エピローグ「あまかけるねことひらめき」



「ふぅ……。死ぬかと思ったぜ……」



 神話の一員と化したサクラは、なんとか人々の世界へと帰って来た。



「あねさん……よくぞご無事で……」



「さすがはあねさんっス!」



「効いたぜ。ボスのパンチ」



 サクラはなぜか顔を赤らめてそう言った。



「俺様は、


 宇宙一のランニャーですからね。


 走りで宇宙一ということは、


 ねこパンチ力も


 宇宙一ということです」



「そうか。勉強になったぜ。ボス」



 サクラはそう言うと、ニヤリと笑った。



(……何の勉強ですか)



 そこへヒナタが近付いて来た。



「おい。ハヤテ」



「あっ。ヒニャタさん」



 ニャツキはしっぽをパタパタと揺らしながら、ヒナタに駆け寄った。



 そして、猫耳をぴくぴくさせながら言った。



「ニャツキで良いですよ」



「ん? それでハヤテ。


 そろそろホテルに戻ろうかって話になってるんだが」



「むぅ……」



「どうした?」



「何でもありませんが。


 ……予定では、


 今日はこちらで一泊して


 あした向こうに帰るという話でしたよね?」



「そうだが。それが?」



「赤ちゃんの顔を見に、


 なるべく速く


 帰省したいという気持ちが有ります」



 今回の旅行日程は、ニャツキの母の出産が分かる前に組まれたものだ。



 何も無いのなら、1日のんびりしていっても構わなかった。



 だが今は、旅行を楽しんでいる気分でも無かった。



 早く家族の顔を見たい。



 ニャツキはそう思ってしまっていた。



「そうか。それなら……。


 今から走って帰るか?」



「えっ?」



「おまえの足なら、


 2時間も有れば


 シマネまで着くだろ」



「そんなスピードは出せませんよ。


 危険ですし、


 道路交通法違反です」



「俺がなんとかしてやるよ」



「なんとか?」



「信じられねーか?」



「いえ。


 ヒニャタさんが言うのなら、


 信じますけど」



「よし。それじゃあ鞍をつけるぞ」



「えっ? ヒニャタさんがですか?」



 顔を赤らめたニャツキにそう問われ、ヒナタはサクラの方を向いた。



「……おまえら、手伝ってくれるか?」



「ボスの為ならそれくらい、


 お安い御用だ」



 サクラが快諾した。



 ニャツキへの妙な呼び方を聞いて、ヒナタは疑問符を浮かべた。



「……ボス?」




 ……。




 ニャツキたちは、装鞍所へと向かった。



 サクラたちが、どこかから、ニャツキの鞍を持ってきた。



 ニャツキは装鞍室を借りて、鞍を装着した。



 装鞍室を出たニャツキの隣に、ヒナタが立った。



「乗るぞ」



「はい」



 ヒナタはニャツキに跨った。



 そして呪文を唱えた。



「風壁……活炎……。


 氷路」



 ヒナタが唱えた呪文は、3つ有った。



 風除け、身体強化、そして……。



「わぁ……」



 ニャツキは感嘆の声を上げた。



 彼女の眼前に、氷の坂道ができていた。



 ニャツキは上り坂に足を踏み入れた。



「あ」



 ヒナタが声を漏らした。



「どうしました?」



「手綱が切れたままだった。


 修理するから、


 ちょっと止まってくれるか」



「……面倒ですから、


 このまま行きませんか?」



「殺す気かよ」



「レースの時みたいに


 すれば良いではないですか」



「抱きつけってか?


 良いのかよ?」



「べつに、あなたに抱きつかれたところで、


 特に困ることはありませんから。


 それに、確認しておきたいことがあります」



「……分かった」



 ヒナタはニャツキに抱きついた。



「んぅ……」



 ニャツキの体が、ぶるりと震えた。



「さすがボス……。大胆だぜ……」



 サクラは顔を赤らめながら、ニャツキたちの様子を見ていた。



「強かったか?」



 ニャツキに抱きつきながら、ヒナタが尋ねた。



「いえ。問題ありません」



「なら良いが。


 これ、ハタから見たら格好悪くないか?」



「空なら誰も見ていませんよ。


 さあ、行きましょう」



 ニャツキは前に進もうとした。



 そのとき。



「お姉さま!?」



 リリスの叫びが聞こえた。



 2人を探しに来たらしい。



 リリスとミヤが、並んで立っているのが見えた。



「どどどどうしてまたキタカゼ=ヒナタと……!?」



 リリスは声を震わせて尋ねた。



「ちょっと末っ子の顔を見に、


 里帰りに行ってきます!」



「えっ? えっ?」



「行ってらっしゃい」



 混乱するリリスの隣で、ミヤが平然と手を振った。



「それでは」



 ニャツキは走り出した。



 空に出来た氷の道を駆け、リリスたちから遠ざかっていった。



「お姉さまあああああぁぁぁ!?」



 置き去りにされたリリスが、絶望の叫び声を上げた。



 ニャツキは、飛行機並の速度で、空を駆けていった。



 ねこフロートから遠ざかると、ニャツキはヒナタに話しかけた。



「そういえばこれって、


 法律的にはどうなんですかね?」



「さあな。低学歴だからわからん」



「大変ですね。低学歴だと」



「おまえもそうだろ」



 ニャツキは、中学を出てすぐにトレまちに来ている。



 最終学歴は中卒だった。



「にゃふふ。


 あっ、飛行機が見えますよ。


 手を振ってあげたらどうですか?」



「そんな余裕が有るように見えるか?」



 がっしりとニャツキにしがみついたまま、ヒナタがそう尋ねた。



「さあ?


 背中の様子は見えませーん。


 ふふふ。あのですね、ヒニャタさん。


 俺様は1つ、凄い発見をしましたよ」



 ニャツキは弾むようにそう言った。



「何だ?」



「猫はですね


 普通にジョッキーに乗られているよりも


 こうして抱きつかれた方が


 脚に力が入るのですよ」



「そうなのか? どうしてだ?」



「空気抵抗の都合だと思いますよ。


 風壁に割かれる魔力が減った分、


 強化呪文の効果が増すのではないでしょうか」



「いや……。


 空気抵抗が減ったら、


 風壁に消費する魔力は減るが、


 強化呪文の威力は、


 俺が意識しなきゃ変わらんはずだがな」



「そうなのですか?」



「ああ。けど、


 魔力の消費が減るのは良いな」



「最初からこれで走ってみますか?」



「嫌だよ。格好悪い」



「……そうですか」



「それに、ジョッキーってのは


 周りが見えてなくちゃなんねえ。


 こんな、視野が狭くなるような乗り方は、


 まともな乗り方じゃねえ。


 邪道だ」



「どうせルートは


 俺様が決めているのですから


 構わないではないですか」



「……そうだな。


 俺は置き物だからな」



「あっ……」



 ニャツキは地雷を踏みつけてしまったことに気付いた。



 それから少しして、顔色をうかがうような声音で、ニャツキはヒナタに話しかけた。



「あの……」



「ん?」



「次のレースの話ですけど……。


 もしよろしければ……ヒニャタさんが……」



 ニャツキが何かを提案しようとした、そのとき……。



「わかってる」



 何かに怯えるようなニャツキの声音を、ヒナタの言葉が断ち切った。



「わざわざ確認しなくても、


 本当のパートニャーが見つかるまでは、


 置き物に徹してやるよ。


 おまえとの関係は、


 それまでの我慢だ」



「あ……………………。


 わかっているのなら…………


 良いのですが…………」



 胸がズキリと痛んだ。



 きっと気のせいだ。



 そう思いながら前に進むことしか、意地っ張りにはできないのだった。




 ……。




 モンベツねこフロートから、トーキョーへ向かう飛行機。



 その客席に、キタカゼ=マニャの姿が有った。



 動きやすさを重視した彼女の衣服は、意外にも、量販店の安物だった。



 だが、スタイル良い彼女が着ると、何でも似合って見える。



 マニャの隣の席には、緑髪の、スーツ姿のネコマタが腰掛けていた。



 彼女はマニャのマネージャーの、ノノミヤ=リョクチャだ。



「手綱が切れた時は、


 ヒヤッとしましたけど……。


 良かったですね。


 無事にヒナタくんが優勝できて」



 リョクチャがマニャに話しかけた。



 2人は、ヒナタの試合の観戦を終え、トーキョーへ帰還する最中だった。



「そうね。だけど……。


 気に入らないわね。


 あの銀色の猫」



「マニャさん……?」



「ヒナタがコネ入社を嫌がるから、


 今までは自由にさせていたけど……。


 まさかあんな扱いを受けていたなんて……。


 私が間違っていたわ。


 あんなことになるくらいなら、


 ホテルヨコヤマのジョッキーとして


 強引にでもヒナタを雇い入れるべきだった。


 あんな……


 ジョッキーを侮辱するようなことを……


 よりにもよって私のヒナタに……!


 ドブで育ったクズ猫が……!」



 マニャの表情が、悪鬼のように歪んだ。



「ヒッ……!?」



「リョクチャ? どうしたの?」



 マニャはふしぎそうにリョクチャを見た。



 マニャの顔は、元のアイドルらしい美貌へと戻っていた。



「……イエ。ナンデモナイデス」



「そう?


 カゲトラのスケジュールを確認しておいて。


 トーキョーでの仕事が終わったら、


 あの子を連れてヒナタの所に向かうわ」



「わかりました」




 ……。




 モンベツねこフロートのホテルの一室。



 ベッド周辺の床に、藁人形が、大量に転がっていた



 その胴体には、キタカゼ=ヒナタと書かれた紙が貼り付けられている。



 藁人形の左胸には、1体残らず、五寸釘が深々と突き刺さっていた。



 ベッドでは、ニャツキに置き去りにされたリリスが、体育座りで固まっていた。



 身じろぎすらせずに、死んだ魚の目でテレビを見ていた。



 テレビには、彼女が持参したDVDの映像が、映し出されていた。



 DVDの中身は、キタカゼ=マニャの走りだった。



 マニャの走りと自分の走りを見比べる。



 それはニャツキから出された、リリスの宿題だった。



 ニャツキとの、イチャイチャデートプランが潰れた今。



 リリスには、ヒナタに幾重もの呪いをかけ、ぼんやりと映像を見るだけの元気しか無かった。



 彼女は10分足らずの映像を、食事にもトイレにも行かず、12時間繰り返した。



「あっ……」



 あるとき、リリスは何かに気付いた様子を見せた。



「……そういうことだったんですね。


 お姉さま……」



 虚ろな表情で、リリスは微笑んだ。



 才能が、目覚めようとしていた。



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冤罪で業界追放されたトレーナーは、第二の人生でレース場を駆ける。国内最強のチャンピオン? 宇宙最速の俺様の前じゃあもう遅い。~ベストパートニャー~ ダブルヒーロー@『敵強化』スキル @test_whero

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