3玉目! 喧嘩上等少女
「えっと、珠木根……? ここ、2年の教室だぞ」
「2年生の先輩と一緒にお昼ご飯を食べに来たのですから、当たり前じゃないですか」
なに馬鹿なこと言ってんだコイツ、とでも言いたげな表情を珠木根は浮かべる。
「いや、そうじゃなくて。……そうか。さては友達いないんだな、お前」
「失礼なっ! 友達くらい千切っては投げる程いますよ!」
「……もしかして、掃いて捨てるって言いたいのか?」
「あ、それです。それです」
「いや、友達掃いて捨てちゃ駄目だろ」
訂正しても間違ってる。友達に対して使う表現じゃねぇよ、ソレ。
まぁ、彼女は高校生活がはじまって未だ数日。同じ中学校だったとかでも無い限り、友達が少ないのは致し方ないか。
……だから、教えてくれる人もいなかったのだろう。
「珠木根。もう俺に関わろうとするのは止めろ」
「……なんでそんなこと言うんです?」
これ以上俺と関われば、珠木根まで変な目で見られかねない。友達だって出来なくなってしまうだろうし、彼女の高校生活が滅茶苦茶になってしまう。
それに。関係性が深い程、あとで辛くなる。今ならまだ傷も浅くて済むはずだ。
「いいか、俺はな——」
だから、今ここで俺が言ってしまおう。
覚悟を決めろ。これは珠木根のためなんだ。
「あー、もしかして。先輩が“殺人鬼の息子”だーとかいう良く分からんヤツが関係してますか?」
……は?
「聞いていたのか……?」
「聞きましたよー。事実なんですか?」
「そうだ。事実だ。だから……」
「そうなんですかー。ところで今日の私のお弁当なんですけどねー」
かなり衝撃的な話だと思うのだが、珠木根は日常会話のノリを崩さない。
おかしい。だって、これまでずっと避けられてきたんだ。誰だって離れていったんだ。それなのに、どうして。
「お、おい。ちょっと待てよ。それだけか? 他にもっとこう、何かあるだろ?」
「はい? ……う~ん? じゃあ、正直に言って良いですか?」
「……あ、あぁ」
すると、彼女は真剣な表情に変わって。
そして。
「で? って感じです」
「…………は?」
「いえ、ですから。それで? だからどうかしたんですか? って話ですよ」
何を言っているんだ、彼女は?
意味は分かる。分かるからこそ、理解できなかった。
「だって葵先輩が人を殺したわけじゃないんですよね」
「あ、ああ」
それは勿論だ。
それは俺がずっと心の中で叫び続けてきたことだ。
だけど——。
「じゃあ、何か問題ありますか?」
問題なんて無い。無い筈なんだ。そう信じてきた。俺だけは信じ続けてきた。
けれど。いつだって、誰だって、そう捉えてはくれなかった。
「私にとっては家族を見つけてくれた恩人です。見ず知らずの私の為に走ってくれた優しい人です。それだけです」
「……お前が」
「はい?」
「珠木根がそれで良くても、周りはそうは思わない。友達だって……」
「本人の事を良く知りもせず、知ろうともせず。好き勝手言いたい事だけ言って傷つけて、そんなことで楽しんでるような最低の人間はこっちから願い下げです」
……。
「しかも、理由が“お父さんガ~”って何ですか。小学生ですか。本人関係ないじゃないですか」
…………。
「さっきも1人切ってきたばかりなんですよ」
「……切った?」
「はい。私に葵先輩のお父さんの事を教えて、危ないから関わらない方が良い的な事を言って来たクラスメイトがいたんです。なので、さっき言った通りの事をそのまま伝えて、最後に金輪際話しかけないでくださいって言ってやりました」
……こいつは。
特定の誰かの悪口は集団を維持する要素として馬鹿に出来ないものだ。それを真正面から正論でぶん殴ってきたと、そう言うのか。
それは俺がずっとしたくて、心の底で望み続けて、結局は10年ずっと出来なかったことだった。
それを彼女は事も無げにやってみせた。
「……くっ」
無い胸を得意げに張る少女からは、“へへん”なんて効果音が聞こえてきそうでさえある。
そんな彼女の様子を見ていたら、なんだか無性に、どうしようもなく……
「くっくく、あははははははははは!!」
……笑いたくなった。
「え!? どうしたんですか、突然!?」
こんなの、笑うしかないじゃないか!
俺が心配していた少女は、俺が出来なかったことをやってのけた。俺よりずっとずっと強い存在だったのだから!
あぁ、くそっ! 笑い過ぎて涙が出てきた!
……そう。笑い過ぎたから泣いた。それだけだ。
◆◆◆
「へへっ、オマエ、根性あるじゃねェか! 気に入った!」
「わひゃぁ! な、なんですか!?」
「あちゃあ~、度胸はあるけど胸は絶望的に無ェな。本当に女か?」
「ひゃんっ! し、失礼です! こんなに可愛いじゃないですか!」
やっと笑いも落ち着いて来たかという頃、珠木根が変な声を出した。
どうやら、背後から抱きつかれたらしい。
下手人は……。
「なんだよ、
ピンクに染めた長髪。170を超える恵まれた身長。そして、長すぎるスカートが特徴的な往年のスケバンスタイル。
この2年5組の……『隔離クラス』の女子生徒の1人。
……桃津。
「テメーに用なんざ無ェよ、ダンゴムシ」
「あぁ?」
「用があんのは、このチビの方だ。……テメーとつるむって事の意味、テメー自身が一番知ってんだろ」
……あぁ。勿論だ。
先程は珠木根の漢気溢れる姿勢に笑ったりもしたが、実際のところ、問題そのものは何も解決していない。
殺人鬼の息子である俺と関わる事で、変な目で見られたり、避けられたりするのは十分に考えられるわけだが……最悪は、彼女の身に危険が及びかねない。
珠木根の姿勢と言葉は俺を救うモノであった。だというのに、俺は彼女を守る為の有効な術を何も持っていない。彼女をあらゆる危険から絶対に護り抜く――そう約束するには、俺には何もかもが足りていなかった。
なんて不甲斐なく頼りない“先輩”なのだろうか。
対して……。
「安心しろ。手荒なことはし無ェし、場合によっちゃ守ってやる」
“守ってやる”。
たった一言。この一言があまりにも重く大きい。今この時、俺が幾千幾万の言葉を並べ立てたとしても、その桃津の一言に勝る事は出来ないだろう。
桃津は本物だ。その覚悟、強さ、実績……全てが彼女の言葉に圧倒的な重さを与える。
何故なら、彼女は——
「おいチビ、アタシは桃津 俠華。テメェの名前は?」
「え、えっと、珠木根 春風です」
「タマネギィ? ははっ、変な苗字だな!」
「タマネギじゃないです! 珠木根です!」
「どっちでも良いじゃねェか! タマネギ!」
「良くないです! 珠木根です!」
「なにコイツめっちゃ可愛いな。気に入った!」
「なぁ、タマネギ。アタシの組に入らねぇか?」
「……組、ですか? えっと、私は1年生なので2年生のクラスには入れませんよね?」
「カカっ、そうじゃなくてな——」
「やめとけ、珠木根。そいつの言う“組”ってのはガチモンのヤクザの事だ。務所に入りたいってなら止めないけどな」
「……へ?」
「そいつ、
「え、えぇ!? やややややヤクザさん!?」
——この辺り一帯に古くから根を張るる暴力団、“夾竹会”首領の娘なのだ。
「ちっ。なんでバラしちゃうかなぁ。言質さえ取れてりゃあ、あとでどうとでも出来たのによ」
「俺の後輩をヤクザ者になんかさせるかよ」
「…………へぇ? 言うじゃねェかダンゴムシ。テメーの境遇を誰かのせいにして変えようともし無ェ。妥協して! 諦めて! 逃げ続けてるだけの弱虫がよォ!」
逃げている? 俺が? 俺自身の境遇から?
……違う。それだけは絶対に違う!
「俺は逃げてなんか!」
「じゃあテメーに守れんのか!? 女を守り抜くって誓えんのか!?」
「それは……!」
「出来ねぇよなァ? 誰かを守ろうなんて思い上がんじゃねェ! テメーは丸まって小せェモン守ってんのが似合いだ!」
否定したかったし、きっと否定しなければならなかった。
それでも、紡ぐべき言葉が見つからない。俺の口は全く動いてくれない。
血の繋がった母親すら守れず、幼馴染の女の子の心すら守れず。そんな俺が誰かを守る事なんて出来るわけが——
「そこまでにしてください!」
「珠木根……?」
突如声を張り上げた珠木根は、ズンと一歩大きく踏み出し、桃津に肉薄する。
低身長の珠木根と長身の桃津。当然、珠木根が桃津を見上げる体勢となる。何も知らない第三者が見れば年の離れた姉妹……場合によっては母娘にすら見えてしまう身長差。
よく見れば、珠木根の足は震えていた。……考えてみれば当然だ。普通の一般人が「ヤクザ」という存在に恐怖を覚えない訳がない。
しかし。身長で負けて、肩書で負けて。それでも、珠木根の気迫は桃津のソレに見劣りしていなかった。
そして。震える小さな身体の少女は、視線を逸らすことなく、堂々と言ってのけた。
「葵先輩は私の家族を守ってくれました! 弱虫なんかじゃないです! ヤクザの一人娘だか何だか知りませんけど、それ以上葵先輩を悪く言うなら私が相手になります!」
◆◆◆
「くっ……くくっ、ふっ、あははははははははははは!」
珠木根の啖呵を、桃津は笑った。
しかし、それは強者が弱者を見下す類の嘲笑では無く。
「気に入った! いやマジで気に入った! 」
「な、なんですか急に! 髪が乱れちゃいます!」
桃津はワシワシと珠木根の頭を撫でまわしながら、心底楽しそうに笑っていた。
珠木根は脱出しようとしているが、桃津にがっちり捕まって逃げられないようだ。
「それに比べて」
ふと笑いを引っ込めた桃津は、パッと珠木根を離す。
そして、大股で一歩。グイッと俺との距離を詰め、胸倉を掴んで引き寄せ、耳元に顔を近づけて——言った。
「ダッセーな、テメーは」
直後。既に一切の興味を失ったように俺から離れる。
「ま、良いぜ。今日の所は引いてやる」
そのままツカツカと教室の外へ出て行くかに見えた桃津は、最後に一度だけ振り返り。
「おい、タマネギ! なんか困ったことがあったらアタシに言いな! この拳でサクッと解決してやるからよ!」
雄々しく拳を突き出して告げたのだった。
この教室には玉葱が足りていない! 夢泉 創字 @tomoe2222
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。この教室には玉葱が足りていない!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます