第2話 魔法に魅せられて

「あれ?ここは……」

 気がつくとアンティーク調の落ち着きのある部屋に僕はいた。確かおさかなプロダクション、略しておさプロ好きの女の人に会ってそのショーの演目で恋愛運を占ってもらうためにカウンターに向かったはずなんだけど……ここは書斎なのだろうか。見渡す限り本棚だらけでどの段にもぎっしりと本が詰め込まれている。さまざまな言語の背表紙はほとんど異国のものが使われていて読めない。それも現代では使われていないような。気がつくと僕の手は本棚の方へ伸びていた。

「こんにちは。ようこそお越しくださいました」

 背後から爽やかな男性の声がしたので本の背表紙を触ることは叶わなかった。振り向くと黒い燕尾服とループタイが似合う人が立っていた。ぱっと見僕と同じ二十代前半くらいで日本人?にもかかわらずとても肌が白かった。どのくらい白いか例えると青白いと色白いの中間くらいかな?でもア……

「私はアルビノではありませんよ。肌の白さは生まれつきです。気持ち悪いでしょう?」

 僕が『アルビノ……』と思考しようとする時と同じタイミングで話しかけられた。

「べ、別に傷つけるつもりはなくて……ごめんなさい!」

 相手を傷つけてしまったかと思い僕はとっさに謝った。

「いえ、お気になさらず。故郷ではいつもそう言われていましたので。」

謝罪は軽くあしらわれてしまったが、どうして僕が彼の肌の色をアルビノのものと勘違いしたのがわかったのか引っかかる。もちろん言葉にはしていないし彼の透き通ったアパタイトのような水色の瞳と僕から見て左右、白と黒に分かれた特殊な髪色を見ればアルビノではないことは明白だ。

「立ち話は疲れるでしょう?こちらへお掛けください」

 部屋の中央にあるテーブルに案内された。そばには美味しそうなチョコレートと紅茶が置いてあった。僕が椅子に座ると男性は襟を整えながら続けた。

「そして申し遅れました。お初にお目にかかります。こちらの事務所で占い師を勤めている、ピエール★HAGIMOTOと申します。再度確認しますが今回は恋愛運の鑑定でよろしかったでしょうか?」

 ん……?この人に占ってもらうの?ていうか人間……?でもピエールさん魚ですよね?モンガラカワハギですよね!なんで人間みたいな見た目してんの?え、何……亜人ってやつ……?しかも喋ってるし!意思疎通しちゃってるし!

「私、色々と見えてしまうので考察されてらっしゃるところ申し訳ありませんが、説明していると時間がなくなりますので割愛しますね。今回は鑑定料はいりませんが占いの結果は私の目に映ったままを説明しますのでご了承ください。」

 僕のツッコミを軽く受け流し淡々とした口調、表情で本題に移った。それはまるでロボットのように。と、言うより思考が読めるのか。さすが占い師。履歴書に生まれつきのものとか見えない未来はないとか書いていたけれど本当のようだな……だけど、占いなんて初めてだ。どんな結果が出るのだろう?非科学的な未知の世界に誘われるような気がしたと同時に彼が自己紹介をした瞬間から自然と胸が躍っていたことに気づいた。

「全く最近の若者はやれリア充爆発しろだとかやれ楽に彼女が欲しいだとか……恋愛をなんだと思ってるんですかね!他人の恋を応援しようとか思わないんでしょうか?」

 突然どこからか五、六歳くらいの少年の声が聞こえた。え?どこどこ?僕は周りをキョロキョロ見渡すが声の主を見つけることは出来なかった。

「ここですよ!こ・こ!」

 視線をテーブルの方に落とすと目や口はないものの薄紅梅に染まった頬が可愛らしい水晶玉が己の小さな羽をばたつかせていた。思ってたよりも小さい水晶玉だった。

「僕も紹介させてください。偉大なるウィザードであらせられるピエール様の眷属でありマネージャーのすいしと申します。よろしくお願いしますね」

 自己紹介を終えたすいしが僕に可愛らしく会釈をした。〝ウィザード〟ってことは魔法使いなのか。

「……すいし、いつも言っているでしょう。私はウィザードではなくウォーロックだと」

「でもそれはピエール様の思い違いで……」

 必死に弁解するすいしを一筋の鋭い声が遮った。

「この話はひとまず置いておいて早速始めましょうか。」

 その声と共にすいしは羽を畳んで瞑想を始めた。その瞬間、霊感など皆無な僕でも感じ取れるほどに場の空気……オーラとでもいうのだろうかそう言ったものがピリピリしたものに変わっていくのを感じた。水晶玉に女性のように細い指のついた白い両手がかざされると集中しているのか、はたまた自身が魔法使いだからなのか分からないがアパタイトのような水色の瞳がレッドベリルのように紅く染まっている。どんな色であれ彼の瞳は宝石のように美しかった。しばらくすると急にすいしが羽を広げた。白く繊細な手の持ち主は僕と目線を合わせ紅い瞳のまま話しかけた。

「鑑定が終わりましたので結果をお伝えしますね」

 思ったより早く終わったので驚いたがそれよりも鑑定結果への好奇心の方が勝っていた。

「総合して恋愛運は五段階中……」

 すいしのセルフドラムロールを聞きながら固唾を飲んで結果を待つ。

「ニですね」

 五段階中、に……ニ⁉︎いい結果ではなくてなるべく顔に出さないようにがっかりした。あれ?でもこれって〝今日の〟恋愛運なん?それとも十年後とか〝今と未来を統合した〟恋愛運なん?どっちなんだろう。思考を読まれて返答されるより自ら聞いた方が良いと思うので思い切って聞いてみた。

「あの〜今回の恋愛運って今日の恋愛運なんですか?それとも今と未来を統合した恋愛運なんですか?ちょっと気になっちゃって……」

「それでしたら……」

 頼む、前者であってくれ!前者であってくれ!お願いだから前者であってくれ!まだ……まだチャンスはある!ボッチクリスマスは卒業出来る!前者であってくれ!前者であってく

「後者ですね」

 え?今なんて?

「後者です」

 今……後者って言いました……?つまり一生童貞なんですか僕?え?嘘でしょ?絶望したような懇願したような目でピエールさんを見つめる。

「まあ、〝現状では〟ですので夢希さんの行動次第では未来が変わる可能性は高いですよ。例えば……日々の習慣や行動を変えたり、新しいことに挑戦したり、その日のラッキーカラーやアイテムを身につけたりするのが効果的でしょう」

 魔法使い兼占い師の彼の言葉には重みに似た説得力があった。結果を話し終えた彼の瞳は一瞬の瞬きと共に元の落ち着きのある透き通ったアパタイト色に戻っていた。

「私からのアドバイスですが、夢希さんは俗に言うキラキラネームの方ですよね。夢に希望とかいて〝ナイキ〟と読むのだとか」

 そのとおり、僕はどちらかといえばDOQネームの部類かもしれないが、名前が独特すぎる。だから名前に関しては嫌な思い出の方が多い。夢も希望も〝ナイキ〟なんてからかわれたこともあったっけ。僕の場合は中学生の頃はからかい、高校からは話ネタ見たいな感じだったが他の人はいじめを受けたり、就職活動の際に名前だけで落とされたりといったことをよく聞く。自分の子供なんだから将来を見据えた名前をつけて欲しいよな。だから成人した時に親と縁を切ったんだ。

「これはあくまで私の意見に過ぎませんが、夢希さんはキラキラネームにもかかわらず就職活動などに目立った問題がなかったと思います。夢希さんには紫色のオーラがあってこれは直感や神秘を示しているんです。浄化の力に関しては突出して高い能力を持っています。また、感性も優れているようですね。ご友人は多い方ですか?」

「そうですね。僕に関しては高校から一気に友達が増えた気がしますね。名前もネタ的に扱われてて」

 この人といると自分の内面と鏡を通して向き合っているような不思議な感じがする。ちらりと横目で見ると仕事を終えたすいしが本を読もうと背表紙に片翼を伸ばしていた。水晶玉なのに本読むんだ。

「そして、この力のおかげでトラブルを避けることが出来ている。さらに掃除をしたり、植物を育てたりして磨きをかければあなたの感性に引き寄せられる女性も多くなるかと思います。植物を育てる際にはその植物に話しかけながら育てることを忘れないでくださいね」

 オーラとか力とか聞くとちょっと興奮する。そうか……まだチャンスはあるってことなのか。

「鑑定ありがとうございました。参考にさせていただきます。そういえば僕のこと、名前もそうですけど前から知っているような話し方してましたよね……どうして……?」

 急な質問にもかかわらず彼は黒くタイトなスラックスに包まれた細く華奢な足を組んでそばに置いてあった紅茶を飲んで答えた。

「私はただ、運命を受け入れただけ……それ以上でもそれ以下でもありません。ですが……」

 紅茶のカップに視線を落として話していた彼が意味深に目を細めてこちらを見てきた。

「貴方とはまた近いうちに会うでしょう。夜が楽しみですね。合格者さん……」

「え……?合格者ってどうい」

 僕の言葉が言い終わらないうちにすいしが片羽をバイバイするように振ると、目の前が一瞬にして真っ黒な海の中に変わり強い睡魔に襲われた。まるで海の中をただようクラゲのように海流に抵抗しようという気が起きない。そういえば、いつの日か一回このような状況に陥ったことがあるような気がする。このフワフワして何かに包み込まれていクような感覚を。自分ノ中の全てヲこの黒い空間に預けてシまおウか……そう思いながら薄れ行く意識を手放そうとしたその時だ。

「お客様、ご協力ありがとうございました!」

 スピーカーから館内にめいっぱい響く大きな声のお陰で僕の体から抜き取られていくように睡魔が消えた。手に違和感を感じ視線を落とすと両手にはカードが握られていた。僕は知っていた。おさかなプロダクションの実験に協力したゲストには特製のステッカーが貰えることを。けれどこのカードは一体?疑問を残しつつもカウンターを後にし、あの女の人と一緒に続きを見るため元いた場所に戻った。しかし肝心の女の人がいない。すぐに帰っちゃったのかな?あの人の名前、聞いておけば良かったな……まぁでも今日はお泊まり水族館があるしまたどこかで会った時にでも聞いておこうか。それからショーや展示を楽しんでいるとあっという間にお泊まり水族館の時間になり今日一緒に泊まる友達とも合流できた。クロスワードゲームに生き物クイズ……スタッフさんの用意してくれたイベントはどれも楽しくてためになっちゃうな〜!でも最高なのはここから。布団を敷く場所決め!好きな水槽の前に布団を敷いて眠れちゃうと言うね〜!こんなお得な体験はなかなかできないっしょ〜!くじ引きの結果、一階のうみたまホールになった。それから就寝時間まで友達と雑談することになった。

「なあ、知ってるか?令和版トイレの花子さんの噂」

 噂好きのケンジが開口一番に噂話を始めた。

「トイレの花子さんって特別な挨拶をすると返してくれるってうあの?」

 少し間を開けてシズヤが答えた。

「そうそう!それなんだけど、出るんだってここ。しかもちょっと変わってるから〝令和版〟なんだけどな。夜中にお花をくださいって言うと3番目の個室から返事が返ってくるんだってよ!せっかくだから試してみっか?」

ニヤニヤしながらケンジが提案した。

「俺はパスで。そういうのって評判を落とすために作られたデタラメだろ?」

「俺もシズヤ同様遠慮させてもらうわ。そんなことの検証より魚を見る方が魅力的だ」

 シズヤが断ったのを皮切りに非科学的なものをいっさい信じないリュウジも乗らなかったので僕とケンジが検証しに行った。

「ここがトイレの前だな。おい、動画とってるか?」

 僕は自分のスマホを取り出し動画モードにした。

「今スマホ取り出したとこだよ。じゃあ撮るよ。三、ニ……」

 テレビのディレクターのようにカウントを取ってから動画の録画ボタンを押した。

「は〜なこさ〜ん、お花をくださ〜い」

 ケンジは就寝時間が迫っていたのもあって少し声のトーンを落として話した。しかし五分経っても何も返事は返って来なかったので引き上げることにした。

「結局何もなかったな〜」

 ケンジはややガッカリしているようだった。

「そうだね……あ、僕トイレ行ってくるから、先帰ってて」

「そうか。じゃ、お先」

 ケンジを見送ってからトイレに行こうとしたその時だった。

「うぁぁぁぁぁぁっ!」

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