第5話 ノンノの願い

 270/2/13


 出撃の朝。夢から覚める。シルシは昨日のことを思い出していた。ノンノのあの表情。二度と不覚を取ってはいけない。戦車に乗り込む。シルシはさっそく固有能力、《疑鬼召喚》を使う。疑鬼には、




 「お前、いつでも呼んでいいとは言ったけど、さすがに戦闘前に呼び出すのは早いんじゃないか?戦闘の仕方ならこの前教えただろう。」




 と言われてしまった。こいつ、私に興味ないだろう。


 ...とは言えなかった。もしそんなことを言って疑鬼の機嫌でも損ねた日には何をされるかわかったもんじゃない。シルシは静かに言葉を飲み込んだ。しばらく疑鬼を無視していると、まあいいけど、と黙ってしまった。ばかめ、お前の攻略法はもうわかってんだよ‼と疑鬼にばれないように心の中でつぶやく。精いっぱいの反抗である。


 シルシがこそっと犯行に及んでいると、ノンノが近づいてきた。見たくない。あの悲痛に泣くあの顔を。私に見せないでくれ。お姉ちゃん、と呼ぶ声が聞こえる。私に返事をする資格があるのだろうか。無責任に話をできるのだろうか。いや無理だ。私には...いろいろと考え込んでいると、お姉ちゃんってば!と言われ、現実に引き戻される。シルシは心情を悟られまいと必死に笑顔を作る。しかし、時に子供というのは大人よりも鋭いことがある。ノンノは小さな手でぎゅっとシルシの手を握り、泣きながら訴えてきた。




 「お姉ちゃんはいなくなったりしないよね...?もう誰ともさよならしたくないよ...」




 シルシはハッとなった。そうだ、一番苦しいのはノンノだ。私なんかより断然悔しかったのだろう。それも我慢して私に訴えかけてきたのだ。シルシはノンノにやさしく答える。




 「大丈夫。無事に帰ってくるよ。帰ってきたらまた遊ぼうね。」




 確証はない。でも言うしかなかったのだ。ノンノのためにも、自分に言い聞かせるためにも。ノンノは安心したように家に戻っていった。私は強くならねばいけない。もうこれ以上悲しむ顔を見たくない。シルシは周りの声が聞こえないほど考え込んでいた。そんなことを考えているとイアンから声をかけられた。




 「お前、悩みすぎだ。俺たちは一人じゃない。ところで、お前オッドアイだったっけ?何かあったのか?」




 なにかはあった。だが、それをばらすわけにはいかないのだ。それは疑鬼の教えにあった。なんでも、疑鬼の持つ固有能力、《絶対的強制化》のように、相手の能力を奪ったり使用不可にさせる能力があるのだ。疑鬼のもつ固有能力は少々特異なものらしいのだが、無いとは確証できないので念のためである。この世界には、数多の種族が住んでいる。その中に、相手の能力を使用不可にさせる固有能力があってもおかしくないのだ。そのため、シルシは苦笑いするしかなかったのだ。




 シルシ達が車内で盛り上がっていると、大きな衝撃が戦車を襲い、横転してしまった。幸い、入り口はふさがれていなかったので出ることはできたが、シルシ達が出たころには周りを敵軍団が囲っていた。すると一人の幹部が信じがたいことを言い出した。




 「我々は妖・魔・軍。名の通り、妖怪軍と魔人軍は共戦条約を結んだ。もはやお前たちの敵ではない。」




 文字通り、敵軍の大幅増強である。純粋に考えて勝てるはずがない。誰もがそう考えて冷静さを失う。味方の何人かが叫びながら走り出す。気が狂うのも無理はない。むしろここで狂っていたほうが幸せだったのかもしれない。それにつられるようにたくさんの仲間たちが走り出す。そこに合わせたように閃光が走る。その瞬間、今まで叫んでいた声が急になくなり、走っていった仲間たちが力なく倒れる。あまりにも簡単に命が落ちた。その光景はイアンでさえ絶望に染まっていた。シルシの目には涙。出発前、ノンノと交わした言葉が思い出される。もう誰ともさよならしたくないよと。それは、シルシだけでなく、今日出撃した仲間たち、誰一人ともさよならしたくなかったのだ。また破ってしまった。ノンノにとって二度目の約束を。シルシの感情は一気に殺意に代わっていく。シルシの雰囲気ががらりと変わる。




 「お前ら...絶対に許さん...殺してやる...!!!」




 能力の暴走。能力の限界を超越した時に稀に起こる、自己コントロールができぬ状態に陥った現象。能力の暴走が起こると、対象者は破壊の限りを尽くす。シルシの意識はすでに失われていた。


「獄ノ番一 地獄楽」


 シルシが言葉を発し終えるころには敵の幹部一人を除いて全員が肉片をも残さずに消え失せた。シルシがやったのか?それすらも見えぬほどの速さだった。




 「君やるね~ここまでやるニンゲンは初めて見たよ~」




 シルシが幹部のほうを見る。と、次の瞬間には敵の幹部の胸には大きな傷ができていた。しかし当たった感触はなかった。シルシは眉を顰める。圧倒的な力の衝突が繰り広げられた。イアンの目には何も見えない。




 「おお怖いね~これは本部に伝えるしかないね~じゃね~☆」




 そう言って闇に消えていった。シルシの意識が戻る。残されたのは仲間の屍骸と、ぶつけどころを失った怒りのみだった。イアンと目が合う。恐ろしいものを見る目だ。無理もない。




 「お前...シルシなのか...?何があったんだ...?」




 シルシにもわからない。それにさっきから疑鬼は一言もしゃべらないのはなぜだろうか。身の安全を証明したうえで、一度基地に戻ることにした。その足取りはひどく重たい。シルシの中には大きな憤怒が渦巻いていた。あの光景、舐めたように笑い、仲間を殺した。あいつだけは絶対に逃がさない。


 シルシの中にもう一つの影が蠢いていることにはまだ誰も気付くことはなかった。

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