その46「謝罪と昼空の星」




 レースを終え、ニャツキとヒナタは装鞍所に戻った。



 すると……。



「キタカゼ=ヒナタ!


 あなたは何を


 しでかしてくれやがったのですか!」



 怒髪天を衝くとでも言わんばかりに、リリスがヒナタに詰め寄ってきた。



「えっ? 俺?」



 ヒナタは困惑した。



 さきほどのレースでは、自分なりに仕事はしたつもりでいた。



 気付かないうちに、何かヘマでもしたのだろうか。



「レースのどさくさで


 お姉さまに抱きつくなんて……!


 うらやまけしからんです……!」



 リリスのけんまくは、ただの嫉妬が原因のようだ。



 そうと分かり、ヒナタは脱力した。



「そんな事言われてもな。


 レースで勝つためだったし。


 なあ?」



 ヒナタはニャツキに助けを求めた。



「えっ……はい……そうですね……」



 ニャツキは俯いて、ヒナタの言葉を肯定した。



「ぐぬぬ……!


 お姉さまぁ……!」



 肝心のニャツキが、ヒナタの味方に回った。



 リリスの嫉妬心は、収まりそうになかった。



「あー。


 俺、着替えてくるわ。


 なんとかしといてくれ」



 こういう時、正面からぶつかっても、ロクなことは無い。



 そう思ったヒナタは、ニャツキに全てを押し付けて、逃げることに決めた。



「なんとかと言われましても」



「がるるるる……!」



 逃げ去るヒナタの背に、リリスがうなり声を向けた。



 ヒナタは更衣室に入った。



 そして壁に体重を預け、左二の腕に触れた。



 ヒナタは左腕をぐいと持ち上げた。



 すると、何かが嵌まるような音が聞こえた。



(あー。痛ぇ。


 ようやく肩を嵌められたぜ)



「風癒」



 ヒナタは回復呪文を唱えると、肩をぐるぐると動かした。




 ……。




 ニャツキは着替えを終え、ミヤと一緒に装鞍室から出た。



(ヒニャタさんは……)



 ニャツキはヒナタが入っていった更衣室の方を見た。



 そこにヒナタの姿は無かった。



「お姉さま」



 外でニャツキを待っていたリリスが、声をかけてきた。



 ニャツキが返事をしようとしたそのとき、サクラが近付いて来るのが見えた。



 彼女は既に着替えを終えたらしく、人姿だった。



 その後ろには、ムサシとコジロウの姿も有った。



 2人の表情は、どんよりと暗かった。



 サクラはニャツキの前へ、まっすぐに歩いてきた。



 その顔は、真剣そのものだった。



「ニャツキ。話が有る」



「そうですか。


 ……ちょっと行ってきますね」



 ニャツキは、ミヤとリリスにそう言った。



 サクラたちは、装鞍所から離れていった。



 そして、木々が生えている、ひとけの無い空間へと移動した。



「それで?」



 ニャツキがサクラに尋ねた。



 すると、サクラは地面に膝をついた。



「本当に済まなかった」



 サクラは両手の指を地面につけた。



 そして、頭を地面スレスレにまで下げた。



 土下座だった。



 屈辱の姿勢を取ったサクラを見て、ムサシとコジロウが口を開いた。



「あ、あねさん……!」



「あねさんは悪くないのに……!」



「頭ならウチらが下げますから!


 あねさんは頭を上げてください!」



 ムサシとコジロウが、同時に土下座をした。



 3人の土下座が、並ぶ形になった。



 サクラは顔を上げ、ムサシとコジロウを怒鳴りつけた。



「うるせえ! 黙ってろ!」



 そして、再び頭を下げて言った。



「……こいつらがしでかした事は、


 ぜんぶ私の責任だ。


 煮るなり焼くなり好きにしてくれ」



「俺様たちに


 嫌がらせをしてきたのは、


 やっぱりあなたたちでしたか」



「っ……」



「あのレース着は、


 ママが俺様のために


 手作りしてくれた物です。


 それをよく、


 あんなズタズタにしてくれたものですね」



 それを聞いて、コジロウは震える声で言った。



「え……。


 その……知らなくて……」



「知らなければ何をしても良いと。


 なるほど」



 震えるコジロウの代わりに、サクラが口を開いた。



「罰は受ける。


 今回のことは、


 殺されても仕方が無いと思ってる。


 私のことは、


 死ぬまでぶん殴るなり、


 裸でダンジョンに放り込むなり、


 好きにしてくれ」



「ダンジョンって……それじゃ殺ねこ者じゃないですか。


 ねこを殴るのも犯罪です。


 そんな過激なことを


 するつもりはありませんよ。


 それと、見苦しいので


 顔を上げてください」



 ニャツキの言葉を受けて、3人は顔を上げた。



「何もしねーのかよ?


 それじゃ筋が通らねえ」



「筋を通したいのなら、


 3人で警察にでも行ってください」



「そんなことしたら、


 こいつらのランニャー生命が


 終わりになっちまう……」



「たとえ大切なものを失っても


 罪は償う。


 それが筋を通すということではないのですか?」



「っ……」



「まあ俺様は、


 筋などと言うものは


 どうでも良いのですけどね」



「え……?」



「服のこともなんとかなりましたし、


 無事に末っ子に


 優勝もプレゼントできましたし、


 ヒニャタさんも


 怪我をせずに済みましたし……。


 もし……。


 もしヒニャタさんに


 何か有ったら……」



 今までに味わったことの無いドス黒い何かが、サクラたちへと向けられた。



「っ……!?」



 3人の体が、ガタガタと震えた。



 次の瞬間、気まぐれのように、ニャツキはその何かを引っ込めた。



「……いえ。


 ヒニャタさんは


 優れたジョッキーですから、


 手綱が切れたくらいで、


 怪我をするような事は


 無かったでしょうね。


 並のジョッキーでは


 危なかったかもしれませんけど。


 とにかく、


 俺様はそんなには怒っていません。


 とはいえ、


 これは勝負です。


 敗者であるあなたがたには


 敗北の代償は


 支払っていただきますが」



「……何が望みだ?」



「レースの前に


 言っておいたと思いますが、


 あなたがたには、


 ホテルをやめていただきます」



「あなたがたって……


 こいつらもってことか?」



「ええ。その通りです」



「私は良い……。


 けど、こいつらは


 デビューしたばっかりのランニャーだ。


 まだ先が有る。


 頼む……!


 こいつらは見逃してやってくれ……!」



「えぇ……?


 そこまで嫌なのですか……?


 猫をダンジョンに潜らせるような


 劣悪なホテルよりも


 ウチのホテルに来た方が


 速くなれると思うのですけどね」



「え……?


 ウチの……ホテル……?」



「ええ。


 私やリリスさんが契約している


 ホテルヤニャギです」



「私たちに……ランニャーをやめろって言うんじゃ……」



「まさか。


 才能を3つも消し去るなど


 そんなもったいない事を、


 この俺様が


 言うわけが無いでしょうが。


 とはいえ、


 後ろのお2人が、


 競ニャを冒涜するようなことをしたのは事実です。


 しばらくはレースには出さず


 その性根を叩き直す予定ですが」



 ニャツキは最初から、サクラを引き抜くつもりだった。



 サクラの側は、負ければ引退させられると思っていた。



 そんな両者の誤解が、ようやくほどけていったのだった。



「まだ……走ってて良いのか?


 私たち……」



「ええ。


 さっきからそう言っているではないですか」



 サクラは立ち上がり、ムサシとコジロウを見た。



「おまえら……」



 それを見て、2人も立ち上がった。



「「あねさん……」」



「もうおかしな事するんじゃねえぞ……!」



「はい……。


 絶対にしません……」



「よし。それじゃあ……」



 サクラはニャツキに向き直った。



「ボス。私を1発殴ってくれ」



「えっ? ボスって? 嫌ですけど」



「そっちが良くっても、


 何のお咎めもナシじゃ、


 こっちの気が済まねーんだ。


 頼む……」



「……それじゃあ、軽く1発」



 グダグダと口論するより、相手の気の済むようにした方が良い。



 そう判断したニャツキは、サクラの言い分をのむことに決めた。



 とはいえ、人を殴って楽しむ趣味は無い。



 手加減して済ませるつもりだった。



 だが、そんなニャツキの様子を見て、サクラがこう言った。



「いいや。全力でやってくれ。


 そうじゃないと納得できねーよ」



「全力? 本当に良いのですか?」



「ああ。猫に二言はねえ」



「ちゃんと生きられますか?」



「だいじょうぶだってば」



「……行きますよ? 本当に……?」



 ニャツキは不安そうに言った。



 それに焦れたサクラが、大声で言った。



「良いからやってくれ!」



「では……」



 ニャツキがぐっと、前に踏み込んだ。



 そして……。



「ふんっ!」



「ぶごるぷっ!?」



 爆音が鳴った。



 八方にしかけられた爆薬が、一斉に点火されたような、破壊的な轟音だった。



 音速戦闘機よりも速いニャツキの拳が、サクラの顎に突き刺さっていた。



 負荷に耐え切れず、ニャツキの衣服の右腕の部分が、バンと弾け飛んだ。



 サクラはその日、空を飛んだ。



「あねさああああああああああああああんっ!?」



 遥か上空へと飛び去るサクラを見て、コジロウが叫んだ。



 青空で、何かがきらりと輝いた。



 サクラは昼空の星になった。



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