第2話 幽霊の先輩とボク
公園の桜は昨日よりも花びらが散り淋しく見える。地面には散った花びら。その上に立つのは昨日の女性。セミロングの暗めのピンクベージュ色の髪に昨日と同じ服の女性が桜を見上げていた。
「いた」
思わず声がこぼれる。聞こえないはずの声量で呟いたはずなのに、女性がこちらを見た。息を呑んでボクはショルダーベルトを両手で掴んだ。目が合って驚いた表情を見せたのは相手の方。動けずにいるボクに女性の方から近づいてきた。目の前で止まってジッとボクを見る。
「キミ、もしかして昨日スマホで私を撮った人?」
「え? あ、はい! すみませんでした」
予想外の問いに間の抜けた声が出た。聞かれた通りなんだけど、もっと違う質問がくると思っていただけに勢いよく謝ってスマホを取り出そうとするボクに女性がくすくす笑い始めた。
「あはは。ごめん。カマかけただけだよ。素直な人だね、キミ」
「は、ははは……」
頬を引きつらせて笑いながらもボクの心臓はバクバクとうるさいくらい早鐘を打っている。笑顔を見せていた女性はふと淋しそうな表情を見せた。
「私が見えるのはキミだけみたい」
「それって」
続きを聞かなくてもなんとなく予想は出来る。滉や照には見えないスマホの画像と今の発言を合わせれば目の前の女性は幽霊かもしれないのだと。ただ、彼女と面識がいっさいないはずのボクになぜ見えているのかが分からない。女性は淋しそうな、泣きそうな顔で笑みを作ろうとして失敗した。
「私、幽霊らしいんだ」
震えた声で言う女性にボクはなんて声をかけていいのか分からず黙ってしまった。怖い、不気味といった感情はまったく湧き上がらず俯いてしまった相手になんと声をかけようか、それだけが頭の中を占めている。
「あの、とりあえずベンチに座りませんか」
やっと出てきた言葉がこれしかなくてボクは肩を落とした。もう少し女性との付き合いがあればスマートな物言いができたのだろう。でもこれが今のボクの精一杯だった。
女性が小さく頷くのを確認して近くのベンチに腰掛けると、女性も隣に座った。座ったものの特に話題もなく、沈黙が続いた。そもそも彼女の名前すら知らないというか互いに初対面なのだから話題があるはずもない。まずは名前から聞いてもいいのだろうか。ボクは女性を盗み見た。やっぱり綺麗だ。ではなくて、名前を聞こう。
「えっと、ボクは
話を振られて驚いたのか、女性が目を丸くしてボクを見た。いきなりは失礼だったのか、ストレートすぎただろうか、なにが正解か分からない。さっそく後悔が押し寄せてきて頭を抱えたくなった。
「大貴くん」
「は、はい!」
「あ。ううん。私のこと知ろうとしてくれてるんだ。なんか嬉しい」
微笑んだ顔が可愛くてボクの鼓動はさっきとは違う跳ね方をした。心臓の音がうるさくて左胸の服をぎゅっと掴む。
「私は
「じゃあ先輩ですね。えっと、佳澄さん」
「うん。大貴くんは新入生なんだね。もしかしたら昨日すれ違ってたのかもしれないね」
佳澄さんは同じ大学の二年生で学部も学科も同じだったことが分かった。しばらく話しているうちに話が弾み気付けば日が傾いていた。夕日が公園を照れして影を作る。けれど、佳澄さんの影はなくてやっぱりこの人は幽霊なんだと思い知らされる。幽霊になった理由は話したくないみたいでボクも深くは聞かないことにした。
「もうすぐ暗くなりますね。佳澄さんは昨日どうしてたんですか?」
「行く当てないからその辺を彷徨ってたの」
「彷徨ってたんですか」
「うん。誰も私の姿が見えないからね」
困ったように笑う佳澄さんにボクは失言だったと後悔する。唇を噛んで視線を逸らした。
「違うよ? 幽霊になって彷徨ってたのは本当だけど、行く当てがないのも本当だけど、大貴くんが気にすることじゃないよ」
落ち込んだように見えたのだろう。佳澄さんが慌てたように笑顔を見せる。彼女はよく笑う人だ。けど、笑みの中に淋しさが垣間見える。突然死んで幽霊になって、家族も友人にも姿を認識してもらえないなんて想像しただけでボクには耐えられそうにない。笑みなんて浮かべられない。なのに佳澄さんはボクに気を遣って笑おうとする。この人は今日も一人で彷徨うのだろうか。
「佳澄さんさえよければボクの家に来ますか」
気がつけば口から出ていた。何を言っているんだ。いきなり女性を自宅に誘うとか。後悔しながら佳澄さんを見れば、相手はキョトンとしていた。
「すみません。忘れてくださ」
「いいの? 行く」
ボクの言葉に被せて佳澄さんが身を乗り出した。至近距離に彼女の顔がある。幽霊じゃなければいい匂いがしたのだろうか。ボクは頬に熱が集中し始めたのを見られないように何度も頷いた。
こうしてボクと幽霊になってしまった佳澄さんとの不思議な同棲生活が始まった。
霊体の先輩とボクの短い同棲生活 秋月昊 @mujinamo
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