第51話 ヨーリの地図店にて
「いらっしゃいませー」
俺たち三人が地図屋の店内へ入ると、なんだか気の抜けたような声が返ってきた。
赤髪の店員はカウンターに上体を預けて寝ているような体勢のまま、客である俺たちの姿を見ようともしない。
「冷やかしですかー? どーせ僕の地図は役立たずですよー」
「なんなんだ? どうしてこの人は、こんなネガティブなんだ?」
俺は思わず突っ込みを入れてしまった。
すると赤毛の店員さんはゆっくりと顔を上げる。どうやら寝ていなかったようだが、その目は半眼になっていて焦点が定まっていないように感じる。まるで酔っ払いのようだ。
「……あ、もしかして君たちも僕のことを馬鹿にするんですか……?」
「いや、そんなことしないよ!?」
むしろこっちがビックリしたわ! なんでそうなる!?
「僕みたいな無能な人間が描いた地図なんて役に立たないって。みんなそう言うんですよ……うぅ……」
いやだからなんで泣くんだよ!? 情緒不安定すぎるだろ!?
「えっと……これはどうしたらいいんだ?」
どうしよう、ただ俺たちは地図を買いに来ただけなのに、面倒そうな展開になりそうだ……。
「人形のおねーちゃんたちも、ユーリのおにーちゃんを虐めに来たの?」
俺たちが困っていると、奥から幼い女の子が出てきた。
眠たそうな店員さんとは違い、パッチリと開いた大きな目が可愛らしい。
ただ赤髪なのは同じだ。ユーリのおにーちゃん、って言っていたし、妹だろうか。
ってことは、こっちが店主のヨーリか?
「いいえ、そんなことはしないわ」
「アンジェたちはただ、地図を買いに来ただけ……」
俺の代わりに二人が答えると、幼女はぱああっと花の咲いたような笑顔で両手を上げた。
「そっか! あのね、ヨーリおにーちゃんってば、最近いつもこうなんだよ。仕事中に寝ちゃうの」
「う、うるさいな。僕はただ、また必要とされたときに、よりよい仕事をするために今は休んでいるんだ!」
「それを世間一般ではサボってるって言うんだよ?」
妹に正論で殴られ、兄のヨーリは「うぐっ……」と言って再びカウンターへと沈んだ。
ああもう、本当に面倒くさい人だな……。
というかこの人、ひょっとして俺たちを客扱いしてなくないか?
「おねーちゃんたちもハンターさんなの? それにしては随分と軽装だね?」
「ええそうよ。私たち三人はこれからダンジョンへ潜る予定なの。新人だから、危なくない階層の地図が欲しいの」
マリィが優しく微笑みながら答えると、少女は嬉しそうに飛び跳ねた。
「わあ、そうなんだね!おねーちゃんはどんなジョブなの? だったらこっちの男の子は剣を使うのかな? それとも槍使いとか弓士さん?」
「おい、ユーリ。お客さんのジョブを聞きまわる癖はやめろって言っただろ。……すみません、てっきりまた、僕を馬鹿にしに来たのかと……」
ようやく復活したヨーリだったが、まだ完全に立ち直ったわけではないようだ。虚ろな目でぶつぶつと呟いている。
なるほど、妹が先ほど言ったとおり、ヨーリは少しネガティブな性格らしい。
だけど別に悪意があって聞いているわけじゃないみたいだし、そこは普通に対応すればいいだろう。
「ああいや、気にしていないから大丈夫。それより、地図は売ってくれるのか?」
「え? あ、はい。もちろん無料で差し上げます」
「無料!?」
おいおい、いくらなんでもそれは駄目だろ。ちゃんと金を払って買わないと!
「あのね、あのね! このフォーセインの街には有名な地図屋さんがいっぱいあるんだけど、おにーちゃんの地図が一番安くて質が良いんだよ!」
「だったらなおさら、タダでもらうわけにはいかないだろ……」
「今までだったらそうだったんですけど。あの三級ハンターが行方不明になった事件以降、僕の地図に価値は無くなっちゃったんです……」
ははは、と自嘲するヨーリ。
でもどうして地図とその件が繋がるんだ?疑問に思っていると、視界の下でユーリが口を開いた。
「ヨーリおにーちゃんは何にも悪くないもん! おにーちゃんの地図はどんな罠でも載ってるんだもん!!」
「ああ、その通りだよ。僕の察知スキルで見抜けない罠は無い。そのはずなのに……僕が悪いんじゃないのに……ぐすん……」
あー……なんとなく状況が読めてきたぞ……。
つまりこういうことか。
元々この街にあるいくつかの地図屋はそれぞれ別のジャンルに特化した地図を扱っていたそうだ。ところが例の崩落事件で、そのほとんどの看板商品が使えなくなってしまった。そのせいで客足も遠のいてしまい、経営が困難になったのだろう。
そこへやってきたのが、調査隊を担当した三級ハンターたちだった。
ヨーリは自分の持つマッピングスキルを最大限に活かし、最大限の援助をしたという。そして彼が作ったとされる地図は、まさに一級品と言っても過言ではない出来栄えだったのだとか。
そんなすごい人の描いた地図ならぜひ買いたい、そう思ってきた人たちもいたそうだが、結局買うことができなかったのだ。なぜなら――。
「僕の地図は欠陥品! だから彼らが帰ってこれないって噂が立って、誰も買ってくれなくなっちゃったんだ!」
そう叫ぶとヨーリは再びカウンターへと突っ伏したのだった。
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