246 チャンスの神様には前髪しかない

 人が減って来た45階のセーフティルームで昼休憩することにした。

 ここには他の冒険者はいなかった。


 お昼はうなぎ丼。

 こういった味もバロンは好きらしく、大喜びで食べた。栄養バランスを考えて副菜にした根菜とイカの煮物も肝吸いも。


【バロンにもマジックハンド、つくってあげないの?そなえでポーションぐらいもたせてもいいんじゃないかとおもうんだけど、かげしゅうのうにあっても『』がないと、ふたがあけられないからつかえないよね?】


 デュークも箸で大喜びで食べながら、バロンの食べる様子を見つつ、そう訊いて来た。


「バロンに【マジックハンド】は使いこなせねぇだろ」


【ポーションのふたあけるぐらいはだいじょうぶじゃない?ちょっとよびでためしてみようよ】


 デュークが持ってる予備の【マジックハンド】をバロンの背中、首の付け根近くにデュークが着けてみた。

 なに?とばかりに小首を傾げたバロンだが、やはり、使い方が分からないようだ。

 こう、とデュークが説明するが、うねうねさせるだけで、バロンとしても何となく使い方が分かっても、上手く操作出来ないらしい。


「ほら。バロンはデューク程賢くねぇし、人間に育てられてもいねぇから、『手』ってどう動かすか、からだから、相当訓練がいるって」


【そうなんだ。ざんねんね。ごはんたべるのとか、らくになるかとおもったんだけど】


 うねうねしか出来ないので、デュークはバロンに着けたマジックハンドを回収した。


「単独行動はさせねぇから、問題ねぇだろ。おれとは別行動してても、万が一の際はバロンが呼べねぇ状況でも、おれに連絡が来るようになってるから、その辺も大丈夫だし」


【し…マスターのじゅうまだとそういったフォローもしてくれるから、あんしんだよね】


「がぅ」


「いつでも美味しいご飯におやつまで付いてる、というだけで安心、って感じだな」


 何となくしか意思疎通は出来ないが、バロンが従魔になって満足しているのが分かればいい。


【ほんっと、それね。ホテルのルディもこどもたちも、もうぜったいほかにいけないよ。こじいんにのこったこたちも、はなしをきいたらくるんじゃない?】


「それはどうだろうな。身なりと生活環境を整えてやるだけで見違えるのは普通にしろ、まだ仕事らしい仕事はさせてねぇワケだし、余計に胡散うさん臭く感じるんじゃねぇの。教養を身に着けて遊ぶのも仕事のうちなんだけどな。学びたくても学べなかった子たちだから、そういった意識は薄いだろうし」


【ん?マスターとしては、ほかのこたち、こなくてもべつにいいの?】


「ああ。先に来てる子たちともう差が付いちまってるし、とりあえずの人数は確保出来てるから、雇うのならもっと後か、別の場所で、だな」


【べつのばしょってまたホテルつくるの?】


「そうすぐには作れねぇって。どこか適当な場所で寮生活してもらって、教養を身に付けさせ、自衛も出来るよう鍛え…ああ、私設の学校作ろうかな。卒業した子たちが先生になって、また教えて行くワケ」


【せんせいげんていなの?】


「他にやりたいことがあるんなら応援はするけど、ウチから独立ってことで衣食住の面倒までは見ねぇから、希望する子も少ねぇんじゃねぇかと」


【まぁ、そうだよね。いつまでもマスターだよりってのもなんだし、どくりつするんなら、じぶんでやらないとね】


「そ。ウチの従業員だからこその高待遇なワケだしな。今雇ってる子たちもちゃんと『普通』というのはどういったものか、研修させるつもりだけど。半年ぐらい経って慢心し出した頃に」


【けんしゅうって?】


「期間限定の奉公。大人のルトベナールはウチがどれだけ破格な待遇か分かってるから必要ねぇけど、子供たちは違うからな。説明だけじゃなく体験させた方がいい。商業ギルドで期間限定の従業員募集はしょっちゅう出てるから、その辺も問題ねぇワケで」


【え、かんぜんにかんけいないところで『ほうこう』ってこと?だいじょうぶなの?】


「大丈夫じゃなければ、助けに入るって。これも経験だから、ギリギリまで放っとくけど。雇ってくれねぇから十歳以下は冒険者の引率付けて、普通の生活体験してもらうだけになるだろうな。おれが与えた物は何もかも持ち出し禁止、金も平均的な食事代と子供の小遣いだけ、となると、どれだけ破格なのかをかなり思い知ってくれるだろうよ」


【もちだしきんしってなると、ふくもくつもまちでかったのをよういするってこと?】


「そう。中古品でな」


【さらに、おかね、かかっちゃうじゃん!】


「研修も仕事なんだから、それが当たり前だって。…ああ、十歳以下は他の孤児院に体験入所する方がいいかもな。冒険者をつけるってのも非日常だし」


【おかねがかかるんじゃないの?】


「冒険者を雇うよりはかからねぇって。食事代とちょっとした寄付すればいいだけ。半年経てば魔法も使えるようになっててレベルも上がってるだろうから、『能力制限アイテム』を作らねぇとな。生活魔法だけ使えるように、で一般平均ぐらいの力で」


【…そこまでやるの?】


「やらねぇと他の孤児の子たちが危ねぇって。どれだけ差が出来ているのかの自覚も甘くなってるだろうしな。まぁ、ともかく、学校はまだ計画だけって話だな。それよりも、平民に教えてくれる先生をやってくれる人の当てがねぇし」


 シヴァとアカネが先生をやっているが、それでは知識が偏ってしまうので子供従業員たちに一般的な知識を教えてくれる先生が欲しかった。

 そもそも、平民が通える学校自体が少ないのだ。

 貴族の学校もいらない授業ばかりで、専門分野はまったくない。家庭教師に習っていることばかりで、学校には社交と見聞を広めるために通うそうだ。


【おかねがあれば、なんでもやれるってもんじゃないんだね】


「そりゃそうだ。金を出せば動く奴ばっかでもねぇだろ。ま、とりあえず、今の従業員たちで区切って、追加するならもっと後だな。『貴重なチャンスを逃して残念でした』ってことで」


【なんかいじわるい、いいかた~】


「おれは本来、意地悪な男なんだよ。家系的にもな。故郷では『チャンスの神様には前髪しかない』っていうことわざがあってさ。それだけチャンスを逃す時が多いってことだ」


【まえがみしかないって、なんかへんなかみがたってこと?】


「比喩的表現、たとえ話だって。ギリシャ神話がモチーフだの何だのらしいけど、そもそも、神様って掴めるものなのか?掴むのは失礼では?という疑問もあるワケで」


 その辺、掘り下げるとキリがない。


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