第5話 準備OK! いざ!

あれから3年 

 親切な店長から みっちりとすし職人をしての技と心得を仕込んでもらった。


 くわえて 店舗経営にまつわるアレコレの話もたっぷりと聞かせてもらった。

   その中には 帳簿のつけ方や 客も含めた関係者との応対も含まれている。


◇ ◇

じっさい 修業を始めてみて初めてわかった。

 「すし職人見習い」として すしを握ったり 盛り付けの練習をする材料費が

  どれだけ高額であるか!ということが。


  包丁の使い方を身に着ける為には、実際に現物を切らなければいけない。

  でも その現物となる食材が高いのだ。

   一流の店というのは、完成度の高い物しか客に出せない。


  見習いが使った食材は すべてゴミ箱もとい見習いの腹の中しか行き先がない。


 すし飯の作り方も すし飯の握り方も・・習熟するまでは 使った食材の行先は

見習いの腹の中しかない!!


 だから すし職人見習いは 高額な授業料=実習材料費を支払わなければいけないのだ。


 さらに 技を教えていただいた時間分の謝礼として、労力奉仕も求められる。


 でも 未熟者にできる雑用の量など知れているから、店としても 一度に面倒を見ることのできる「見習い職人」の数に限度がある。

 せいぜい 熟練職人2~3人につき「見習い職人」1人くらいしか教えられない。


10年も板さん修行をやっているつもりで、今まで 僕はそういうことがぜんぜんわかっていなかった。


そして 最初から高級すし店で修業をしようとしたことがどれほど無謀であったかということも。


「本当なら すし飯の炊き方を身に着けるまでは 一番最下級の店で修業して

 次に 安い食材を使う店で 握り方の修業をして・・

 といった具合に段階にあわせて 実習費用の安い店から「見習い」をやるものだ。


 それを ずぶの素人が 最高級店で 「見習い」の職歴だけ作りたいというのは

 バカの極みだ」と 店長が言ったのは もっともだと思った。


僕はただ 単純に 最高を目指すには 最高の店から

「職歴」なんて字面だけのこと と思っていた。


物事の上辺だけを見て 自分の価値観だけで勝手に決めつけていた僕は 愚かだった。

  愚直に まじめに働いて 技を盗んでやろうとしか考えてなかった俺はおろかだった。


そんな僕をしっかり働かせながらも、

僕が学ぼうと思ったことを学ぶことに協力してくれた人たちは 親切だったのだなと思った。


 財布のひもは固くて がっつりと僕の労働を搾り取った人達ではあったけど


 僕の思い込みをバカだと言うだけで、

 僕の思い違いをただすことなく 利用した人達だったけど


 それでも 僕と契約した分だけは、きっちりと報酬を支払ってくれたんだから。


◇ ◇


「これで わしが教えることは終わりだ。

 今後 どうするかはお前が決めろ」と師匠は言った。


準備期間は、これにて おしまい


これからが 本番。

 すし職人としての 僕の人生のはじまりだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

押しかけ店員 木苺 @kiitigo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ