第6話 四角関係

視点:聖月兎

 「……………………えーーーっと………………なにこれ?」

 知らない天井だ。真っ白け。鼻には管が入ってるし、視界に入る大体の物質が白いし、俺はベッドの上。これ明らかに病院ですよね? 俺生きてる?

 「あ、起きてる」

いきなり誰かの声がして、首だけで横を向く。超痛い。寝違えた時のやつだこれ!

 「…………プリシェス・パリュンツェースタ……?」

 痛みを受けた対価は、初恋のお姫様の私服姿だ。やばい超可愛い。白のワンピースとかいう美人の中でも極微量の選ばれた美少女にしか着こなせない地球の至宝を完璧に着こなしてる。

 「おかしい。俺は地獄に堕ちるはずなのに。何で天国にいるんだ……?」

 「何わけの分からないこと言ってるのよ、嘘つき魔王。地獄はともかく、あなたが天国の様子を知ってるわけがないじゃない」

 呆れた表情で花瓶に花を入れている姿がまた似合う。何だこいつ。姫のくせに自分の武器を完全網羅してやがるのか。

 「どんくらい寝てた?」

 「さあ」

 ふーん。まあどうでもいいや。そんなことよりもっとじっくりこの報酬を見たい。こっちとら命がけでその美貌を守ったんだ。身体を起こして穴が空くほど眺めるくらいの褒美があってもさすがに許されろ。よいっしょ………あれ?

 「…………なあ、俺の手……って言うか、義手知らない?これじゃあ芋虫か、ケンタウロスの余った方・・・・みたいだ」

 起き上がろうとしたら左腕の義手が無い。右腕はチョンパしたからそりゃないさ。魔術の代償に全部使ったし、左腕はもっと昔に使ってる。

 両腕がない今の俺が、腰まで被れる馬のマスクを使えば、文句なしで余った方だ 

 「義手? そう言えば『魔術協会』の赤い髪の女が来て、修理と右側の方も必要になるだろうからって、持って行ったわね」

 「ふーん。そっか」

 せっかくの初私服姿を堪能するご褒美は無しですかそうですか。マジでやりがいオンリーのお仕事になっちまった。まあ、いいか。本当なら今頃無限地獄で食らってた『自分の身体をスコップでほじくり返して神経系を引きちぎっては針でぬって体に戻して以下冒頭からループの刑』の続きをさせられてたはずだ。それに比べればここは天国だ。文句はない。文句はない……が。

 「…………でさあ、何で俺生きてるの?」

 疑問がマジで尽きない。俺は主人公じゃないんだぞ。あそこは仕事終えていい感じに死んでいいやつだった感出してフェードアウトするところじゃん。

 「そうねえ……私がシグリアさまを好きなように、貴方は私に恋してるわけでしょ? 絶対に実らないけど」

 「うん。何で一回刺した? 結構がんばったよね? 事実を捻じ曲げろとは言わないけど少しくらい配慮して言葉選んでくれてもよくない?」

 「へえ~貴方がそれを言うんだー? 意外ね。私てっきり『脈ナシなんだから、気を持たせない方が相手のためだ』とか言うのかと思ってたわ」

 「…………ずいぶん俺に詳しくなったね。ハハ」

 否定出来なさ過ぎて悲しい。乾いた笑いしか出てこない。

 「悲しいくらいなら、これからはもっと、ちゃんとヨウカに優しくしてあげなさいよね。

  貴方が今地獄に逆戻りしないで済んでるのは、ヨウカが貴方を愛しているおかげよ?

  詳しくは本人から聞けばいいけど……今後もあんな、話に聞いた態度取り続けたら、私が貴方を許さないんだから」

  「日野さん? なんで何で彼女の話が? あと、何でそんな突拍子も無く友達になってんの?」

  「女の子っていうのはね、一回話しただけでも相性次第では凄く仲良くなれるのよ」

 「ずいぶん便利な機能ですね」

 (しかし話すきっかけが分からないだろ。常識的に考えて。……まさかとは思うが、光輝が紹介したんかね? だとしたら鬼かアイツ。自分を好きな女に自分が好きな女紹介したんか……?)

 そんな狂気染みた予想に自分で戦慄していると、静かに扉が開く音がして、人影が二つ入室してくる。

 「あっ、噂をすればね。シグリアさま…じゃんなくてコウキと、ヨウカよ。」

 「こんにちはプリシェスさん。お見舞いありがとう。」

 「こんにちは、コウキ。このくらい淑女の嗜みよ。」

 パチンとウィンクひとつ。可愛い。羨ましい。爆ぜろ光輝。

 「こんにちは、プリシェス。月兎の様子は、どうかな……?」

 「そうねえ。調子は本人に聞いた方が分かりやすいんじゃない?」

 そう言って、プリシェスは俺の上半身を遠慮なしに起き上がらせた。腕が二本もないと軽いのか、めっちゃ軽々と持ち上げられた。ところで、持ち上げるのに捕まれた箇所は首である。

 「ぎゃあああああああああああー? 首がああああああー?」

 「月兎……? 月兎おおおー!」

 「ぐおうぇあっ!?」

 一人は話に出てきた日野陽香。お見舞いに来たんだろうか?学校はどうしたん?

 とか思ってたらいきなり抱き着いて来た。え? 何? 殺される? 俺この二人に殺されるために助けられたの? どうせ死ぬならカッコよく死んでおきたかったんですけど?

 「え? ちょ、おま? マジで! ちょ?」

 「月兎。本当に月兎なんだよね!? 生きてるよねえ! 月兎おー!」

 「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!? 主に首が痛い!?」

 「あ! ご。ごめんね……月兎」

 「あーマジで痛かった。こっちとら管付いてんだぞ。もう少し優しくしてくれる? 主に姫」

 「そうねえー貴方がヨウカともう少し仲良く出来たら、考えてあげるわよ?」

 「こいつマジで恩人になんの容赦もねえ……!」

 「ふふふ。恩人にたいして礼儀がなってないのは、貴方も同じことでしょう?」

 「は? なんのこっちゃ?」

 「ふっふっふーヒカエオロー。ここにオワスはどなたと心得るー」

 「何に影響受けたか知らんが、ところどころ発音が怪しいぞお前」

 「あんまりつまんないこと気にすると、その首を可動範囲ギリギリまで動かして遊ぶわよ?」

 「鬼! 悪魔! 外道!! 人の心とかないんか!」

 「えっとな、月兎。話が進まないから俺が説明するけど……俺たちがそれぞれ意識を失ったあと、俺達を助けてくれたのは、陽香なんだ。」

 「…………?」

 そう言えばさっきもそんなことを触りだけ聞いたけど、そもそも何で一般幼馴染ヒロインがあんな破滅の城にいた俺らを助けられたの?

 「分かりやすく何言ってるか分からないって顔してるなあ」

 そりゃそうでしょ。何で家に置いて来た日野さんが俺らを助けることになるのよ?

 「えっと……昨日、月兎がコンビニ行ってくるって光輝を追いかけて行ってから、ボクも救急カバンとか用意してから追いかけたんだよ」

 「バカなの? 死ぬよ?」

 「それを貴方が言うのは絶対に間違ってるでしょ」

 「いや、あんたも全然おかしいからね?」

 「二人ともおかしいから少し黙って陽香の話を聞いてあげて」

 「――おかしいのは三人全員だから反省してよ(ゴゴゴゴゴゴ……!)」

  

 「「「あ、はい」」」


 それから、日野さんの怒りの圧を受けながら聞いた話によると、強化で身体能力上げて道ならざる道を行った俺と違って一般人として普通に足止めを食らってた日野陽香は、何か凄い光(まず間違いなく地平線の彼方まで行った『生誕の為の破滅ルーウィンチャート』の余波)に巻き込まれて自分がのあと一歩手前の位置くらいまでが消滅したおかげであの城まで来れたらしい。

 (んで、いざ来てみたら俺がグロ映像(余った方)か。可哀想に。トラウマになるんちゃう?)

 (陽香が助かったのは【勇者】の報酬のおかげか。危なかったな。) 

 (愛する人のところに何が何でも駆けつけたかったのよね。私は分かるわ。ヨウカ)

 「それで、救急車を呼んで、一番怪我が酷かった月兎を応急手当してる内に」

 「俺が目を覚まして、相良警部補に110番で連絡して交通規制の解除と救急車の誘導をしてもらって」

 「私が目を覚まして、特にすることも無いから、貴方に必死に応急手当をしているヨウカを『可愛いなー』って見ていたの」

 「………これで千年の恋が冷めない辺り、俺も終わってるかもしらんね」

 「…………ほんとに、ばかね」

 「そりゃどうも」

 

 そんなこんなで、俺はなんかいい感じに死にぞこなった。もう特にこれと言って出来ることもないし、やらなきゃならないこともない。そんなわけなんで……。

 

 何かそんな感じに、俺の『足りない』は満たされた。恋なら、好きになった女と一緒になれば幸せだ。でも、俺がしたかったのは愛すること。幸福を零す手も無くなった。

 きっと誰も理解出来ない。きっと誰も満足しない。それでもいいや。それが愛ってもんだ。母ちゃんは子供に嫌われても教育する。それで自分が愛されることなんて望まない。愛した子供の幸せを望む。そんな感じだ。俺のハッピーエンドはここから始まるかもしれないので、あとは初恋の女と、血縁の兄貴と……。


 「…………」

 「…………どうしたの?月兎」

 「…………まあ、あれだ」

 「……?」

 「余計なお世話で助けてくれてありがとう。陽香・・

 「…………月兎、今、ボクの名前……!」

 「あと、俺本当は死ぬつもりで今まで生きてきたから必要なかったんだけども、誰かさんが大きなお世話で生かしてくれちゃったので、将来のこととかマジで考える羽目になっちまったんよね。差し当たっては高校受験になるのかな。中卒就職は勘弁願うし。

 だから……まあ、何だ……責任取って面倒見て欲しい。……勉強とか」

 今までずっと俺を構ってくれてた幼馴染・・・と、よろしくやっていくことになるだろう」

 「月兎……」

 「いつまで続くとか知らんけど――」

 「月兎――!!」

 「どおっ!?」

 また抱き着かれたんだが。こいつ抱き癖があるんか?まずいよ。これはまずいよ。俺両手無いのに! 逃げられねえじゃん?

 「大丈夫だよ! ボクに任せてね! ずっとずっと、月兎の面倒見てあげるからね! 月兎がどれだけ勉強できなくても、皮肉屋でも、人の気持ちが分からなくても――」

 「分かったから離せて! 両腕無い分その薄着で年不相応なふくらみが当たってるんだよ?」

 「むっつりでも構わない!」

  むにゅん。

 「おい余計に力入ってんぞ!? 離せ―!!」

 

 「月兎、愛してるよー!

 

 ボク……絶対にキミを離さないから……」

 

 こんなに密接されてるのに、ゾクリと背筋に悪寒が走った。――ああ、やっぱりこいつは。

 

 「やっぱりありえねえのは……あんたの方だったな」

 

 

 

 視点:光輝

 陽香が月兎を抱きしめて愛の告白をしたのをきっかけに、俺と――

 「凄いわね、ヨウカって。太陽みたいに情熱的。私たちがいるのもお構いなしなんだから」

 本来俺が倒す運命だったはずの【魔王】。いや、元魔王のプリシェスさんと一緒に病室をこっそり出て、病院の屋上にいた。

 「まあ、陽香はずっと月兎のことを好きだったけど、月兎と碌に話も出来ないくらい、月兎の方から壁を作っていたから」

 「それは、私を助けるために死ぬつもりだったからね。どうせ気持ちに応えられないから、素っ気ない態度を取り続けてたの」

 金糸のような長い髪を僅かに掻き揚げながら話すプリシェスさん。

 「愛されていたんだね。プリシェスさんは」

 俺の言葉に、プリシェスさんは自分の身体を抱きしめるようにブルブルと震えた。

 「冗談じゃないわ。アイツのせいで月は滅んだんだから。愛情表現なんて言葉で誤魔化されるものですか!」

 「そうなの? 俺は月の民は月の【魔王】が滅ぼして、月を血で染めたって聞いたんだけど」

 「それは、その通りよ。私は貴方にもう一度会いたくて、とんでもない間違いを犯した。月の民も、アナローシマにも、悪いことをしてしまったわ……」

 「アナローシマ……か」

 「あのね、コウキ。誤解しないで上げて欲しいのだけど……【配下】のアナローシマはあくまでも【配下】で、本当のアナローシマは、最期まで私に尽くしてくれた、優しい執事だったの。だから……許してとは言えないけど、本物のアナローシマは、あくまで別人なの。それだけは、信じてほしい」

 「うん。信じるよ。【配下】はあくまでも記録の中から人格を入れているだけだって、聞いてるから」

 「……そっか。良かった」

 儚い笑顔を浮かべながら、安心したように空を見上げた。

 「あ! それともうひとつ。月の民は確かに私のせいだけど、それはあくまで私の父が納めていた王国の話だから!」

 「……え? 月って王国複数あったの?」

 「そうよ。地球よりは小さいし、資源も少ないけど。それでも文明が栄えてはいたのよ。

 その内の月の90%を滅ぼして今の形にしたのは嘘つき魔王本人なのよ! 私は、あくまで私の国だけ。しかも私の国の周りはワザと時間かけて攻撃してたもんだから、クレーターとか海が無くなったりとか、惑星の半分の構造が変質したり、とんでもないことになったんだから!」

 「クレーター? 海が無くなった……? ……? あの、プリシェスさん。もしかしてその場所って、地球から見えない方の半分?」

 「ええ、そうよ。いわゆる月の裏側って呼ばれてる位置ね」

 「…………は、はは。なんてことだ」

 俺の弟は、月の裏側を謎で埋め尽くした張本人だったのか……。

 「それと……コウキは、昔のことは覚えてなかったのよね?」

 「うん、そうだね。俺には前世の『記憶』が無いからね」

 「そうよねえ……嘘つき魔王に取られてるんだものね」

 うーんと唸りながら、美しい顔の眉を潜めて首を捻っている。

 「あの、俺からも一つ聞いていいかな?」

 「ん? なぁに?」

 「その『嘘つき魔王』ってなに?」

 「え? なんだそんなことか。簡単なことだよ。あいつ、初めて月にやってきた時にこう言ったのよ。

 

 『やあみなさんこんにちは。はじめまして。魔王です。ブルブル。僕、わるいまおうじゃないからいじめないでね』


って」

 「…………アイツ、本当に何を言ってるんだ……?」

 「他にも『あっちむいてほいで俺に勝てたら滅ぼすのやめるよ』って言いながら指向ける度に光線撃つし、自分が首降る時は口から吐くしで!」

 「…………ルールは守ってるん……だね」

 「あいつも同じこと言ってたわね。『あっちむいてほいにビーム撃っちゃダメなんてルールねえからwww』って」

 「…………もしも月の人たちと会うことがあったら、兄として謝ることにするよ。

 「大丈夫よ。コウキ。その人たちの命を奪ったのは、暴走した私だったから」

 「……そうなんだ」

 「アイツはとにかく口を開けば、虚言と戯言で埋め尽くされてたわ。だから『嘘つき魔王』よ」

 「言ってったことが全部嘘?」

 「ええ。全部嘘。右を左と言って、上を下だと言って、手を足と言って、頭をしっぽって言う。徹底して、ずっと嘘を言い続けていたの。まるで、そうでなきゃダメだって、誰かに言われてるみたいに」

 「何でそんなことを……?」

 「………………分からない。アイツのことなんて、全然分からないの。ただ、嘘つきだってことだけ。アイツが口にした真実は、それこそ一つきりだったわよ」

 「ひとつ……どんな?」

 そう聞くと、プリシェスさんは複雑そうな表情をして言った。

 

 「――『あなたのことを愛している。キミの幸福のためなら、わたしは――要らない』」

 

 そう口にしたプリシェスさんは、顔を赤くして、不服そうに項垂れた。

 

 「…………本当に、実行してくるなんて思わなかったけど。認めるしかないわね。あの嘘つき魔王は本当に、私のことを愛していたのよ」

 「…………そっか。あいつにも、ちゃんと『心』はあるんだ……」

 「まあ、それでもアイツには悪いけど、私はシグリアさまに恋をした。だからアイツの気持ちに応える気はないわ」

 まっすぐとこちらを見つめる瞳は、芯の強さをしっかり感じさせる深紅の瞳。凛々しさすら思わせる。

 「……ごめん。俺も、好きな人がいるんだ」

 「……ヨウカ?」

 「うん。俺達は幼馴染で、陽香は月兎が好きだけど。それでも俺は『一番大切な気持ち』を捨てられない。

 優しい彼女が好きだ。面倒見の良い彼女が好きだ。なんだかんだで、一番大切なものを何より大切に想う、陽香を愛してる。だから、俺はキミの気持ちには答えられない」

 「そっか。コウキの気持ちは分かったわ。確かにヨウカは、とってもいい子だし、何より自分の気持ちに正直に行動出来る子よね。普通、破滅の力を見てすぐにその出所に突っ込むなんて出来ることじゃないわ。

そんなことが出来るのは、ヨウカと……私くらいのものよ。」

「キミも?」

「ええ。シグリアさまが最初にアイツと戦った時、刃が立たなくてアイツは破滅の光を使おうとした。もちろん、それまでも散々見てた力だから威力も知ってたわ。知らなかったのは、アイツの気持ちだけ。そんな二人の間に入って、貴方を庇ったの。二人一緒に消えるなら受け入れられると思って。

 まあ、アイツは私を愛していたから、力を使うのを止めて戦いは中止になったけどね」

 「は、はは。凄いな。二人とも」

 「凄いって言うか、単に怖い物の違いよね」

 「怖い物?」

 「ええ。今のコウキにも分かるんじゃない?

 恋をした人間には呪いが掛かるの。『自分の命より、恋した相手が死ぬのが怖い』っていう、単純で絶対的な呪いが」

 言われた瞬間、俺は無意識に陽香のことを思い描いた。

 「…………ああ。そっか。それは、分かるな」

 「でしょっ」

 満足げに笑顔になるプリシェスさん。

 「それにしても、見事に四角関係になったわねえ」

 そう言えばそうだ。

 

 俺は陽香。陽香は月兎。月兎はプリシェスさん。プリシェスさんは俺に。それぞれ想いを寄せている。

 

 「綺麗に四角形だ」

 

 「んー。だったら少しいびつよね」

 「え? 何が?」

 「だって、コウキだけが私を呼び捨てにせずにさん付けよ? これって距離感があると思わない? 今のままじゃ台形よ? 台形」

 「…………ああ、そうかも」

 なにせ、ついさっきまで日野さん呼びだった月兎が陽香を陽香って呼んだんだ。これじゃあたしかに台形だ。

 「ふふ……」

 プリシェスさんが、期待したまなざしで俺を見つめている。それはまるで、これから贈られるプレゼントを待つ子供のように純粋で、燃えるような炎のような、綺麗な深紅の瞳で。

 これは期待を裏切るわけにはいかないだろう。だって、この人は俺の家族の最も大切な人だ。きっとこれから、長い付き合いになるだろう。だから……。

 

 「これから宜しく。プリシェス」

 「うん! これからたくさんアピールしていくからよろしくね。コウキ。

 私の恋は簡単に終わらないわよ? なにせ勇者様を愛したお姫様の千年物の恋なんだから!」

 

 ああ、トオルに三咲にアユ。友達を三人も殺されたのに、これは寂しさを感じている暇は貰えないのかもしれないな…………。

 

 「………………いつか天国で会えたら、今度は人で遊べるといいな。みんな……」

 

 

 

 アナローシマが城を造った跡地。

 

 誰にも見えない破滅が、ただそこにポツンと置かれていた。月兎が右腕を犠牲にして、切り離されたどす黒い【魔王】のシステムが。そしてもうひとつ。実態も無い思念が一つ。

 

 

 《…………アレは恋に狂い、新生の【魔王】を振りまいた。これから先【魔王】にあらゆるものが堕ちうる。

 

 勇者よ。万人の為に悪を討つならば。聖月兎こそが、勇者と人類の最大の敵となる。

 実に愚かなことだ。聖月兎。ハードさえ無ければシステムが残っていて起動しないと?》


《違う。断じて違う。順番が逆なのだ。求めるのはソフト。それを起動するためのハードだ。

いずれ気付くことになるだろう。その時までは、己の立場を忘れているがいい。

フフフフフ……フハハハハハハハハハハハーー!!》


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転生した元【魔王】の侵略から始まった『月のお姫様』と【勇者】とヤンデレ幼馴染の四角関係が始まるまでの一夜 納豆ミカン @nattomikan

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