 ケチな私立探偵ではあるが、泡を吹いている依頼人のため、また証拠もないまま売れっ子アイドルの風評を汚さないため、そして何よりも生活のため、投げ出すわけにはいかなかった。

 例の失踪事件について調べてみると、行方不明者にはある共通点があった。消息を断つ前後に、髪が白く、服は黒づくめの若い女が彼らの周囲で目撃されているらしい。

 私はそのモノクロの女を探し求め、今こうして後をつけている。

 一度だけその顔を見たが、魂を奪われるような美貌に鳥肌が立った。

 彼女が一連の被害者を誘拐した犯人なのか。だとすれば、一切の犯行声明がないのは何故か。そういった謎の他に、心のどこかがそいつに持っていかれるのを感じて、恐ろしかった。


 私は正しく尾行出来ているだろうか? 

 浮世離れした白黒の彼女に魅入られているだけではないのか?


 薄闇の中、そう自分に問いかけるが、ゆらゆらと髪を揺らしながら先を行く背中に、冷静になれないままついていく。

 ふと、白黒女が十字路を左に曲がって視界から消えた。忍び足でその曲がり角に背中をつけ、十字路のカーブミラーで様子を確かめようとする。

いない。

 あれほど目立つ後ろ姿が、忽然と姿を消している。

私は角から身を躍らせて行く手を見渡すが、やはり白黒女を見つけることは出来なかった。

 肩を落とす私の背中に、不意に気配を感じた。同時に、さっきまで聞こえていた鼻歌が耳元で聞こえる。

いる。

 早鐘を打つ心臓、背筋を伝う冷や汗。振り返ってはいけないと、自分に言い聞かせる。

 脅すでもなく、ナイフやスタンガンを突きつけるでもなく、ただ白黒女は上機嫌に口ずさむのみ。

 それだけなのに、何故か逃げることも、この場を誤魔化すことも出来ないと確信させられた。なにより、私の心のどこかはすでに囚われてしまっていた。だから、


 私はきっと、振り返ってしまうだろう。

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いざなう白黒 地崎守 晶  @kararu11

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