霊体の先輩とボクの短い同棲生活

秋月昊

第1話 桜と美人とボク

 大学の入学式、オリエンテーションを終えたボクは校舎の外で新入生を勧誘しようとアピールしている部員たちの間を抜けて敷地の外に出た。目的地を目指して早歩きで向かう。途中でサイレンを鳴らした救急車とすれ違い、ボクは一度足を止めて救急車を見た。この先は大学だ。なにかあったんだろうかと思いつつも、野次馬になる気はなく引き返すことはせずボクは再び目的地へと足を向けた。


 校舎を出て徒歩で十分くらいの公園。遊具はブランコ二つと、小さな砂場、すべり台、鉄棒と入り口と奥に木製のベンチが等間隔に三基設置してある。公園の入り口と奥のベンチ側に桜が植えてあり開花して日が経っていることもあって風にあおられるだけで花びらが散ってしまう。ボクは鞄からスケッチブックと鉛筆を取り出して桜のスケッチを始めた。趣味の一環で気に入った風景をスケッチするのは子どものころから行ってきたことだ。桜を正面にしてベンチに座りスケッチに集中していたボクが顔を上げた先、桜の下に一人の女性が立っていた。


 クリーム色のワンピースに淡いグリーン色のジャケットを羽織った女性が散る花びらに向かって手を伸ばした。その姿があまりに綺麗で見惚れていたボクはスケッチしていた手を止めてスマホを取り出した。まばたきすれば相手は目の前から消えてしまいそうな気がして自然とシャッターボタンを押していた。音に気づいた女性がこちらを見るのに合わせてボクは慌ててスマホを隠した。言い訳を頭の中で考えていたボクは強く吹いた風に反射的に目をつむり、風が止んで目を開ければ女性は姿を消していた。桜から公園の入り口は少し距離がある。忽然と姿を消した女性の後を追おうと公園の入り口まで走ったが、女性の後姿すら見えなかった。ボクは罪悪感を残しつつスマホを見れば、桜を見上げる女性の姿がしっかりと記録されていた。



 翌日、ボクは履修登録を済ませて学食で新しくできた友人二人と昼食を共にしていた。久岡滉ひさおかこう小国照おぐにてる二人ともボクと同じ教養学部、芸術学科だ。滉は茶髪でナチュラルパーマ、照は黒髪でマッシュウルフ。ボクは二人と比べると地味で黒髪にマッシュツーブロックの髪型だ。大学入学を機にそれっぽくしてみたけど地味なのは変えられない。


「昨日の騒動やばかったよな」

「ほんとそれな。救急車とパトカー来るしでさ。野次馬多くてよく見えなかったんだけど」

「何かあったの?」


 滉が唐揚げを箸で掴みながら切り出した。照もその場にいたのか頷きながらカツカレーを口に放り込んだ。話題についていけてないのはボクだけらしい。オムライスをスプーンですくうボクに二人は顔を見合わせた。


「そういえば大貴はすぐに帰ってたから知らないのか」

「昨日さ、キャンパス内で事件があったらしいんだよ。女子学生が何者かに刺されて救急搬送されたんだ。犯人は未だ逃走中」


 ボクが公園に向かっている間にそんなことが起こっていたとは知らなかった。昨日すれ違った救急車はその女子学生を搬送するためだったのかと納得する。二人も詳しい事情はわからないらしく、誰が刺されたのかは分からなかった。唯一確かな情報は二年生だということだけだった。場の空気が暗くなりかけて食事の手が止まる。ボクは話題を変えようとネタを探してスマホに触れた。そういえば昨日見た綺麗な女性の写真。あれは盗撮にあたるのだろうか。消すか迷ってまだ保存されたままの写真。二人に意見を聞いて消すか決めようと思い立ったボクは声を上げた。


「そ、そういえば昨日綺麗な写真を撮ったんだ。ちょっと見てほしいんだけど」

「なになに? 何の写真?」

「美人か?」

「照はすぐそうやって食いつく。大貴が美人を撮るわけないだろ?」

「それもそうか。すまん」


 その美人さんだよとは言い出しにくく、ボクは無言でスマホをテーブルに置いた。二人がのぞき込む。そして顔を上げた二人は不思議そうな、安心したような顔でボクを見た。


「桜きれいだな」

「昨日急いで帰ったのは桜を撮るためだったのかよ。ちょっとだけ美人期待したんだけどな」

「え? 感想それだけ?」


 期待していた反応と違って困惑した声を上げたのはボクの方だった。


「それだけも何も、桜しか写ってないじゃん」


 言われたボクは改めてスマホに視線を落とした。ボクには桜と昨日の女性が見える。でも二人には桜だけしか見えていない。ボクはあいまいな笑みを浮かべてスマホを鞄に仕舞った。それからはコロコロと話題を変えて昼食を取り終えてサークル見学に行く二人と別れた。ボクが向かうのは昨日の公園。スマホに写っている女性がいるかもしれないと期待を胸に公園へ急いだ。

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