第7話 協力するということ
固まったまましばらく動かない葵さんを横目に、私は目の前にある建物へと視線を向ける。
大きいビルみたいな建物の中に、それぞれ部署が用意されている。まぁ、基本現地が多いんだろうけどね。後、取締組織は年齢関係なく優秀な人は全員入れる決まりがある。だから、私の妹たちも入っている。どれだけランク高くてもトップが欲しいと思わない限りは入れないって聞いたけど。
「…なに玄関先で固まってるのよ」
じっと観察していると、上から声を掛けられる。
「…あなた、ボス?」
「ここの社長という意味ならば、その通りよ」
屋上からこちらを見下ろす人物を見つけ、私はそう聞いてみる。すると、その通りだとその人は言った。
美しいピンクがかったシルバーの長い髪が風で揺れている。その人は、じっとこちらを見て視線を外そうとしない。だから私もその視線をしっかりと捉え続ける。
「――なんでずっと睨みあったままなんだ」
「あなたがスカウトした子に挨拶をしただけよ。…葵、屋上に彼女を連れてきなさい。そこで、具体的な話をしましょう。用事は知っているわ」
復活した葵さんが私とその人の様子を見て飽きれたような声を出す。その人は葵さんの言葉にそう返して、葵さんに指示を出した。屋上にって、この建物は4階以上あるよね…?
「了解です。…奏音さん、ちょっと我慢してて」
「へっ?」
葵さんはそう言って私をお姫様抱っこした。少しびっくりしつつ、私はそれを受け入れる。
ちらっと私の表情を確認した葵さんは能力を使う。…瞬間移動の能力者か。なるほど、現地で戦っているところを見たことが無かった理由はこれなのね。でもこれ以外に何かありそうな感じはするな。
「…よし、ごめんな」
「むしろ助かったわ。確かに、歩いていると時間かかるものね。…それよりも、こんな形で葵さんの能力を知るとは思わなかったわ。見たところ、もう一個持ってそうだけど」
「そこに触れないでくれ」
「はーい」
一瞬で屋上に着いて降ろしてもらうと、葵さんは私になぜか謝ってくる。ま、女の子の体を許可なく抱き上げたからね。私自身、そういうところに関しては状況によって変わってくるのかなとは思っているから、あまり気にしないけど。
「あら、仲が良いのね。2人とも」
私たちのその会話に割って入ってくる。そのボスに対して、私は少し嫌味を混ぜて返した。
「妹たちが世話になっている直属の上司には良くするものかと」
「なんでギスギスするんだ…」
あんまり相性の良くない私たちの様子を見て、葵さんがそう突っ込んでくる。
私としてもどうしてここまで相性良くないんだろうって考えたんだけど…。きっと、似た性格で似た立場同士だから、似た人を毛嫌いしているだけなんだろうなって…。
「私とは仲良くする気がないようね、まぁいいわ。自己紹介するわね」
一瞬で切り替えたボスは、こっちに圧を出してくる。そして、ニコッと笑みを浮かべて自己紹介してくれる。
「私の名前は、
SS…。噂には聞いていたけど、初めて出会う人だ。昨日会った紅羽さんよりは確実に実力は上。それにこの圧の強さは、トップに立つ者ならではだな。油断すると飲み込まれてしまいそう。
とはいえ、そんなことを表情に出すことなく、私はにこっと微笑んで挨拶をする。
「宮本さん、ですね。私は九重奏音と言います。これでも、無能力者のFランクです。実力はある方だとは思いますけど。こちらこそ、短い間ですがお世話になります」
「…実力については疑わないわ。うちがスカウト式なのは知っているでしょう。それに、この状況で笑顔になれる人はあなたか5本指の人たちぐらいよ。葵ですら、ビビっちゃってるのに」
いや、何とかしてるだけだから。でも、そっか。葵さんが引き入れたいと言っていた相手で、ボスの圧にビビらないとなれば、信用には値するのか。
「それと、私の事は澄玲と呼んでちょうだい。私も奏音って呼ぶから。後、敬語は無し。あなた、私よりは実力上でしょ。何ならSSランクのメンバーを超えるレベルじゃないかしら」
「…そのことについてはノーコメントで。でも、そう言ってくれるならそう呼ぶわ。改めてよろしく、澄玲」
能力者相手に対等に渡り合えるわけないでしょ。とは思うけど、真っ向勝負はしたことないから、そうなったときに勝てるのかは分からないかな。
敬語や態度を崩して、私は澄玲と握手を交わす。とりあえず、協力相手であることには変わりないし、今はやるべきことに集中しよう。
「で、わざわざ来てどうしたのかしら」
「…あ、そうだ。澄玲に頼みたいことがあって、葵さんと待ち合わせしてたの」
澄玲にそう聞かれて、私は来た目的を思い出す。そうそう、何かすごく嫌な予感がしたから、折角の協力関係を利用しようと思ったんだよね。
今もするかなと思ってすっと意識をした方へと向けて探る。…ん、まだ嫌な感じするな。これは。
「えっと、今日西の国の方で2件犯罪が発生すると思うの。午後に立て続けに2件だね。何なら一時間ほど前に最北端でも事件あったみたいだけど…」
「あったわね。北端の支部から情報を受け取ってるわ。…そんなことが分かるのね」
「勘が当たればって感じだけどね。で、次起こるであろう事件に私も一件同行する予定では居るけど、早い方に人を送れないかなって」
この提案を何もなく受け入れてくれるとは思わない。だからこそ、あったと思われる事件の話も挟んで信ぴょう性を高める狙いがあったけど、うまく行ったみたいかな。
「まだ公開していない事件の情報、それからよく当たる勘。偶然というには怪しまれるレベルだと葵から聞いたけど、本当みたいね。分かったわ、すぐに動かすわ」
やっぱり疑われるよねー。こっちを見てにやにやしながら話す澄玲から少し視線を外して、私はひきつった顔をほぐす。ていうか、情報の出ていない事件本当にあったのね。賭けだったから流石にそこは私も驚きよ。
「ありがとう。よろしく、澄玲。というか、本当に事件あったのね。何か胸騒ぎがしたから言ったんだけど、流石私の勘ってところかしら」
「…なんで予感が当たるんだよ」
「当たったんだもの。仕方ないでしょう」
呆れた葵さんにそれだけ言うと、私はどうしようかと考える。午後まで時間はある。学校も夏休みに入るから、特にやっておかなきゃいけない課題があるわけでもない。
空いた時間が出来ちゃうなぁ…。
「ところで、奏音さんは今日他に何か用事があったりするのか?」
「…いいえ。特に無いわね。午後は事件に同行する予定でいるし。何より、学校が夏休みに近いと一気にやることが無くなるのよ」
悩んでいると、葵さんにそう聞かれる。私は、とりあえず特に無いとだけ答えた。
いや、実際空いてる…し…?!
「…っ!」
電流が走ったかのように、私は冷や汗をかく。嫌な予感がした。
私は瞬間的に顔を上げ、その方向を確認する。これ、どこだ。どこからして…。
「星明高校…」
「星明高校?そこに一体何が…って、聞くまでもないか。嫌な予感がしたのか?」
「え、えぇ。今日はやけに勘が働くわね…」
才能がまるで開花したみたいに、私は勘が鋭くなっていることを実感する。星明高校の方は今朝確認したレベルのものではなく、少し何かが起きる気配がしたというだけのもの。でも、小規模のものは勘づくことが今までなかったから、確実に鋭くなってはいるんだろうな。
どうにかして制御しないといけないな…なんて、柄にもなくそんなことをぼんやりと考える。
「規模はそこまでではなくちょっとしたものだから、気にしなくてもいいとは思う。さっき話した西の国の方がやばい感じがしたからね。…って、葵さん?どうしたの?」
「いや。そこまで来るとまるで能力みたいだなって思っただけだ。奏音さんの特異体質みたいなレベルのものではあるんだろうがな」
私の方を見て驚く葵さんはそう言ってくる。まるで能力みたい…か。
この世界は能力が当たり前みたいな一面があるっていうのに、わざわざその言葉を選ぶのね。まぁ、疑いたくもなるかぁ。そんな能力、前例がないもの。
「確かにそうね。今までもそんな感じで首を突っ込んでいたのかしら」
澄玲も疑うようにそう言ってくる。それは無いなと私はとりあえず否定しようと、澄玲に視線を合わせた。
「今まではこのレベルで気付くことは無かったわよ。大規模なテレビで報道されるレベルに一応気付けていたって感じね。それに、そこには近づかない様にしていたし。だから依頼で巻き込まれる場合は嫌な予感がするはするけどよく分からなくて、一応受けたら裏組織の連中に出会っていたっていう感じね」
「じゃあ、今のこの状況がおかしいってことかしら」
「そうなるんじゃないのかなぁ」
私の説明に澄玲はそう言って納得してくれる。おかしいかもね、確かに今は。
そうそう。能力って生まれつき持っていて、体の成長に合わせてその能力が開花して使えるようになるの。だから、中学生ぐらいになるとほぼ成長しきって、能力がその時点で使えない子は無能力者だと確定される。
「となると、本格的に危険な状況って言うことね。…奏音、午後の事件の作戦について詰めてもいいかしら」
「良いよ。時間は空いているし、協力するって言った以上はちゃんとやりたいしね」
お互いに情報を出し、最善を尽くす。これが、言ってしまえば協力するということなのだと私は考えているわけ。だから、澄玲に言われなければこっちから提案しようって思っていたからね。丁度いい提案だわ。
「それじゃあ、一旦会議室に行きましょう。葵、今動けるメンバーリストを作ってきてくれるかしら」
「了解しました。名前と能力名だけあればいいですかね?」
「えぇ、それでいいわ。よろしく」
「では、後から合流します」
おー、上司と部下のやり取りかっこいいー。こういうの憧れるよねぇ。
っと、そんなことより私も澄玲についていかなきゃ。初めて来る場所で迷子になったらいけないからね。
「ところで、澄玲の能力って何なの?」
歩きながらふと気になって私は澄玲にそう聞く。SSランクとなれば、それなりに強力な能力だとは思うけど…。それとも、2つ持っていて相性いいとか?
「そうねぇ…。教えた方が信用に値するわよね」
「それはそうだけど、別に無理に教えてもらわなくてもいいわ。一緒にいるうちに知れる部分もあるだろうし」
言い渋る澄玲に私はそう返す。葵さんの能力を知ったのも今だからね。強制する気は無かったから大丈夫。でも、気遣ってくれるのは良い人って証拠にはなるよ。この人なら本当に全面的に信用しても大丈夫そうかも。
「あら、優しいのね。強引にでも聞き出してくるタイプかと思ったわ。あなた、リスク回避を念入りにするでしょ?」
私がすんなり引いたことに対して、澄玲はそう聞いてくる。それはもちろん。いずれ戦うことになりそうな相手とか、この人は危険だなと思えばいろんな情報を集めるようにしている。
とはいえ、そこまで無慈悲なことはしないけどね。
「まぁね。でも、無理に聞き出そうってつもりはなかったよ。葵さんの能力についても今日初めて知ったしね。気遣ってくれてありがと、澄玲」
「一応、ではあるけれど。…今回の作戦の成果次第で話してあげるわ。この組織の在り方と私の能力。だから、一つ約束してもいいかしら」
私はもう聞くつもりないよと言う雰囲気を出したけど、澄玲はそんな私の様子を見てかそんな提案をしてきた。
こっちからしたら願ってもない提案だけど、約束ってなんだろ。
「それなら、気合入れて頑張らないと。で、約束って何なの?」
どうやら会議室に着いたらしく、ドアの前で立ち止まった澄玲に私はそう聞いた。
「落ち着いたら手合わせをお願いしてもいいかしら」
「手合わせ…?」
ドアを開けて入りながら、澄玲はそう私に言う。手合わせってことは模擬試合か何かなんだろうけど、なぜ?という疑問が私の頭に浮かんでしまう。
「えぇ。だって、肝が据わっているあなたがどこまで実際に強いのか、誰でも気になるでしょう。撃退した実績が本物かも分かるわけだし」
「あー、そういうこと。実力を測りたいってわけね。それぐらいなら別に良いわよ」
言ってたな。5本指のSSランクを超えているんじゃないかって。
その人たちを超えるとなると相当な実力とそれ相応の戦いにおける経験値が必要になってくるはず。私も具体的には知らないから、何とも言えないけど。…澄玲もその一人だし、油断できる相手ではないよなぁ…。
「あら、うれしい返事ね。それじゃあ、またこの件が落ち着いたらどうするか決めましょう。…とりあえず、今は午後の話よね」
「はいはい。で、実際にどうするか具体的には決めてないんだけど、そっちとしてはやっぱり幹部クラスは生け捕りしたい感じ?」
勧められた椅子に腰かけながら、喜ぶ澄玲を横目に私はそう聞く。ぶっちゃけ言うと全員気絶させるのは凄い面倒くさいだけなんだけど。
そんな私の質問に澄玲は一歩引いて、「えっ?」と驚いた。あれ、そんなやばいこと言ったかな?
「…い、生け捕り…。あなた、そういう考え方をするのね」
「あれ、違う?」
「少なくとも、生け捕りという言葉は使わないわよ。物騒すぎるわ」
引いたまま澄玲は呆れた声でそう言ってくる。どうやら認識の違いがあったらしい。いや、ちょっと待って。それで私が物騒な考えの持ち主だと思われるのは違くないか。
「そっか。こういうところだとそういう言葉使うのかなって思っていたけど、ドラマの見過ぎか」
「ドラマでも最近は言わないと思うけど…。まぁ、そうね。裏組織なら言うのかもしれないわね。…で、さっきの質問の答えだけど、幹部とか関係なしにとりあえず死者は出したくないわ」
「なるほど」
死者はゼロにする、か。結構大変なんだけど、まぁ組織の人の協力があれば難しくはないかな。というか、不可能だと知っていればわざわざそう言ってこないよね。
とはいえ、昨日の事がある以上、その方が良いのは事実。そういえば、葵さんには言っていたけど、澄玲には伝わっていないよね。後で話しておくかぁ。
「不可能じゃないとは思うけど、能力の相性次第なところがあるから…」
友梨がいればその問題は簡単に解決する。色々とバレかねない問題もあるけど、そこはもう仕方ない。とはいえ、友梨は立場上難しいだろうなぁ。取締組織内でうまく行かなそうなら、強制的に呼び出すけど。
「相性、ね。それは私も考えているわ。とはいえ、今はその戦力が半分ぐらい出払っちゃってるし…」
「――お持ちしました」
「お、良いところに来てくれたね。じゃあ、それ置いたらもう一つ仕事を頼むよ」
そんなことを考えていると名簿と飲み物を持って葵さんが入ってくる。ちなみにドアは閉まったまま。どうやら能力をフルに活用しているみたい。
そう分析している横で、受け取りながら澄玲が次の仕事を頼もうとしていた。
「…もう一つ、ですか?」
「えぇ。西の支部への連絡よ。とりあえず、支部でも使えるメンバーをサクッと絞り出しておくから。2件のうち一件は私も行くって伝えておいて頂戴」
「了解です」
西の国の方にもちゃんと支部が用意されているんだ。初めて知ったなぁ。
それと、まさか澄玲と一緒に事件に向かうことになるとは思っていなかったから驚いた。…まぁ、澄玲がいるならどうとでもなるか。
「…ここら辺が良いか。出払っていない人たちだけでも十分対応できるでしょう」
「では、連絡してきます」
「お願いね」
書き出したメモを葵さんに渡して、葵さんはこの部屋を出ていく。
「さて、 何を話していたかしら」
「全員殺さずに済む方法について話していたところ。能力の相性の問題もあるでしょう」
くるっとこっちに視線を戻してそう言ってくる澄玲に、私は少し低めの声でそう返した。実際、相性の良し悪しはあるだろうし、何とも言えないところはある。
「そうだったわね。…奏音は確か、一度も死者を出したことは無いのよね?平和主義が口癖だと聞いたけれど」
「そうだね。別に人を殺すことに罪悪感とかを覚えることは無いから、そこまで躊躇しないこともあるけど。とはいえ無駄な争いは避けるべきだし、その一番の発端になるのが死者を出すことだからね。ま、相手が放置してれば命を落とす可能性のあるレベルのダメージを与えることはあるけど…」
そう言って、私はふっと冷たい目を澄玲に向ける。平和主義と言えど、危険だと判断すればどんな人が相手でも殺す気でいる。今まで、そういう人に出会ってこなかったからやっていないだけ。
この考えは誰にも話していない。今、澄玲に初めて話した。
「人を殺そうと思って戦ったことはないかな」
「なるほどね。それはつまり、死者を出さない集団戦の戦い方を心得てると捉えていいかしら」
「…そうかも?私個人としては、火種を作らないことを第一に動いていただけという認識ではあったかな」
さらっとそう言って私は首をきょとんと傾げる。
まぁ、見方を変えればそうなるのかな?別に殺そうと思っていないだけなんだけど…。
「考え方は人それぞれよ。私からすればあなたはそういう戦い方を知っていてやっているのかなと思うだけ。あなたがそう思わなければそれでおしまい」
「ふふっ。その考え方素敵ね、澄玲」
澄玲の考えに私は普通に感動する。確かに、捉え方、考え方は人によって変わってくる…か。
「そうかしら。でも、本当にそうだと思うわよ。あなたの実力、ますます知りたくなっちゃったわ」
「…うっ。あんまり期待しないでよ」
ニヤッと笑みを浮かべた澄玲に対して、私はそんな嫌そうな反応をする。いやー、正直言ってあんたとは戦いたくないわよ。
そんなことを飲み込んで、私は真剣な表情に切り替える。そして、その顔を澄玲に向けた。
「で、澄玲。実際の所どうするつもり?私としては、人数次第で考えられる作戦はいくつかあると思っているのだけど」
「そうね。折角なら私が表立ってやりたいし、逃がさないために数人周りに配置するだけっていうのが一番無難ではないかしら」
私の質問に自信満々で答える澄玲。この世界屈指の澄玲相手にして、何人生きて帰れるのだろうか。
「…。あんたならやりすぎる気がするけど、回復持ちはいるの?」
思わず私は澄玲にそんなことを聞いてしまう。本来なら一人で大人数を相手にする方に突っ込むべきなんだけど、澄玲に対しては敵の方が心配なんだわ。
…というか、私も手を出した場合、何人か犠牲者が出かねない。そうなってくると、やはり回復の能力者は欲しくなるんだよね。
「いるわよ。あっちにいるし、来てもらうつもりではあるわ」
「そう。なら、その作戦に私も乗るわ。あんた一人で突っ込むって言うなら、背中ぐらい任せてほしいし」
「決まりね。作戦としてはそれでうまいこと行くでしょう。奏音との共闘はうれしいし、私から提案する予定だったもの。まぁ、想定外の事が起きたら起きたでまた考えようかしらね」
澄玲はそう言って、椅子から立ち上がる。言い方はかっこいいけど、ただの戦闘狂な面もあるのがなぁって。
と言うか、回復担当の人は苦労が絶えないだろうな…。人数によっては死なせないように意識していないといけないからね。私もいつも通りの戦闘をするとなれば、殺せるレベルの怪我をさせかねないし、そこは気を付けないと。
「…想定外は勘弁願いたいけどね。後は気絶させるレベルの攻撃にとどめないと」
「相手が本気でかかってきたらうっかり殺しかねないって事かしら」
「まぁ…。いつもは一人を殺すギリギリまで追いつめて相手に降参させるようにしているからね。…っと、そろそろ行かないといけない感じ?」
私の考えが口から洩れていたらしく、私は澄玲にそんなことを言われて言葉を濁しつつそう返す。
そして、時計を見た。今の時刻は11時を過ぎたころ。結構話し込んでいたなとは思っていたけど、時間が経つのは本当に早い。
「あら、本当ね。葵を呼び出して連れて行ってもらいましょうか」
「…瞬間移動なら確かにすぐか」
「えぇ」
澄玲は机の上にある呼鈴を使って葵を呼び出す。西の国まではかなり時間がかかるし、瞬間移動の能力者を頼るのは何らおかしくないか…。
「にしても、西の方は相変わらず治安が悪いからね。奏音も十分に気を付けた方がいいんじゃないかしら。特に裏の町は危ないところしかないし」
「…治安が悪いのはよく噂に聞いてるけど、澄玲が忠告するレベルかぁ」
「こっちが比較的平和なのは西に悪人を集めて逃がさない様にしているから、なんていう話、聞いたことあるでしょう。この話、事実なのよ」
澄玲のそんな発言に私は言葉を失う。実力主義は言い換えればその実力さえあれば、どんな横暴なことをしてももみ消されてしまうもの。そして、そんなことをしても許されると言えば、それなりの実力のある人となる。
「とはいえ、そのおかげであっちの支部は色々と大変なのだけどね」
「…なるほど。そういうことね。まぁ、変に詮索する気は無いわ。…現状に文句つけても、あんたたちを敵に回すだけでしょうし」
澄玲自体はその仕組みによる取締組織への負担に文句をつけているけど、こっちからしたらそんな危険地帯、用意しない方がいい気がするんだよね。
結局のところ、SSランクと王家の言いなりってところかなぁ。私自身、敵に回せないし。…彼がそんなことをするとは思えないけど…。ま、いいか。これが落ち着いたら話を聞きに行こう。
「あら、そういうところはきちんとわきまえているのね。流石だわ。っと、葵も来たことだし行きましょうか。お昼はあっちに用意させているから、着いたらまず食べましょう」
澄玲はそう言って、葵に能力を使ってもらって先に飛ぶ。どうやら、本人含めて2人が限界らしい。
「…って、一人にしないでよ…」
部屋に置いてけぼりにされた私はそんなことをぼやく。いいけどさ…。
それよりもやっぱり胸糞悪い話だったな。西が治安悪い理由、まさか犯罪者を集めた町と化していたとは。…こっちも下剋上を目指して皆ケンカしあったりしているけど、それよりもひどいってことよねぇ。
「…あ、葵さん」
考え込んでいた私はふと気配を感じて顔を上げる。そこには澄玲を送って戻ってきた葵さんがいて、その葵さんと目が合った。
あのひとり言が聞こえていないなら、まぁ気にしないでいいか。
「行くか、奏音さん。手を握ってもらえれば飛べるぞ」
「え、えぇ」
葵さんに気付いた私に、葵さんはそう言って手を出してくる。私は少し動揺しつつ、その出された手を取った。…結構、手、大きいんだなぁ…。って、何を考えているの?!自分!
「…大丈夫か」
「大丈夫よ。お願いするわね、葵さん」
ふと葵さんの手から何かを考えた私は急いでそれを振り払う。そんな変な挙動をする私に対して、葵さんはきょとんとしてそう聞いてきた。
私は何とか自分の気持ちを抑えて、葵さんにそう返す。大丈夫…なんだけど、本当に今のは何を考えたんだろう…。
「そうか?なら、行くぞ。少し時間がかかるが許してくれ」
「結局早いことには変わりは無いから気にしないわ」
「それじゃ、能力使うな」
すっと手を握ると、葵さんと私の周辺が少し光る。そして、風が吹くのと同時に体が浮く感覚があり、私は反射的に目をつぶってしまった。
それから少し経ち、光と風が収まったところで私は閉じていた目を開けて周囲を確認する。そこはさっきまでいた会議室ではなく、開けた食堂みたいなところだった。
「…流石ねぇ…」
「便利、だろ?うちのトップはこの能力にしか目が無いけどな。…っと、俺は本部に戻るからまた終わったら迎えに行くよ」
感動していたら、葵さんは私にそう話してきた。ふーん、まぁ種類は豊富な方がいいもんね。私の妹たちは戦闘特化だったっけ。
「分かったわ。…さて、澄玲の所に向かいましょうかね」
葵さんが能力を使ったところまで見て、私は澄玲の座っている席の元へ向かう。
「…豪華な場所ね。ここはどこなの?」
「ここは食堂よ。広いからみんなで食べるのにちょうどいいの。会議とかも全部ここで済ませられるようにも調整済みよ」
澄玲の前の席に座りつつ、私は澄玲にそう質問をした。
そんな私の質問に澄玲は涼しい顔をしてそう答えてくれた。凄いな、結構有用な場所なんだ。それに、みんなでってことは結構揃って食べるタイミングが多いってことか。素敵じゃん。
「素敵ね。メニューは何種類かあるの?」
「そうねぇ…。大体その日のリクエスト次第なところがあるけど、いつも3種類は用意してくれてるわ。今日は、中辛のカレーと唐揚げ定食、それから醤油ラーメンだったはずよ」
「へぇ、結構ボリュームあるメニューなんだね」
どれもおかわりしたくなるような魅力的なものばかりだし、リクエスト次第ってところいいな。好きな食べ物リクエストすれば食べれるってわけだもんね。
「どれもおいしいからね。で、何をたべましょうか。お金はわたしが出すから気にしないで選んでちょうだい」
「お、やったぁ。じゃあ、醤油ラーメン食べようかな。澄玲は?」
「私は唐揚げ定食ね。それじゃあ、注文してきて食べましょう」
「はいよー」
実力がものをいう世界で 水崎雪奈 @kusanagisaria
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。実力がものをいう世界での最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます