第6話 憤鬼
270/2/14
「だから言っただろ?暴走には気をつけろって。いきなり自分の技量を超えた力を出すなって。」
説教である。もうかれこれ2時間は正座でこの状態だ。耳が痛い。確かに、全力100%を無理やり出そうとした私が悪い。でも実際に暴走したのは私ではない。暴走したのはお前だ。そんなことが直接言えたらなとため息をつく。
「なんや~そんな怒らんでもええやないの~」
二人の背筋が凍る。疑鬼も直近まで存在に気付かなかったようだ。疑鬼よりも強いオーラを感じる。こいつのほうが怒らせてはいけない。と本能が訴えてくる。疑鬼まで冷や汗をかき、今にも逃げ出しそうな勢いである。
「おぬし、なぜここに!?俺より先に死んだではないか!なぜここにおる!?」
こんな疑鬼見たことない。あんなに恐ろしい存在に見えたのに今では赤子のようだ。それよりこいつはなんだ?着物のようなものを着込み、恐ろしい形相のお面をつけている。
「わては憤鬼。怒りをつかさどる鬼じゃ。よろしゅうお願いするわ~」
「やめろ!よろしくお願いするなあ!」
疑鬼がうるさい。疑鬼に憤鬼。鬼が二人、私の中にいる。私に扱えるのだろうか。疑鬼ですら、暴走してしまったのだ。そこにもっと強力な鬼が増えた。しかもどういった能力なのかすらわかっていない。怒りをつかさどると言うくらいなのだから相当強力なのだろう。顔を青ざめていると、憤鬼が大丈夫よ。と助言をくれた。
「わての能力の一つ、《精神空間支配》の力でいつでも精神世界で特訓ができるで。ここなら暴走してもいつでもわてが止めてあげるからめいいっぱい暴れても問題ないわ。死ぬこともないから安心してな。ほな、練習相手に何体か魔物を召喚しておくから頑張ってな~」
とんでもないことを言い出した。精神世界が使える。しばらく精神世界で修業ができそうだ。
数日後、イアンに呼び出しをされていた。
「シルシ、お前に頼みたいことがあるんだ。俺たちの軍の副官代理にならないか?みんなといろいろ考えてみたんだが、実力もあるし上に立つ経験も必要だろう。引き受けてくれるな?」
シルシには自信がなかった。確かに実力はあるのだろうが、それは能力が暴走スタンピードした時のことなのでシルシの実力とは言えなかった。それに加えて今は憤鬼の暴走まで加えられた。数日の修行で制御は可能になるところまで行ったが、前の戦闘の時のように冷静さを欠くようなこともある。疑鬼の《幻聴・幻覚》での実践模擬も行ったが、暴走は克服できていない。そのことを考慮したうえで、自信をもって首を縦に振ることができていなかった。
「安心しぃ、わてが制御したるから心配しなさんな」
「だからなんでおぬしが先走って出ていくのだ!!一番乗りは俺だぞ?」
精神世界で喧嘩が始まった。本当に勘弁してほしい。悩みの種は一つで十分なのだ。どうしたものか。一番の問題として、シルシが暴走した時に誰が止めるのかということである。基地一番の実力者のイアンもここでは頼りにならない。一応、憤鬼が抑えてくれるとは言ってくれたが、正直頼りない。でも、自分が成長する最短の道のりは経験を積むことである。最初から答えは決まっていたのかもしれない。
「わかりました。是非お受けいたします。よろしくお願いします。」
イアンは安心したような表情を浮かべる。同時に精神世界で憤鬼が満足げにフンッと鼻を鳴らした。疑鬼は迷惑そうな顔をしていた。
その後、基地の全員を集め集会が開かれた。シルシの副官代理任命式だ。この国の人類軍の副官は今日からシルシになるのだ。そういえばこの国の名前は何というのだろうか。この国に来た時、もともとここは人類が住んでいた国だったらしいとは聞いていた。だがここがどういう名前の国なのかは聞かされていなかった。思い返してみると意外と知らないことだらけだなぁと思う。
「さて、これから我ら第七支部の副官代理の任命式を始める。今王国に出張している副官の代理に、シルシを任命した。これからしばらくはシルシが副官として活動していく。シルシ、何か一言言ってやってくれ。」
何も聞かされていないシルシには何を言っていいのかわからなかった。この大人数の前で一体何を話せばいいのだろうか。う~んと唸りながら拡声器を手に取る。
「私はここの皆さんに命を救われました。その恩をめいいっぱい返すために今回私はここに立つ決意を固めました。代理の身ではありますが皆さんを導けるように頑張ります。」
なかなか良い演説だったのではなかろうか。自画自賛しているとここだと言わんばかりにヤジが飛んでくる。
「お前それは演説ではなくただの事実を述べただけだぞ。もっとなんかあっただろう。」
「わてが演説したほうがよかったのではないか?洗脳してしまえばよかろう。」
精神世界と切ってしまおうかとまで考えたが、今回からは二倍パンチが飛んでくるようになった。結局私はこいつらには勝てないのだ。もういいでしょっ!と照れながら返す。
疑鬼に憤鬼、ブレインノート。能力未保持者が大半を占める人類種の中で三つの能力を持ったシルシは明らかに異能である。シルシにはいまいちピンと来てないが、軍に単騎で突っ込んでも勝てるだろう。シルシの暴走を見たのはイアンを含む数名の兵士だけ。仲間内にシルシのうわさが広がっていないのは不幸中の幸いだった。
「お前の才能には期待してるよ。間違えて俺たちを攻撃しないでくれよ?」
冗談交じりでイアンが話しかけてくる。何人かの兵士は顔を逸らしたが、今回の出撃に参加しなかった兵士は笑っていた。目の前の少女がいつ爆発するかわからない爆弾だとは知らずに...
「さて、次の出撃でこの国での戦いは最後になるだろう。よって、明日の出撃はここにいる兵士全員で乗り込もうと思う。長い戦いになるかもしれないが、我々は必ず勝利を収めてくる。総員、覚悟を決めて明日の出撃に臨め!」
まさかこのスピーチを副官として真横で聞くことになるとは。私も出世したものだ。明日、この国を代表して決戦に挑む。手が震える。この震えが恐怖によるものなのか、武者震いによるものなのか。シルシは精神世界に意識を移し、戦い方を学びながら憤鬼が召喚してくれた大型の魔物と実践模擬を重ねる。今度は暴走しないように、迷惑をかけないようにシルシは明日に備えるのだった。
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誰もいない城の王室に五つの影。影はそれぞれに用意された椅子に座る。
「あの小娘は意外とやる子だったよ~☆油断してると私たちもやられちゃうかもね~☆」
「そうか。一度国に帰って王に伝えるほうが賢明かもしれぬ。キョウカよ、おぬしはここに残って奴らを仕留めるのだ。」
キョウカと呼ばれた影がわずかに揺れる。そして静かに御意に。とだけ返し、姿を消した。
「では全員配置につき、役目を果たしなさい。」
そう一柱の影が呼びかけると、残りの四柱が満月の月夜に消えていった。
シルシ @kamuna417
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