第28話 笑ってる場合じゃないのに
***
一限目の授業が始まる直前に北条は教室に戻ってきた。
俺は河野について聞きたかったのだが、それは叶わなかった。
「――あのさ」
「ごめん、今ちょっと無理だから」
こんな感じで、俺は彼女に避けられてしまってい、気づけば昼休みへと突入していた。
「それにしても、早川のタイプがああいうのとはな……あれ、河野澪さんって優斗の彼女になんか似てるような……」
俺の目の前で昼ご飯を口に運びながら、
朝は早川の彼女が河野だという噂を知っている人は少なかったが、四限も経てばそれはある程度の人たちに知れ渡ってしまった。
そのためか、早川は昼休みになった途端に、クラス内外問わず多くの女子に囲まれていた。
「……そう、だな」
俺は相槌のタイミングを少し逃してしまいつつも、なんとか智也の言葉に返事をする。
そんな俺の様子を見てか、智也は一度昼ご飯を食べる手を止めた。
「優斗」
「ん?」
「悩み事か?」
俺は感情が分かりやすいのだろう。
自分の心を頑張って隠そうとしたが、いとも簡単に破られてしまう。
北条をこの件に巻き込んでしまったからには、彼女にこれまでのことを説明しようと思っていた。
そして、それは目の前の金髪頭の男にも言わなければいけないことだった。
(少しでも協力してくれる人は多い方が良いだろうし)
そんな気持ちと共に、俺は自身の口を開く。
「ああ、まぁな……聞いてくれるか?」
「ああ、聞くくらいならいくらでも聞いてやる」
「実はな、俺彼女いたんだ……偽物なんだけど」
「ああ知って――にせもの?」
俺に彼女がいるのは以前に智也に指摘されていた。
だから、まずはそこの認識から正さなければいけなかった。
「彼女の――
実際は、俺が彼女のストーカー被害に巻き込まれたのだが、それを今言っても仕方ない。
「用心棒って……それに、河野澪って……」
「そうだよ、彼女は早川の彼女なんかじゃない……俺の恋人だ」
偽だけどな、と再度場を和ませるように伝えるが、目の前の男からは返答が帰ってこない。
よほど俺の話が衝撃的な事実だったのか、智也は言葉を失ってしまう。
そんな智也は放っておき、俺は話を続ける。
「それで、一緒に下校するようになって、この間一緒にショッピングモールに行った」
「え……それって」
「そこでパシャリだ」
「…………………………………………まじか」
かなりいろいろな部分を省いた説明だった気がするが、十分な説明をできた気がする。
その証拠に、智也は口元に手を当てて、何やら考え始める。
考え込む智也を横目に、俺は止まってた食事を再開する。
五分ほど経った頃だろうか。
俺が食事を終えると、それまで考え込んでいた智也がぼそりと呟いた。
「そういうことか……」
「そういうことって?」
呟いた、といっても俺にはその声が聞こえており、つい聞き返してしまう。
そして、智也は俺にしっかりと向き直り、俺を見据える。
「早川なんだろ?」
「なにが?」
「早川がストーカーなんだろ?」
確かに俺視点では、早川がストーカーだって睨んでいる。
しかし、今さっき突拍子もない話をされただけの智也がその結論に至ることができるのか。
その事実に、俺は動揺を隠し切れなかった。
それに……
「俺の話が本当なら、な」
俺の一視点からの説明をすべて信じるなら、早川がストーカーってことになる。
だけど、俺の言うことをすべて信じることができるのだろうか。
状況的には、証拠がある早川の方が信じやすい。
それなのに、なんで。
「いつも言ってたろ? 俺、早川のこと好かないって」
俺の心を見透かしたように、優しく棘のある言葉を発する智也。
俺はそんな彼の言動に、吹き出してしまった。
「ぷはっ、その顔と発言が合ってない……いや、ほんと最高だよ」
俺への信頼とか友情とかそういうのじゃなくて、個人的な早川への感情だけで事実に至るとは。
そんな斜め上な智也の回答に、先ほどまで沈んでいた心が、少しだけ上を向けた気がした。
「おい、なんで笑うんだよっ!?」
笑う俺に説明を求める智也。
でも俺はツボに入ってしまったのか、笑いが止まらない。
常に頭を回転させて今後のことを考えなければいけないはずなのに、そこから俺はひとしきり笑い続けたのだった。
ああ、
俺は心底そう思った。
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