第43話 10年後のお姉ちゃん

 10年後、私はオフィスで働いていた。仕事は大変だ。上司の理不尽な指示に、くじけそうになる。でも家に帰れば、ひまりが待ってくれている。10年前の冬、ひまりが私と姉妹になってくれた。そのおかげで私はひまりと恋人になれたし、孤独になる運命を振り払うこともできた。


 ひまりのおかげで、今という時を生きることを、いくらでも頑張れるのだ。


 あの日から、十年たち、私とひまりは家を出て、同じ家で過ごしていた。


 夕暮れの仕事終わり、玄関の扉を開いて、リビングに入る。


「ただいま。ひまり」


「おかえり。凛」


 夕日の差すリビングで執筆しているのは、あのころよりも大きくなったひまり。それでも私よりは少し身長は低いけどね。今では大ヒット連発の小説家として、世界にその天才っぷりを轟かせている。


 もうお姉ちゃんと呼ばれることはなくなっちゃったけど、もちろんまだ姉妹ではある。お母さんと宮下さんはまだラブラブで時々私たちの家に様子を見に来ては、いちゃいちゃしている。


 その様子を見た日の夜は、なかなかにひまりが激しく求めて来るから、少しは控えて欲しいのだけれど。昔はお姉ちゃんである私がリードしていたのに、どうしてこうなった。収入でも圧倒的に追い越されちゃってるし、夜もひまりが上だし。


 お姉ちゃんとしての威厳は、もうどこにも残っていない。でも毎日が幸せだ。まぁ、たまにはまた「お姉ちゃん」って呼んでほしくはあるけどね。


「ねぇひまりー」


 私は真剣な表情でノートパソコンに向き合っているひまりの肩をゆさゆさとする。


「もう。凜は甘えん坊さんなんだから」


 ひまりは振り返って、私の頬に手を当てて、唇にキスをした。もちろん触れ合うだけのキスではなくて、濃厚なやつだ。これをされるたび、私たちがもう大人なのだということを実感する。そして私がお姉ちゃんの立場を追い出されてしまったのだということも、悲しいかな。教え込まれてしまうのだ。


「ねぇねぇひまり。たまには私のこと、お姉ちゃんって呼んでよ」


「へぇ? そういうプレイがいいんだ? 『お姉ちゃん』」


「でも『お姉ちゃん』って呼んでる時の方が、ひまりいつもより気持ちよさそうにしてるよ?」


 するとひまりは顔を真っ赤にした。


「ちょ、ちょっと、いきなり何言ってるの!?」


「事実を言ったまでだよ」


 私がニヤニヤしていると、ひまりは突然立ち上がって、私を寝室まで連れて行った。かと思えば、当然のようにベッドに押し倒してくる。


「ひ、ひまり。まだ夕方……」


「お姉ちゃんが挑発したんでしょ? 自業自得だよ」

 

 そう告げて、私の耳たぶを甘噛みしてくる。


「ひ、ひまりのえっち!」


「お姉ちゃんだって待ってたんじゃないの? こことかとっても気持ちよさそうだよ?」


「ちょ、ひ、ひまり!?」


 そうして私は、次の日が休日だということもあって、一晩中、ひまりに弄ばれるのだった。


〇 〇 〇 〇


 お昼になって目を覚ました私は、となりで裸で眠るひまりの寝顔をみつめる。この時だけは、昔と同じなんだよね。ひまり。可愛い。


 まぁ、こんな風に、十年前とは全く違う関係になってしまったけれど、人間、ずっと同じ場所に留まる生物じゃない。でも昔の私はずっと恐れてたんだ。関係が壊れて、変わってしまうということを。


 私たちはこの十年間、何度も喧嘩をした。でもそのたびに、仲直りをしてきた。少しずつ変わっていく関係を楽しみながら、今日まで二人で一緒に歩いてきたのだ。これまでも、これからも、ずっとひまりと二人で歩いていこうと思う。


 そんな風に感慨に浸っていると、チャイムが鳴った。私は慌てて服を着て、玄関に向かう。するとそこには紗月と莉愛ちゃんがいた。ぎゅっと恋人つなぎをしている。薬指には指輪がはまっていた。


 二人は恋人同士だ。姉妹だから結婚はできないけれど、それでも二人で愛を誓い合っている。


「急にどうしたの? 二人とも」


 問いかけると、紗月が口を開いた。


「なんかさ、さやかがいうには姉妹でも結婚できる国があるみたいなんだよね。だからどうしようかなって、相談しに来たんだ」


 莉愛ちゃんは顔を真っ赤にしてこくこくと頷いている。


「そうなのよ。海外に移住することになれば、なかなかここにも来られなくなるからってことで、相談に来たんだけど、どう思うかしら?」


「とりあえず、あがって。ひまりにも聞いてもらいたいから」


 そうして私は二人を先導して、家の中に入る。だけどリビングの扉を開けた瞬間、そこには素っ裸のひまりがいた。


「ちょ、ひまり! 今すぐに服着て!」


「え?」


「紗月と莉愛ちゃん! 来てるから!」


 ひまりは慌てて寝室に戻っていった。


 そんな私の声を聞きつけたのか、紗月はにやにやとしていた。


「あ、もしかしてお二人さん、お楽しみ中でしたか。それはそれは申し訳ない」


「二人もそれくらいするでしょ!?」


 そう問いかけると、莉愛ちゃんは顔を真っ赤にしている。あれ、このうぶな反応……。


「もしかしてしてないの?」


「してないわよ! 全然お姉ちゃんが飛びかかってくれないのよ。私としてはたくさんたくさん誘惑してるつもりなのに! そんなに私、魅力ない? お姉ちゃん……?」


 莉愛ちゃんは涙目でうるうると紗月をみつめていtあ。


「えっ? いや、なんていうか嫌がってるのかなって思ってたんだけど……。だって、私がベッドに押し倒したら涙目になっちゃうし……。キスしてもそのあとつんつんした態度になっちゃうし……」


 どうやら莉愛ちゃんのツンデレはまだ治ってないみたいだ。私がニヤニヤしていると、莉愛ちゃんは恥ずかしそうに叫んだ。


「そんな話をしに来たわけじゃないでしょ! 相談よ! 相談! 海外に移住するかどうかの」


 私は答える。


「正直、二人が愛し合ってるのなら、そこまでしなくてもいいと思うけどね。あっ。もしかして、全然求めてくれないから、不安になっちゃった感じ? お互いに」


 二人は顔を見合わせてこくこくと頷き合っていた。


「だったらもう解決だね。二人は相思相愛なわけだし、移住なんてせずに時々私たちの家に遊びに来てよ。そっちの方が私たちも嬉しいから。ね? ひまり!」


 寝室で服を着たひまりが、リビングに出てくる。


「うん。私もそっちの方が嬉しいよ」


 すると紗月と莉愛ちゃんの二人はほっとしたように微笑んだ。


「私たちも正直、怖かったんだ。やっぱり慣れ親しんだ土地の方がいいもんね」


「そうよ。お姉ちゃんのばか!」


「なにおう」


 紗月は莉愛ちゃんをぎゅっと後ろから抱きしめて、頭にキスを何度も何度も落としている。莉愛ちゃんは発火しそうなほど顔を真っ赤にしていた。


「今夜はたくさんしようね。莉愛」


「……っ! お姉ちゃんのばか!」


 そんな光景をみつめるひまりは、どうしてか羨ましそうにしていた。


「昨日散々したでしょ?」


「でもいつも私が攻めてばかりだから……。たまには凛にもしてもらいたいなって」


 もじもじと恥ずかしそうにするひまりの姿があまりにもいじらしくて、今夜も沢山しようと決意するのだった。


 ちなみにさやかは今エリートとして海外を飛び回っているようで、なかなか出会いに恵まれないらしい。さやかもそのうちいい人に出会えたらいのに。


 そんなことを思っていると、電話がかかってきた。


「どうしたの? さやか」


「僕、結婚することになったよ。強くて、包容力もあって、僕をお嫁さんにしてくれそうな人でね。しかもとても可愛らしい女性なんだ! もしかすると、ひまりさんよりも可愛らしいかもしれない」


「いや、流石にそれはないよ。ひまりは宇宙一可愛いから。でもおめでとう! さやか」


「どうしたの? 凛」


「さやか、結婚することになったんだって」


「おめでとう」と三人は湧き上がった。その声も聞こえていたようでさやかは「ありがとう」と笑っていた。そういうことで、私たちは近いうちにお祝いをするために、集まることになった。


 紗月と莉愛ちゃんが帰って、二人きりになった家、私たちはソファの上で語り合う。


「ねぇ、昔、夢をみてたよね。一緒の夢。会う前から、私たちは知り合いだったでしょ?」


「今思えば、あれは運命だったのかも」


「私もそう思うよ。きっと私たちは出会うべくして出会ったんだよ」


「もしもあの夢がなかったら、私は耐えられなかったと思う。お父さんとお母さんの喧嘩とか、学校での孤独とか、世界で一人ぼっちだって思い込んで、きっと妹だって求めなくなってた。ひまりが私を救ってくれたんだよ。本当にありがとうね」


「私こそありがとう。お姉ちゃん。私と出会ってくれて」


 ひまりは私と腕を組んで、こてんと私の肩に頭をもたれかからせた。


「……うん」


 かつて私は、ずっと妹の夢をみていた。


 でも夢は気付けば現実になっていて、ひまりはいつしか恋人になり、生涯のパートナーとなった。


 これからも私たちは生きていく。そして一緒に老いてゆき、死んでゆくのだろう。喧嘩をすることはあるかもしれない。でも一緒になったことを後悔することはなく、最期は幸せに死んでいくのだ。


 本当に、ひまりに出会えてよかった。


「お姉ちゃん」


「どうしたの? ひまり」


「これからもずっと一緒にいようね。おばあちゃんになっても、ずっと一緒にいようね!」


「……うん!」

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ずっと妹の夢をみていた 壊滅的な扇子 @kaibutsu

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