センパイ、受け取ってください。

たっぷりチョコ

センパイ、受け取ってください。

 2月14日、ハッピーバレンタイン。

 チョコレートを売りたいがために広めたイベントといえど、この日だけは好きな人に堂々と告れる。

 それは女子だけじゃなく、男でもありってやつで。



 廊下の窓に映る自分に気合を入れて、片手にチョコレートの入った紙袋を持ってセンパイのクラスへと向かう。

 ガラッと勢いよくドアを開け、

「増田センパイいますか!」

 オレの目立つデカい声が2年1組の教室に響き渡る。

 突然のデカい声にモブな先輩たちが一斉に振り返ってオレを凝視する。


 ガシッと後ろから羽交い絞めにされ、

「よぉ、松本じゃん。朝からお前のそのデカい声聞くとは思わんかったわ。まっすーならまだ来てないけど?」

「滝口先輩! おはようございまっす! 増田センパイはいつもどんくらいで来ます?」

「んー? もうちょいで?」

 長身の滝口先輩は長めの髪をかき上げながらオレの首をグイグイと腕で絞めてくる。おかげでどんどん苦しくなって「ギヴギヴ!」と言いうはめに。

「で、増田になんか用?」

「え、それは・・・」

 絞められた喉が苦しくて声がかすれる。

 滝口先輩は反省の色どころか楽しそうにニヤニヤしてるんだから質が悪い。


 モジモジしてなかなか口にしないオレに、滝口先輩はめざとく紙袋に指をさして、

「もしかしてそれ渡しにきたとか?」

「あ、これは・・・いや、えーとっ!」

 サッと後ろに隠すけどすでに手遅れだった。

 ニヤニヤしながら滝口先輩が後ろに回りながら、

「そーいえば今日はバレンタインだったよなー。あ、わかった、女子に渡すように頼まれたんだろ?」


 問題を答える回答者のようにひらめき顔をする滝口先輩に、オレは心底ホッとした。

「違います。そうゆうんじゃないです!」

「怪しいな~」

 目を細めて疑う滝口先輩を置いて2年の教室を後にした。


 廊下を歩きながら紙袋を眺める。

 この日のために短期バイトで貯めたお金で、センパイが好きそうなチョコレートをめちゃくちゃ探した。

 結局、ちょっとお高いブランドのチョコになったけど。

 甘いもの好きのセンパイの喜ぶ顔が見れると思うと、ワクワクして顔がニヤける。(昨日はなかなか寝つけなかった)


 この高校に入学した日、体育館にどう行けばいいか迷ってるオレに優しく声をかけてくれた増田センパイ。(うちの体育館は校舎の最上階にあるから慣れないと迷う)

 また会いたいと思ったら委員会が一緒だったりとラッキーなことが重なったおかげでオレはセンパイのことを好きになっていることに気づいた。

 センパイも・・・と思いたいところだけど、増田センパイは男だ。

 オレだって男。

 普通だったら同性で恋愛に発展するわけもなく。

 構ってくれるだけでも嬉しいと思いながらこの想いをズルズルと今まで引きずってきたわけで。


 付き合いとまではいない。そんな贅沢なこと。

 ただ、恋心を利用してチョコで儲けようと考えてる奴がいるんだから、同じようにチョコを利用して気持ちを伝えるのもありだと考えた。

 オレなりの精一杯の勇気。

 それこそ滝口先輩が勘違いしたように、女子からの預かりチョコだっていい。

 後輩からの義理チョコでもいい。

 センパイに喜んでもらえるなら。


 ふと窓の外を覗くと登校してくるセンパイの姿を発見。

「来た!」

 下駄箱へと向かおうとしたらチャイムが鳴り響き、駆け寄りたい気持ちがストップする。


 ムスッとチャイムに不機嫌になる。

 しょうがない、昼休みまたセンパイの教室へ行こう。



 授業中はずっとソワソワして落ち着けなかった。

 チャイムが鳴って昼休みに入った途端、センパイの教室へ再び向かうけど一足遅かった。

「まっすーならいないよ。担任に呼びされて職員室に行ってる」

 イチゴミルクのパックをストローで飲みながら、滝口先輩が教えてくれた。

「あざっす!」

「やっぱそれ頼まれたバレンタインチョコだろ?」

「あざっす!」

 しつこい滝口先輩をスルーして1階の職員室へと向かう。が、

「増田? あぁ、さっき出て行ったぞ」

 一年中眠そうな顔をしてる山ちゃん先生(校内でそう言われてる)に一礼してまた2年の教室へ向かうもまたいなかった。

「あれ? 会わんかった? 戻ってきて飲み物買いに自動販売機目指して行ったぜ」と滝口先輩。

「あざっす!」

 走ってきたからすれ違ってしまったのかと反省して、自動販売機がある食堂へと向かう。


 そのあともことごとくすれ違い、まったくセンパイに会えず。

 フラフラになりながら校庭のど真ん中に立ち、校舎に向かってデカい声で叫ぶ。

「増田センパーーーーイっっ!!!! どこにいるんですかーーーーー!!!」

 校舎の窓が次々と開いてたくさんの生徒が顔を出す。

 何事かと教師まで校庭に出て来たり。

 注目を浴びるけど、センパイを探して駆けずりまわったのと、残りの力で全力で叫んだのとで体力が完全になくなった。

 その場で倒れこむオレに、教師が怒鳴りながらこっちに来る。


 あ、ヤバい。 反省文書かされる。

 今日はなんでこんなにセンパイに会えないんだ。

 広がる青い空を眺めているとグイッと腕を捕まれ力強く起こされる。

「なにやってんの、先生に捕まる」

「・・・増田、センパイ」

 本物かと疑いたくなるほど、突然の登場だ。

 センパイに引っ張られながら追いかけてくる教師から逃げて空き教室へと転がり込む。




 全力で走ったため、センパイと一緒に床に寝転がって息が整うのを待つ。

 先に復活したセンパイは窓側の壁にもたれながらケラケラと笑い出した。抑えていたらしく笑いが止まらないみたいだ。

「まさか今まで生きてきた中で校庭の中心で名前叫ばれるとは思わなかった。しかも、男の後輩にっ」

 目元をクシャッとさせてオレの好きな先輩の笑顔が見放題だ。

 センパイの隣に座って、

「すみません、なんか、探してんのに全然会えなくて・・・」

 伸ばしてきたセンパイの形のキレイな手がオレの髪をクシャクシャにする。

「滝(たき)に聞いた。バレンタインチョコ渡すように頼まれたって」

「・・・えーと・・・そんな感じです」

 

 本当は違うけど、違うと否定してこの場が凍りつくのは嫌だ。

 気持ちを切り替えて紙袋をセンパイの前に差し出す。

「増田センパイにって。お返しとかはいらないからちゃんと受け取って欲しいって言ってましたよ!」

「これ・・・本命?」

「さぁ?」

 受け取るなりセンパイが紙袋からチョコの入った小さい箱を取り出す。

 じーっと見つめながら「やっぱり本命っぽい」と一言。


 さっきからオレの心臓が破裂しそうでヤバい。

 チョコの相手がオレだとバレることもハラハラもんだけど、ドン引きして突き返されないかというドキドキも。

 チラリとセンパイを見る。

 センパイはオレと違って背も高いし、女子にモテそうな顔立ちしてるし(実際、ちょっとモテる)人当たりがいいからいつも周りに人が集まってる。

 オレみたいな声のデカい後輩にも優しくしてくれる。


 やっぱりチョコをあげるなんて図々しかった。構ってもらえるだけで、今までどおりで、それだけでオレ・・・。


「やっぱり、本命は重いっすよね」

「え?」

 きょとんとするセンパイに、チョコの入った箱と紙袋を勝手に取り上げる。

「オレ! これ返しときます! 預かった子に、やっぱり無理だったって伝えときます」

「えぇ?」

 困惑するセンパイを無視してスクッとその場で立ち上がり、きっちり45度頭を下げる。

「校庭の中心で叫んじゃってすんませんっしたっ!! もうしませんから今日のことは忘れてください! 誰かに言われたらオレのせいにしていいっすから!」

 じゃっと右手を軽く挙げて空き教室を出ようとしたら、襟元を捕まれ、ドアノブにかけた手を強く握られた。


 はぇぇ?!!


「勝手に完結しない」

「ひぃ」

 耳元でささやかれ、思わず変な声が出た。

「わかった。これ、松本から俺にくれたのでしょ」

「な、なななな何言ってるんですかっ! ていうか、無理っ! センパイ離れてくださいっ!」

 後ろからセンパイに耳元で喋られて、もう失神しそうだ。

 赤いだろう顔をなんとか隠そうと両手で覆いながらドアにくっつくけど耳も熱いからきっと赤くなってる。

 センパイにはバレバレだ。


 センパイがごめん、と一言。

 クシャッとオレの髪を撫でながら離れてくれた。

 顔が真っ赤なうえに半べそ顔のオレは間抜けすぎる。


 センパイにまた窓際に来るように手招きされ、渋々隣に座る。

「最近あんま顔を出しに来ないと思ったら?」

 チラッとオレに視線を向けて答えを煽ってくる。

「・・・それ買うために短期バイトしてました。増田センパイ、どんなチョコが好きかわかんないからとにかくお金が必要だと思って」

「ふーん、わざわざバイトしてくれたんだ?」

 上目遣いでオレを見ながらニヤニヤするセンパイ。

「重いっすよね。なんか・・・すみません」

「なんで? オレのために松本の体力と時間を使ってくれたんでしょ? ふつーに嬉しいよ」

「チョコは?」

「んー? チョコも?」


 あまり嬉しくなさそうなセンパイにショックを隠せないでいると、ぷっと吹き出して笑うセンパイ。

 クシャッとオレの頭を撫でながら、

「嘘、チョコも嬉しい。ていうか、こんな高そうなの初めて食べる。マジで貰っていいの?」

「もちろんっす! 味見までさせてもらって買ったんで」

「マジ? チョコって味見できるの?」

「専門店とか行くとさせてもらえますよ。定員さんから声かけてくれるし、めっちゃ優しかったです」

「・・・それって美人なお姉さん?」

「はぇ? まぁ、大人のお姉さんでした、ね」

 ふむ、と定員さんの顔を思い出そうとするけどぼんやりとシルエットしか出てこない。

 ふーんと自分から聞いたくせにどうでもいいような顔をするセンパイ。


 光沢感のあるリボンをほどきながら、

「最近、昼休みになってもあんまうちの教室にこないし、放課後もさっさと帰っちゃうし? ラインしても既読スルーだし、返信きたと思ったらあっさり二文字で終わりとか。前は犬コロみたいに俺の周りを走り回ってたのに」

「え、待ってください増田センパイ。オレって犬コロだと思われてたんっすか?」

「例えだよ、例え。なついてて可愛い後輩だなーって思ってた」


 図々しいかもしれないけど、すねてるように見えるセンパイに嬉しくて顔がニヤける。

 バイトでセンパイに会えなったのは辛かったけど、チョコのためだと思って頑張った。

 センパイもオレが来なくなってつまんないと思ってくれてたなんて、そんなこと考えもしなかった。


 パカッと蓋を開けるとキラキラしたチョコが6個入っていた。

 形が丸や四角、三日月みたいなのもある。どれも小粒だけど見た目でわかるくらいずっしりと中身が詰まってそうだ。


「・・・増田センパイにそう思われて幸栄です」

 幸栄なんだとクシャッと笑うセンパイ。

「なんでさっき違うって言わなかったの?」

「それは・・・」

 チョコからオレにするどい視線を向けられ、気まずい気持ちが押し寄せる。

「それは?」

「貰ってもらえるなら勘違いでもいいかと思って」

「なんで逃げたの?」

「尋問っすか?」

 勘弁してとばかりにうつむくオレ。

 センパイの視線が痛い。


 なんで逃げたとまた繰り返すセンパイに拒否権がないとわかって腹をくくる。

「本命が嫌なのかと思って。増田センパイに迷惑かけたいわけじゃなかったから」

 はい、とセンパイがなぜかオレにチョコが入った箱を差し出す。

「自分で食べないんですか?」

「食べるけど。松本からちゃんと渡されてなかったなーって思って。仕切り直し」

「開いちゃってますよ」

「またリボンすんの面倒じゃん」

「増田センパイって変なところでこだわるっていうか・・・」

「なんか言った?」

「いえ・・・」

 センパイ圧をかけられ渋々受け取る。


 今更恥ずかしくなってきた。

 しかも、さっきからセンパイがガン見してくるし。

 

「・・・もう、気にせず食べてください」

「そんなんで食えるか」

「・・・いいじゃないですか、もう」

「照れてんの?」

「そう、いうわけじゃ・・・」

 図星をつかれて言葉に詰まる。

「ほら、いつまでたっても食えないじゃん。ちゃんと言おう?」

「なんでここまできて手厳しくなってんすかー増田センパイっ! あ! わかった、からかって楽しんでるんですね! オレが遊びにいかなかった分からかって楽しんでるんでしょ!」

「いいから言えっつってんだろ」

 箱の蓋でオレの頬をグリグリしてくるセンパイ。


 ヤバい、センパイがちょっとキレてきた。


 本気じゃないセンパイのキレ顔にゾクゾクするけど、ここはもう素直に従うべきだと悟る。

 急に緊張してきて深呼吸をひとつ。

「校庭の中心で愛を叫んでた奴がなんで緊張すんの?」

「オレ、それで一生いじられるんすか? ていうか、古い映画のタイトルをアレンジするのやめてくれます? 愛なんて叫んでませんからねっ!」

 センパイのいじりで余計に緊張してきた。


 チョコの入った箱をズィッとセンパイの前に差し出し、

「増田センパイ、受け取ってくださいっ」

 渾身の気持ちを込めて漢らしく言ってやった。

 あきれ顔だったセンパイの顔が柔らかくなる。

 次の瞬間、口にチョコを押し付けられ、濃厚なカカオの味と甘さが舌に広がる。

「美味しい? 俺も」

 パクッと一口。

「うまいね」

 目を細めながらオレを見るセンパイにキュンッと胸がときめく。


「次は俺が頑張る」

「今なんて?」

 ボケるオレにセンパイがスッと顔を近づけ、

「ホワイトデー楽しみにしてって言った」

 



おわり。

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