第52話 いざ、フォーセインのダンジョンへ
「あ、ごめんね。せっかく来てくれたのにこんなことになっちゃって」
しばらくしてようやく落ち着いたのか、ヨーリが恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いえ、気にしてないわ。それよりも、あらためてヨーリさんの地図が欲しいんだけど、駄目?」
「ここまで聞いても、僕の地図が欲しいなんて……。君たちは無謀なのか、それとも果てしないお人好しなのか――」
マリィのお願いに呆れつつも、どこか嬉しそうな様子のヨーリ。
「分かったよ。でも本当に今のダンジョンは崩落事件以外にも、予想外の事故が多発しているんだ。僕の地図を利用してもいいけれど、あくまで参考程度にとどめてほしい」
「ええ、分かっているわ。ありがとう、助かるわ」
「じゃあちょっと待っていてね。今持ってくるから」
そう言って店の奥へと消えていったヨーリだったが、すぐに戻ってきた。その手には筒状に丸められた紙束があった。
「これがうちの店で売っている中で一番良いものなんだ。一応値段は高いけど、その分性能は保証するよ」
渡された紙をめくると、そこには手書きで描かれたと思われるイラストやマップが描かれていた。しかもその階層で現れるモンスターの絵と説明までついている。
おおー、これは凄いな! 俺が感心していると、マリィとアンジェも同じように感嘆していた。どうやら二人にとっても満足できるものだったらしい。さすがプロだな。
それから俺たちは他にもいくつか質問してから、改めて購入することにした。
タダで良いと言われたけれど、相場を聞き出して払っておいた。全部で三十万
これがもっと下層までの地図になると、さらに桁が上がるらしい。
きっと一級ハンターの剣聖のミレイユさんあたりなら、そんな高価な地図も持っているんだろうなぁ……。
「パルティアの前にモンスター狩りをしておいてよかったね、フェン」
「そうだね。あの時に得た資金が無かったら、こんなにスムーズにはいかなかったかもね」
帰り道の途中、俺たちはすっかり暗くなった空を見上げながら歩いていた。
準備は今日のうちに終わった。この調子なら、明日からダンジョンに挑戦できそうだ。
街の中心である広場では屋台が立ち並び、大勢の人たちが行き来している。中には俺たちのように武器を背負った冒険者の姿もあった。おそらく彼らはダンジョン帰りなのだろう。
それにしても疲れたなあ……。
まさか一日でここまで色んなことが起きるなんて思わなかったよ……。
というわけで、今日のところは宿屋をとって休むことにした。
そして次の日。
朝食を済ませてから、このフォーセインにある職業コミュニティセンターへと向かった。
そこにあるダンジョン課にて、探索者としての登録手続きを終えると、いよいよ初ダンジョンだ!
ちなみに俺たちの地図には、五階層までの地図データが入っているらしいので、今日はそこまで行ってみる予定だ。
まずは一階層の探索からだけどな。
いきなり深いところまで潜るのはさすがに怖いし。
「よし、それじゃあ行こうか」
俺は気合を入れて、一歩を踏み出した。
「うわあ……!」
目の前に広がる光景を見て、思わず声を上げてしまった。
そこはまさしく異世界だった。
いや、正確には洞窟の中なんだけどさ。石畳で作られた通路の両脇には等間隔に松明が並んでいる。洞窟内だというのにこれは誰かが管理しているとかではなく、ダンジョンから勝手に供給されているそうだ。
おかげで視界も良好だし、壁や地面はうっすらと光を帯びていた。
まるでダンジョンが自ら人を招いているかのように――。
「おい、あれってトマトスライムじゃないか!?」
なんと視線の先にいたのは、一匹の小さな赤い生き物だった。体長は俺の腰元ぐらい。少し潰れた楕円形をしており、プルプルとした体を這わせて床を移動している。
ヨーリから購入した地図にも同様の絵と説明書きがある。
「あれがダンジョンの魔物なの?」
「なんだか可愛い……」
俺の隣で同じように驚いていたマリィとアンジェが口々に言う。確かに言われてみれば愛嬌があるかもしれない。だがここはダンジョンなのだ。油断はできないぞ。
そうこうしているうちに、こちらに気づいたのかトマトスライムたちがワラワラと集まってきた。そしてぴょんぴょんと飛び跳ねながら近づいてくる。うーん、やっぱりちょっと可愛いかも……。
すると次の瞬間、一番手前にいた奴が飛びかかってきた。
「うおっ!? こいつ、意外と早いぞ!」
咄嗟に横へ飛んで避けると、そいつはそのまま壁にぶつかってベチャリと潰れてしまった。壁のシミである。あーあ、もったいない……。
そう思ったのだが、なんとその染みから再び小さな個体が何体も生えてきた。
「げっ、復活してる!」
驚いているうちに次々と襲いかかってくるトマトスライムたち。
そのたびに跳ね飛ばされては再生して向かってくるという繰り返しが始まった。
「どうする!? このままだとキリがない……!」
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