第29話 宣戦布告


 昼休みに少しだけ調子を取り戻せたが、放課後になるとまた少し俺は気落ちしていた。


 今朝から放課後まで、時間がとても長く感じられた。

 何をしていても、頭の中は河野のことだけだった。

 彼女に送ったメッセージも既読がつかない。

 休み時間のたびに、トイレに行くふりをして隣のクラスを覗くが、河野の姿は見えない。

 教室に戻ってきた北条に様子を聞こうにも、彼女は休み時間のたびにどこかへと行ってしまった。


 つまり、だ。

 俺には、今朝から河野の情報が一ミリも伝わってきていない。


 そんな現状だからか、俺は帰りのホームルームが終わったにも関わらず、教室で一人動けないでいた。


 智也は部活へ、北条はすぐに荷物をもって教室を出ていった。

 今頃、他の生徒たちも同様に皆自身の放課後を過ごしているだろう。


「……俺は、何してんだろうな」


 教室に一人になって随分と経つのに、ようやく俺の口から出てきた言葉は大層情けないものだった。


 偽とはいえ、彼女を他の男のものだと主張された。

 それなのに、俺は何一つできていない。

 ただただ、時間のみを享受して、一人だけ蚊帳の外。


「それじゃ、だめだろ……」


 そう、俺は事態の中心にいなければならない。

 じゃないと、俺の存在価値はなくなってしまうから。


 それだけで、俺は長い間座っていた椅子から腰を上げ、荷物を手に取る。

 そして、教室を出ようとした。


「――――おっと」


 俺が開けた扉の前にはちょうど、俺と同じくらいの背丈の人物が立っていた。


「……はや、かわ」


「随分と遅い帰りだな、高宮……もしかして、誰かを待ってるのか?」


「なんで…………」


 いつもと同じ調子で話すのか。

 お前は、あんなデマを振り撒いて、河野を……。


 そんな気持ちが抑えられなかったのか、俺の顔はひどく歪んでいたのだろう。


「――って、そうか…………もうバレてんだ高宮には」


 そう言って、いつもの穏やかな笑みとは違う、どこか邪悪さを感じさせるように口の端を吊り上げる。

 そんな表情に俺は、数歩後ずさってしまう。


「はっ、今更だよ………………どうして河野に付き纏う?」


 俺は機上を振る舞うように、鼻で彼を払い飛ばし、平然を装う。


「付き纏うって……付き纏ってるのは、キミの方じゃないか」


 俺の心中を見透かしたように、にたりとした笑みを張り付けたまま、早川は教室の中へと入っていく。


「俺は河野から頼まれて――」


「俺の許可は?」


「………………………………は?」


 俺は早川の言葉の意味が分からなかった。

 困惑した様子の俺を見て、早川は両手を上げてやれやれといったジェスチャーをする。


「彼女はね、俺のモノなんだよ? なら、俺に許可を取るのは当然だよね? 何度か俺からキミへ、会話のきっかけをあげたというのに……」


 俺は言葉を失ってしまう。

 俺のモノ?

 何を言っているんだ。

 河野は誰のものでもない、彼女自身だ。


 彼女をまるで所有物のように扱う目の前の男に対して、血が上る。

 頭はガンガンするし、視界だってぼやっとする。


「…………すぅー……………………はぁ」


 しかし、そんな怒りに身を任せるほど、俺は本能的ではない。

 たった一息吐くと同時に、自身の心を落ち着けた。


「早川、お前がどう思っていようが勝手だけど、河野は俺の恋人だから」


 そう言って、俺が教室を出ようとすると、教室内に笑い声が響き渡る。


「あはははははは……お前は知らないんだ、彼女の本当の顔を!」


「……何言って…………」


 俺が早川の方を振り返ると、彼も俺の顔を見てニタリと笑う。


「普段はあんな風にして地味だけど、本当はお前なんかとは釣り合わない、釣り合うはずのない人なんだ、彼女は…………そんなことも知らないで彼女の恋人気取りとは残念すぎる、実に滑稽だ!」



『――私、この容姿のせいでたくさん裏切られたから』



 あの雨の日、河野が言っていたことはこういうことなんだろう。

 そして、早川こそが元凶の男子なのだろうと、俺はこのとき直感した。


 だから、俺は扉に手をかけ、教室を出る前に早川にまるで宣戦布告のように告げた。


「――自分の告白すら無かったことにする卑怯者には負けねぇよ」

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地味を装う美少女に『人生』について問われたら、偽の恋人になりました。~美少女たちの人生観は、俺には難しい~ 浅野 蛍 @Asanohotaru

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