萩市立地球防衛軍☆KAC2023その①【本屋編】

暗黒星雲

椿と最上の本屋さん

 ここは萩市笠山の麓にある明神池である。海とは直接つながっていないが池は海水で満たされており、その中を泳いでいるのは海の魚である。マダイ、イシダイ、ボラ、エイ、スズキなどが優雅に泳ぐ様を見ることができる。


 その明神池のほとりに小さな本屋があった。売り場は三畳ほどの広さしかない。店番をしているのは萩校のセーラー服を着ている少女、最上である。肩まである黒髪を三つ編みにし、二本のおさげにしている地味な少女であるが、彼女は重巡洋艦最上のインターフェースでもある。


「暇ですね」

「そうですね。暇です」


 最上のボヤキに応えつつ、その傍で丸椅子に座ってBL系のコミックを読み漁っているのは見た目が三歳児の椿である。


「お……お……男の人同士で……え……え……本当に……え……っと……しちゃう……の……かな……」

「しちゃうと思うよ」

「そっか……えへへ……ドキドキするね」

「そうだね」


 椿が読んでいるBL系コミックは椿が持ち込んだものだ。暇な本屋の店番が退屈にならないように。


「きゃ! 本当にしちゃってる!」


 顔を真っ赤にしながらも、椿の目線はそのシーンに釘付けだ。そして、それを覗き込んだ最上も一気に赤面してしまう。


「お……男の人同士の絡み合いって……めっちゃドキドキする」

「そ……そうね」


 二人で赤面しつつも、しかしながら紙面から目が離せないでいる。


 そこへ一人の青年が訪れた。


「こんにちは。注文していた本は入荷していますか?」

「あ、正蔵さん……ちょっと待ってて」


 最上は店の奥へと向かった。そして椿は読んでいたコミック本をさっと背に隠す。


「あれ? 椿さん。何を読んでたの?」

「何でもありません。正蔵さまには関係ないです」


 恥ずかしそうな椿は、しかし断固たる意志でコミック本を隠し通すつもりのようだ。


「そういう風に言われると、かえって見たくなるよ。ねえ、椿さん。何を読んでたの?」

「ダメダメ。絶対にダメ!」


 椿が隠すコミック本を正蔵が見ようとする。それを見せまいと体を捻りながら抵抗する椿。傍から見れば、ロリコンの青年が三歳児を襲っているヤバイ構図である。


 その時、笠山上空で爆発音が響いた。

 

 正蔵、椿、最上の三名はすぐさま店の外に出てその方向を確認した。


「アレは?」

「未確認攻勢生物です」

「全長……約150メートル。直上、高度3000を浮遊中」

「うー。カブトガニに甲虫の羽根をくっつけたようなスタイルです」


 椿と最上が状況を説明する。椿は皆の意識が未確認攻勢生物に集中している隙に、両手に抱えていたBL系コミック本をこっそりと店の奥に仕舞ってきた。


「正蔵さま。行きますよ」

「え?」

「アルマ・ガルム出撃します」

「ミサキ総司令やララ隊長の指示は?」

「時間がありません。最上さんは援護をお願いします」


 椿は正蔵の右手を掴んで瞑目する。二人は眩い光芒に包まれてから姿を消した。


 次の瞬間、未確認攻勢生物の側面に光球が出現し、それは鎧をまとった少女の姿となった。全長は30メートルもある。


 黄金色に輝く甲冑。背には四枚の白い翼が広がり、ゆったりと羽ばたいている。しかし、脚部は存在しない。右手には長剣、左手には円形の盾を携えているその姿は神々しく、女神にしか見えない。


 この女神は地球を守る絶対防衛兵器、アルマ・ガルム・クレドだ。


「正蔵さま。斬り込みます」

「わかった。でやああああ!」


 正蔵が叫ぶと同時に、クレドは攻勢生物との距離を瞬時に詰め右手の長剣を振り下ろす。しかし、その剣撃は攻勢生物の表面で弾かれてしまう。


「空間断層です。ビーム攻撃を」

「おりゃああ」


 正蔵の怒声と同時にクレドの額から黄金色の光線が迸る。しかし、それも攻勢生物の表面でぐにゃりと軌道を変えてしまった。次いで攻勢生物の全身を雷が覆う。その雷が頭部に集中し、そしてクレドを穿つ。


 凄まじい雷の束を円形の盾で受けとめたクレドだが、その圧力に押され数百メートルも後退してしまった。


「援護します」


 クレドの後方から接近してきたのは重巡洋艦の最上だ。彼女は先の大戦時、レイテ沖海戦にて沈没した。地球防衛軍が艦体を引き上げた後、重力制御機能と無人運行を可能とした空中巡洋艦として改造を施し、防衛軍の一員として活躍中である。現在はおさげのインターフェースのみ乗艦している。


 最上の火薬式カタパルトから発艦した九四式艦上爆撃機四機が上空から降下しながら爆弾を投下した。その爆弾は攻勢生物の表面で爆発した。その衝撃で攻勢生物がグラリと傾く。


「旧式の兵器だとダメージが通ります。主砲斉射!」


 三基の155ミリ三連装砲が炎と黒煙を噴き上げる。そして九発の砲弾が攻勢生物に命中した。甲殻の一部が剥がれ落ち、表面に黒煙が上がる。


「正蔵さん。敵の防御力が低下。チャンスです」

「必殺技を出します」

「はい」


 クレドは左手に抱えていた円形の盾を投棄し、長剣を両手持ちとして中段に構える。


「我が地球を守る為、今、聖なる剣に我が魂を込めかの敵を討たん」


 クレドの携えていた長剣が眩く光り輝き始め光の刀身は数倍の長さとなる。


「光陰流星剣! オーラブレード!!」


 クレドの一振りで、その光の刃は攻勢生物を両断した。攻勢生物の体躯は粉々に砕け黒く細かい結晶へと変化していく。そして溶けるように空間に消えていった。


 そして明神池のほとりにある小さな本屋である。正蔵が注文した専門書を最上が差し出した。


「これこれ、『流動性の罠と金融政策』です。ゼミの課題で必要だったので」

「正蔵さま! べ……勉強してたんですね」

「そうだよ。これでも一応大学生だし。留年なんてできないからゼミだけは真面目にやってるんです」


 椿が羨望の眼差しで正蔵を熱く見つめている。正蔵も照れくさそうに頭をボリボリと掻いていた。 


「正蔵も勉学に励む事があるのだな」


 気配もなく正蔵の真後ろに立っていたのは金髪ツインテの少女だった。


「ララ隊長。お疲れ様です。いやいや、俺は案外真面目に大学に通ってるんですよ」

「そうか? ならば、防衛軍のバイトは解雇した方が良いのではないか?」

「いえ、それは困ります。俺の大事な収入源なので」

「くくくっ。そういう事にしておいてやる。正蔵は報告書を書け。期限は本日1800だ」

「えええ? 俺が書くんですか?」

「他の者は兵器扱いだからな。貴様にしか書けんぞ」

「あ……後四時間しかない」


 せっかく購入した経済学の専門書を紐解く間もなく、裏宇宙より来襲した巨大攻勢生物との戦闘報告書作成に取り掛かった正蔵であった。


 明神池のほとりの小さな本屋には、重巡洋艦最上と絶対防衛兵器クレドが常駐している。故に、ここに近寄る攻勢生物や侵略宇宙人は即時撃破される運命にある。小さな本屋が地球を守っているのである。

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