第3話

「この緑色の壁紙、とても素敵だわ! ねえ、ジェシカ! これはどこのお店で買ったの!? ぜひ、教えてちょうだい!」


 ああ、そうだ。そういえば、マグダレーナはこういう人だったわね。

 すぐ私に感化されるから、きっと自分が住んでいる邸も全部屋この鮮やかな緑色の壁紙に貼り替えたいとでも考えているのだろう。

 貴族学園を卒業して以来、私は忙しい日々を送っていた。

 父が持ってきた新しい縁談に対応しないといけなかったし、その中の何人かと顔合わせをしたりしていたから。

 だから、マグダレーナや元婚約者であるエルネストのことを考える余裕などなかったのだ。


 なぜかわからないけれど、また自分の真似をしようとしているマグダレーナを見たら不意に怒りや憎悪が湧いてきた。

 エルネストを奪われた当初は虚無感しかなかったけれど、もしかしたら時間が経ったお陰でちゃんとした感情を取り戻せたのかもしれない。

 だから、私はこの危険な壁紙の詳細を彼女に教えることにしたのだ。


「素敵な壁紙でしょ? この壁紙を買ったお店はね──」



 ***



 数ヶ月後。

 私は運良く見合いで良縁に恵まれ、年上の名家の子息と結婚した。

 理解のある夫だから、マグダレーナやエルネストに関する愚痴も親身になって聞いてくれている。

 

「──そんなわけで、あなたと結婚するまでに色々あったの」


「そうか……それは大変だったね」


 夫は神妙な顔でそう返した。

 彼は常識人だ。やっぱり、普通の人からしたらマグダレーナやその家族、そしてエルネストはかなり異常らしい。

 

「でも……今は、その二人も病床に伏しているんだろ? 一体、何が原因なんだろうな」 


 彼は不思議そうに首を傾げる。

 けれど、私は知っている。二人が体調不良で苦しんでいる原因を。

 ──恐らく、私が教えたあの壁紙だ。あの後、案の定マグダレーナは私に感化されたようですぐに自分たち夫婦の寝室の壁紙をヒ素を使用した緑色の壁紙に変えたらしい。

 本当は全部屋を緑色の壁紙に貼り替えたかったらしいのだが、生憎人気がありすぎて品薄になっており手に入らなかったのだとか。

 壁紙を新調した当初は「王都で話題の、流行の最先端の壁紙なのよ」などと知り合いの御婦人方を邸に招いて自慢していたそうだが、暫くして夫婦揃って体調不良に見舞われたらしい。

 彼らの体調はなかなか回復せず、今もなお寝込んでいる状態だと聞いている。


「さあ……? もしかしたら、天罰が下ったのかもしれないわね」


 私は微苦笑しつつも、夫にそう返した。



 半年後。

 私の元に、マグダレーナの訃報が届いた。

 その知らせを受けてからは通夜や葬儀に参加したりと何かと忙しかったが、漸く暇ができたので私は改めて彼女が眠っている墓地に一人で赴いた。


「改めて見ると、なんだか寂れた墓地ね」


 墓地に到着すると、私は独り言ちながらも辺りを見渡した。

 マグダレーナの墓碑を見つけると、私はおもむろに側まで歩いていく。そして、彼女の墓碑の前に買ってきたばかりの花を添えた。


「ねえ、マグダレーナ。今朝、聞いたのだけれど……あなたの夫──エルネストの容態が悪化したそうよ。だから、彼ももうすぐあなたの元に行くんじゃないかしら? よかったわね、これで愛する夫と再会できるわよ」


 死屍に鞭打つように、私は墓碑に向かって冷酷な言葉を言い放つ。


「それにしても、本当に残念だわ。、あなたは死なずに済んだのにね」


 更に皮肉を込めてそう付け加えた。

 マグダレーナが聞いたら顔を真っ赤にして憤慨しそうだが、当の本人はもうこの世にいないので抗議をすることもできない。心底、いい気味だった。


「さよなら、マグダレーナ。ああ、それから……私、もう二度とここには来ないと思うわ。今日わざわざ来たのは、あなたの夫の容態が悪いことを伝えるためよ。──正直、自分でも悪趣味だなとは思うけれど。でも、あなたが今まで私にしてきた仕打ちに比べたら、これくらい可愛いものよね?」


 吐き捨てるようにそう言うと、私は足早に墓地を後にした。



 数年後。ある科学者がヒ素を使用した壁紙の危険性について論じたのを皮切りに、新聞や雑誌などで大々的にそのことが報道されるようになった。

 マグダレーナとエルネストの死因も、ヒ素を使用した壁紙が原因なのではないかと社交界では噂になっていたが──本人たちはもうこの世にいないため、結局のところ真相は闇の中である。

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昔から真似ばかりしてくる幼馴染の令嬢に「あなたと同じ人を好きになってしまった」と言われ、婚約者を奪われました。でも、私を裏切って結婚して以来二人はすこぶる体調が悪いようです。 柚木崎 史乃 @radiata2021

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