第4話

「それで、俺が光のことを落ちこぼれだと思った理由を知りたいんだっけ?」

「そうです。よければ私に教えてくれませんか?」

「うん、といっても勘だよ。ただ、なんとなくそうなのかなぁって思ってさ」

「そうですか・・・」

 光はとても残念そうな顔をする。どうしたのだろうか。茂はとても気になった。そこで訊ねてみる。

「何か俺に期待していたのか?」

「い、いえ期待はしていませんが・・・」

 嘘である。光は茂に対して期待していた。何を期待していたのかというと、もちろん落ちこぼれだと思った理由である。それも外見的な理由。というのも光は死神界にいた時、いじめに悩まされて先生に相談したことがあった。その時、先生はこう述べた。『あなたはとても思いやりのある子で内面を理解して貰えれば誰とでも仲良くなれる資質を持っているが、それ以上に外面的な問題を抱えすぎてしまっている』と。すぐさま光は外見的な問題を自分は抱えているのだと理解した。そう、外面的な問題を外見的な問題だと聞き間違えて認識してしまったのだ。当然ながら外面的な問題を抱えているだけで、外見的な問題を抱えているわけではない。光の容姿は誰もが認めてしまうほど可憐で美しく、容姿を理由にいじめを受けたことは1度たりともなかった。つまり、光は自分が抱えている問題が分からなかった。そこで茂に期待したのである。光の微妙な反応に茂は対応の仕方に困った。言葉を絞り出す。

「そ、そうか。けどまぁ、それでいいんじゃないか? 落ちこぼれかどうかは気になって聞いちゃったけど、触れてほしくないなら今後は触れないよ。そういうのって事情があると思うからな。あっ、でも死神界のことは気になるから教えてくれると嬉しいかな」

「あ、ありがとうございます。そして、勿論です」

「別に感謝されることではないよ。人間として当たり前のことさ。そもそも俺達、出会って間もないし、ね。俺が聞いてどうすんだよって話だよな」

「い、いえ、そんなことないですよ」

「・・・」

「・・・」

「じゃあそういうわけだから、俺は寝るよ。明日も朝から弁当を作らないといけないし」

「そ、そうですよね。茂さんはこの部屋で一人暮らししているんですもんね」

「茂って呼び捨てでいいよ。うん、だから当たり前かもだけど、基本的なことは俺一人でやっているんだ。でも、なかなか慣れなくてな。いまだに効率よくとはいかないからさ」

「茂、ですか・・・」

「そう、茂。その方が気安く呼べるし、呼びやすいだろ? 俺も光って呼んでるし」

 茂はそう言ってあくびをしながら敷布団に向かう。この部屋は横に少し広く縦が非常に狭い設計のため、ベッドを置くことが出来なかった。この部屋の床はフローリングである。敷布団だけではフローリングの床の硬さを緩和できない。よって、背中を多少痛めながら茂はいつも敷布団を敷いて毛布をかけて寝ていた。眠りは浅い。すぐに起きてしまうことが度々ある。それでも敷布団を2枚は重ねなかった。嵩張るからである。毛布は2枚ほどあるのだが、それらは押入れにしまっている。押し入れは毛布を2枚収納するので精一杯な大きさである。敷布団は畳んで押入れに収納せず、床に放置していた。放置する敷布団はこの部屋の広さから1枚が限界だった。畳んだ敷布団を広げて、押し入れから毛布を取り出すと敷布団の上に広げる。茂はその間に足を突っ込み、そして全身を毛布で覆った。

「んっ? そういえば光はどうやってこの部屋に入ってきたんだ? というかなんで人の家に無断で侵入しているんだ?」

 すっかり茂はそのことを今まで失念していた。そう、光はこの部屋の住人でもなければ、茂の知人でもない。昨日までは全く知らなかったただの他人である。それが女の子であり、その人物、死神である光が話した当初涙を流していたため。または第一声に茂は生きていないなどという衝撃的な発言をしたため。正確には第一声ではないけれど。今まで気付くことが出来ずにいた。

「えっと、それはこの部屋に鍵がかかっていなかったんです。文明の利器を借りて、寒さを凌ぐために・・・そうです、外があまりにも寒かったんです。死神界にいた時は人間界にどれぐらいの気温があるのか、知らなくて・・・」

「えっ、鍵が開いていたのか。冗談だろ、ちょっと待て。すぐに確認するからさ」

 覆ったばかりの毛布を払い除けると、立ち上がって玄関の扉を確認する。ガチャリ。確かに鍵がかかっていなかった。扉を開くと外から寒風が吹いてくる。非常に肌寒い。とても外に出る気にはなれない寒さだ。そして風は強かった。茂は肩を震わせながらすぐさま扉を閉める。忘れないようにと鍵をかけた。もちろん、光は部屋の中でそれを見守っている。

「確かに本当だな。鍵はかかっていなかった。俺のミスだ、気をつけないと。だけど人の家には勝手に入るもんじゃないよ。最悪、罪に問われる可能性があるからさ。俺は警察に通報しないけど、普通の人だったら通報するだろうな」

「ご、ごめんなさい。人間界も同じだと思って」

 光はうつむいて、視線を下に向ける。今にも泣きそうだった。やばい。また、光を泣かせてしまう。誰かが泣く姿。特に女の子が泣く姿は見たくなかった。慌てて茂はフォローする。

「で、でも誰にでも間違いはあると思うよ。特に光は今日なのかな・・・人間界に来て間もないわけだろ? はじめは人間界のことについて知らなくて当然さ。少しずつ知っていけばいい」

 少しずつ・・・。光には自信がなかった。それをどうやって知ればいいのか。もしも誰かに教わるとしたら誰から教わればいいのか。分からなかったからだ。光に人間界の知り合いはいない。それどころか行く宛もなかった。つまり、人間界に派遣された死神は仕事さえこなせば基本自由だった。悪く言えば何も与えられていない。鎌やライトは光が死神界にいた時、学校で普段使っていたものだ。服だってそう。リュックサックもそう。どうやら仕事をきちんとこなしているか査察する監視役が定期的にやってくるそうだが、それがいつ現れるのかも分からない。当てにするわけにはいかなかった。本当になぜあの時は喜んでいたのだろうか。今では分からない。光は口を噤んで発さなかった。

「もしかしてだけど、というか薄々気づいてはいたけど、どこにも行く宛がないのか?」

 コクンッ。黙って首肯する。本当に他の死神はどうやって過ごしているのだろうか。

「じゃあさ、光さえよければだけど俺の部屋に泊まっていくか? 俺は別に光がいても構わないからさ。この部屋だし、かなり狭くはなるだろうけどな」

 光にとっては願ってもない提案だった。とても魅力的である。客観的に欠点を述べるとすれば、高校生の男の家に同じく高校生の女の子が泊まるという点だろうか。人間同士ならば問題になってしまうかもしれない。しかし、光は死神である。死神には厳密な性別による区別がなかった。よって、問題がない・・・といえるだろう。

「えっ、いいんですか?」

「光さえ良ければだけどな」

「私は勿論、構わないですよ。私は泊めてもらう身ですから。そう言ってもらえてとても嬉しいです」

「そうか、なら決まりだな。今日だけとはいわず、次に住む家が決まるまではここに泊まっていくといいよ」

「本当ですか?」

「勿論さ。俺が今、嘘をついたとこで何のメリットもないだろ?」

「た、確かに、そうですね」

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死神とブルーゴースト べっしぶっつづけ @pi-chi

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