第3話
「えっと・・・」
言葉に行き詰まる光に対して、茂は困惑する。
「俺も言いそびれてたな。本堂茂って言うんだ。死神って呼んだらいいのかな・・・はどこから来たんだ?」
「私のことは光でいいですよ。私は死神界から来たんです」
「光ね。わかった。で、その光は死神界から。へぇ~、死神界、ね」
「あっ、今、嘘をついていると思いました?」
「いや、そうは思っていないけど急なことだからうまく飲み込めなくて。考えてみたらそうだよなぁって思ってさ。死神なんだから当然死神界から来るよな」
「あっ、今度は安直な設定だなって思いました?」
「い、いやぁ、思ってないよ。それで俺が死んでるってのは冗談ではなく、本当なんだな?」
「やっぱり信じてくれませんか。そうですよね、いきなりあなたは死んでるって言われて分かりましたって飲み込めるほうがおかしいですもんね」
光はうつむいて言う。
「ごめんって。そういうつもりで言ったんじゃなくて、最終の確認みたいなものさ。光の今までの言動から冗談ではなく、本当のことだっていうのはなんとなくだけど伝わってきたよ。ただ、それでもすぐには飲み込めないからさ」
「そ、そうですか・・・」
「それにその死神としての目標? 仕事なのかなっていうのもさ、分かっていないんだし」
「ごめんなさい。それについては私が単に忘れているだけなので・・・」
「そ、そうなんだ・・・じゃあ、思い出していかないとな」
「い、いえ、聞き逃したといいますか。その時はテンションが上がっちゃってて」
「その時?」
「実は人間界に派遣される死神の数は毎年限られているんです。年に2回ほど、あっ、死神界でも時間については人間界と一緒ですよ。2回ほど死神界から死神が人間界に派遣されるんです。一度に派遣される死神の数は多い年でも10に満たなくて。今まで優秀な死神が沢山人間界に派遣されてきたと私は聞きました。特に人間界は他の世界に比べて憧れる死神は非常に多いらしく。だから私は人間界行きに選ばれた時、何か認められたような気がしてとても嬉しかったんです」
今までの言動が嘘かのように光は饒舌に語りながらぐいぐいと茂に迫ってくる。
「でも張り切りすぎちゃって、肝心の仕事の内容は聞き逃したと」
「そうなんです」
その前進と迫力に押されて茂は限界まで後ろに下がった。といってもすぐ後ろには冷蔵庫があるので、冷蔵庫に背中を当てる形になる。そのことに気づいた光は瞳の輝きを平常に戻し、悄然とした面持ちで言った。
「あっ、ご、ごめんなさい。聞かれたことが嬉しくて。ついつい喋り過ぎちゃいました。やっぱり駄目ですね、私は誰かと会話をすることが苦手です。何も変わっていない。私ってば何も成長出来ていない」
何も発していないはずなのに光はどんよりと暗いオーラを纏っているようだった。
「いや、今のは光が急にぐいぐい迫って来るからさ・・・でも、成長は今からでもいいんじゃないか? 会話は慣れていないだけかもしれないし。俺だって生きてきて、自分が成長したって感じたことほとんどないよ」
「そうなんですか?」
「あぁ、そうさ。きっとそれは俺だけじゃない。死神は・・・わかんないけど、人間はほとんどに当てはまるんじゃないか?」
「そういうもんなんですかね?」
「あぁ、そういうもんさ、きっと。だから、もしもそれで気に病んでるっていうんなら気にする必要はないと思うよ」
「わ、分かりました。気にしないように頑張ってみます」
「う、うん。頑張るものではないと思うけどな」
「はい」
すっかり光の瞳に涙が消えたようで茂は安堵する。できれば見知らぬ女の子であっても泣かせるような真似はしたくなかった。ほっと胸を撫で下ろして、改めて目の前に佇む少女をじっと見つめる。・・・可愛い。今まで気にする余裕がなかったが、それが率直な感想であった。アイドルにでもなれそうな容姿をしている。よくある質問、『この女の子は可愛いと思いますか』と街中の男性に問いかければ、10人中10人が『はい』と答えるだろう。女性に問いかけてもそう答えるかもしれない。それほど光の顔は整っていて可憐である。華奢な体つきでその腕は枝よりも細そうに見えた。
「ど、どうかしましたか?」
視線に気づいた光が訊ねる。光は果たしてその自覚があるのだろうか。なくはないと思うが今までの言動からして過小評価してそうである。
「いや、死神っていっても人間とあまり変わらないんだなって思ってさ」
「そうですか? 私は人間についてあまりよく知らないので分かりませんが・・・」
「といっても光みたいに大きな鎌を持ち歩いたりはしないと思うけどな」
光が普通の人間の少女と違う点といえば、鎌を背負っている点であった。鎌は非常に大きい。目測でも光の身長以上である。光はそれを背負っているリュックサックの中に入れていた。因みにリュックサックは光が持ち歩くには十分に大きすぎるサイズで、アウトドア用のリュックサックより遥かに大きい。しかし、それでも鎌は入り切らず、鎌の先端が飛び出していた。鋭利な部分が見えている。この部屋の天井に届きそうだ。鎌を背負っているのが可憐な少女ではなく、歳をとったおじさんだったとしたら恐怖心から足をすくませて膠着していただろう。それだけでは済まず、気絶していたかもしれない。
「これですか?」
光は背中から鎌を取り出そうとする。
「いや、いいから。ここで取り出そうとしなくていいから。この部屋、そんな広くないし。第一、危ないだろ」
慌てて茂は光に制止するように求めた。光は残念そうにしながらも不承不承といった様子で背中に鎌を戻す。茂は心の底から安堵した。こんな狭い部屋で鎌を振り回されるなど冗談ではない。仮に振り回す気は毛頭なかったとしても、この部屋はとても狭い。取り出すだけだとしても何が起こるか分からなかった。
「それで、その鎌は死神がよく持ってる道具としてこっちの人間界では有名なんだが。その鎌が死神の仕事に関係しているんじゃないか?」
「いえ。私はまだその仕事をさせてはもらえないので、別の仕事のはずなんですが・・・」
「じゃあなんで持ってきた、って言いたいところだけど。もしかして失礼承知で言うけど、光ってその死神界では落ちこぼれか何かなのか?」
「ひゃ、ひゃ、ひゃい?」
あまりの動揺に光は言葉とも判別がつかない言葉を発し、背筋をピンと伸ばす。その動揺っぷりに
「やっぱりか」
と、茂は苦笑いを浮かべながらつぶやいた。思ったとおりである。
「な、どうしてわかったんですか?」
不思議そうに光は茂の顔を覗き込む。・・・近い。顔が近い。顔が急接近している。端整で可愛らしい顔が。茂は思わず顔を横にずらした。その顔は羞恥に染まっている。耳まで真っ赤にしていた。
「そ、その近いから。一旦、離れてくれないか?」
「はっ、ごめんなさい」
光は気づいていなかったようだ。言われて後ろに下がる。はぁ~。茂は嘆息した。これでは命がいくつあっても足りないだろう。光の可憐な顔立ちは思春期の男子高校生には刺激が強すぎた。光が離れた今も茂の心臓はバクバクと激しく鼓動している。考えてみれば光と茂は今、二人きりで部屋にいるのだ。それもこの部屋は茂が一人で暮らしている部屋である。茂は途端にそのことを意識して、胸の高鳴りを覚えた。しかし、それを光に悟られないようにと話を戻すことで誤魔化す。
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