第6話 互いの目的

 葵さんに呼び出された私は、裏組織に関する私への協力要請の話を聞く。予想はしていたし、偶然にしては怪しまれるレベルで現場にいるから、仕方ないけども。


 とはいえ、学校の期末試験も済んでこれから夏休みという時期。受けても特に問題は無いんだよね。時期的に言えば。


「…で、私の偶然の引き合わせを利用して、取り締まりを強化していきたいってことか」


 すぐに返事することはせず、私は嫌味たっぷりにそう言う。


「それはそうだが、不服そうだな」


「あなたたちからすればこれ以上ない協力者に見えるでしょうけど、偶然を利用するのはどうかなってことよ。だって、不確かで不確定な要素でしょ」


「お前の学校付近でおまえが受けた依頼のほとんどが裏組織関連だと聞くが?」


 うっ。そこついてくるかぁ。流石葵さん。知ってるのねー、依頼の事。


 というよりかは、この頼みを葵さんが頼まれたからこそなのかも?逃したくはないだろうし…。


「…それはそうね…」


 葵さんのガン見してくる視線に折れて私はそう返した。


「まぁ、強制する気はない。お前にもお前なりの事情があるだろうし。だが、何かしら隠してるのは事実で、しかも目的がある。…違うか?」


 ……。


 んー、そこまで推測できてるのなら、下手な言い訳は出来なさそうかなー。


「どこからその考えに至ったのかは分からないけど、そこまで答えが出てるなら」


 そこまで言って私は麦茶を一口飲む。そして、葵さんに視線を合わせると、にこっと笑みを浮かべて口を開いた。


「協力要請、受けることにするわ。秘密を抱えてもらうことにはなるかもしれないけれど。それでも、そちらがいいと言うのなら」


 念の為にそれだけ付け加え、私は葵さんにそう答える。


 別件となるし、どこまで察しついてるのかは後で詳しく聞こう。その上で、話せる分だけ話しましょうかね。


「…助かる。ありがとう、奏音さん」


「もちろん、見合った報酬はもらいますけどね」


「それはもちろんそうする。結構いい額になるんじゃないか?」


「へぇー。それは助かるなぁ」


 すっと真面目な話から冗談交じりの声に切り替えて、私はそんなことを言う。葵さんもくすっと笑ってそう言ってきた。


 そのまま、しばらく黙ったままお互い用意してもらったおつまみで麦茶を飲む。ん、このきゅうりおいしい。塩気が丁度良くて、食べやすい。これは夏にぴったりのメニューだわ。…帰るときにあの店員さんにすごくよかったって言わないとね。


「――で、お前の秘密とやらは聞かせてもらえるのか?」


 いつ出したか分からないたばこに似た何かにライターで火を付けつつ、葵さんが私にそう質問をしてきた。


「そうねぇ…。まぁ、誰にも明かさないと誓うなら、人気のないところで話すことは可能よ」


 少し悩んだ後、私はそう答える。どうせ、話せないことは誰にでもあるし、あまり気にしてはいないでしょうけど。仲間になる以上、少しでも一緒に抱え込んであげたいんだろうね。…他人ひとに甘いな、葵さんは。


 そんなことは口にせず、私は空になった器をそっと端へよける。麦茶は飲み切っちゃうか。


「人気のないところか…。なら、すぐそこにあるな。行くか」


「…えっ?ちょ、ちょっと…?」


 空っぽになった麦茶のコップを置くと、私は葵さんに腕を掴まれて席を立たされる。こんなことをされるとは想像していない私は動揺して、その腕を反射的に振り払おうとする。


 しかし、男性と女子の体格差では確実に振り払えず、私は諦めて素直に従った。


「マスター、2階のあの部屋利用させてもらうぞ」


「あぁ。好きにすると良い。酒は用意してあるからな、好きに飲むといい」


「助かる。…こっちだ、奏音さん」


 葵さんの呼びかけにカウンターの奥からイケメンのおじさんが顔を出し、そう言ってグッと親指を立てる。何を想像しているんだか…。


 後、酒って…。酔っ払いの介護をする気は無いんだけど。


「――あ、あの。葵さん。ここって個室なの?」


「そうだ。ここなら防音性もばっちりだし、何よりこのお店自体が取締組織の傘下だしな。内緒話する用の部屋はきちんと用意されている。…入れ」


「え、えぇ。入らせてもらうわね…」


 2階に上がってすぐにある部屋へと2人で入っていく。


 防音はしっかりとしてるみたいだし、今、結界が張られたような感覚があった。先に入れてもらえなかったら気付けなかったかも。


 そんなことを考えつつ、私は葵さんと向き合う形でソファーに腰かけた。


「…さて、話してくれるんだよな?」


「えぇ、話すわよ。…それより、最初からここに誘う気では居たのね…」


「心許して話すのなら、個室の方が良いだろう」


「なるほどね。それじゃあ、話せる範囲で話すわ」


 すうっと息を吸いなおし、私は視界に入ったお酒を意識から外して葵さんの方をしっかりと一旦見て、口を開いた。


「秘密とは言ってもそう重いものではないから、あんまり気を使わないで頂戴」


「ん?そうか」


 肩がこわばっているように見える葵さんにそう微笑んで、私はさて、としゃべりだす。


「…葵さんは最近の噂について知ってるわよね。魔王を復活させようとしている組織がいるって言うこと。今日のショッピングモールでの一件はまさにその組織が起越した騒ぎなのよ」


「復活の噂については知っていたが、今日の事件はその噂に関連していたのか…。そこはリサーチ不足だな…」


 あー、やっぱりそうよね。私は完全に把握しきれていない葵さんのその発言に少し安心する。していいものではないとは思うんだけど。


「それなら、あの子たちの処遇は相当重いものになっていそうね。この話を聞いた後には処遇を軽くしてくれると嬉しいわ」


「まぁ、それぐらいならできるが」


「ありがとう。それじゃあ、続けるわね」


 唯一心配だった点は多分解消されるし、後は話せる範囲で話すだけ。

 

 とはいってもどこから話そうか…。とりあえず、魔王復活の件には深くかかわっているってことぐらいは言っておくか…。


「で、私はその噂が本気のものだと知ってね。…私の目的は、魔王の復活を阻止すること。一人ではないし、仲間だって4人いるけれど、とりあえず何としてでも魔王は復活させちゃいけないから。そのために、裏組織の調査をずっと続けていて、まぁそうねぇ…」


 そこまで一息で言って私は苦笑する。そして、葵さんに告げる。


「だからこそ、私は裏組織と出会うためにこの“偶然”を利用しているのかもしれないかもね」


 一瞬でさわやかな笑みに切り替えて、私は葵さんから視線を逸らした。


「偶然…とは言い切れないだろ」


 少し言葉を選びながら、葵さんはそんな私にそう返してきた。…全く。何を思ってそんなことを言えるんだろうか。


 だって、私は目的のためにこの手を汚しながら裏組織の社会に身を躍らせているようなものだ。だからこそ、私に関する噂はすごくうれしいし、目的が遂行されていくことに快楽さえ覚えてしまっている。それを知らずに、葵さんは私を責める。


「復活を阻止するというのは誰だって思うだろう。一定以上の実力持ちは逆に実力を試せる場だとか、魔王なんざ殺せるとか思っているだろうけどな」


 私は何も言わずに、黙る。正論だし、実際そういう考えの奴らなんて腐るほどいるだろうね。だってこの世界はあり得ないほど実力至上主義で、学校は能力至上主義を抱えるほどの、そんな世界の価値観は簡単には壊せないから。


「だとしても、その目的のために面倒ごとに巻き込まれに行ってるんだとしたら、それは偶然ではない。…奏音さんは、本当に偶然巻き込まれているのか?」


「…」


 うっ。えー、そこついてくるー?


 まぁ、こればっかりは偶然だしなぁ…。


「そうね。偶然ではあるわ。裏組織の動向を完璧に把握できていないでしょ、葵さんたちの方も。それと一緒よ。調べても調べてもしっぽが掴み切れていない状況なの」


 渋々とそう答える。本当なら、掴みたいところなんだけどね。まだ、中心で動いている人物が見えないし。なら、あらかじめその指示で動いている組織をつぶしておきたいんだけど…。


「それに、私は平和主義だしね。無駄な殺生は好みじゃないのよ。甘いって言われればそれまでではあるけれど」


 今この状態で言う平和主義はまるで決めゼリフみたいで私は自分で言っておきながら、苦笑する。


 こればかりは本音だしね。というか、それなのに死者が出ちゃうこともあるのだから、そこら辺の情報の揉み消しには毎度苦労かけているのよね…仲間に。


「だからこそ、誰も殺したくないし死んでほしくなくて、魔王の復活を阻止したいってところよ」


「結構無茶苦茶なことを言うな」


「綺麗事なのは重々承知の上で言ってるわ」


 今回のこの話はぶっちゃけ言うと仲間が増えるのも当然の事だと思っている。調査に行き詰っていたし、取締組織は取締組織で色々とそれなりに調べているっぽいし。情報交換できるだけでも、かなりこっちからしたらおいしい話になるんだよね。


「それに美咲から聞いたわよ。星稜会が青木薔薇と手を組んで悪事を働いているんでしょ?今日会ったのは星稜会の幹部だろうし」


「どこまで知ってんだ…本当に」


「ふふっ。いやぁ、葵さんの後輩である妹たちが私に情報くれるおかげもあるし。何より、本気なのが伝わると思うわよ」


 驚いた表情を浮かべる葵さんを見て、私は思わずニコッと笑ってしまう。良い反応してくれるとからかいたくなっちゃうんだよね。私の悪い癖だなぁ。


「なるほど。…で、窓の外にいるのは奏音さんの言う仲間か?」


「へ?」


 落ち着いた葵さんは私の方を見た後に、スッと窓を指さしてそう聞いてきた。


 私はその指の動きに吸い寄せられるように、視線を窓の方へと動かす。ここは、2階で、ベランダはあるようだけど。こんな時間に人がいるわけ…。


「…えっと…?」


 確かに人影がある。これに気付くって葵さんって実は実力かなり上の方なのでは?


 っと、そんなことを言っている場合ではない。私は立ち上がるとその窓を開けて、外にいる人物と顔を合わせた。


「…あ、調査終わったの?」


「はい。これ、調査資料。なんですけど、取り込み中でしたか?出直した方が…」


「んー…」


 昼間に後をつけるように頼んだ人が調べられる範囲での調査を終えて戻ってきたところらしい。


 今は丁度葵さんと話していたし、なるべくこっちの情報は渡したくは無いけど…。今回の調査って星稜会のアジト発見だし、進捗は共有した方がいいか?協力すると言ったのは私の方だし…。


「良いわ。同席してちょうだい。そして、彼にもその調査報告をしてもらえるかしら。その資料、私分しかないでしょ」


「あ、はい。それでは、入らせていただきます」


 葵さんの方をちらっと見て、目だけで合図をする。そして、彼を入れる。


「こちら、持ってきた資料です。お2人で確認しながら話を聞いてください」


「だそうよ。葵さん、これがまさしく私たちの情報網による調査。で、この人の作る資料については一番信用ができるわ」


 彼から受け取った資料を葵さんの前に置いて説明して、私は葵さんの横に座り、彼が前のソファーに座って説明を始める。


「それでは、まず最初にアジトですが、一か所だけではないです。数か所用意されていると思います。見つからずに目的を達成するため、で確定ですね。そして、組織は複数合同です。かなり辛い戦いになるかと」


「なるほど。…推測通りかぁ…」


「ですね。どうしましょうか」


 報告を聞いて私は嫌な予想が確信をつくのを実感する。最悪のパターンをいくつか想定していたけど、ここまで情報まとまるとかなり危険な状態か。


 後手に回りきっちゃってるのは確実。これ、葵さんたちと協力してどうにかなるものかしらね。


「…この情報、よくまとまっているな」


「調査を開始してからもう一年は経つからね。…かけらから色々と想定していたけれど。本当にどう動こうかしら」


「後手に回ってる状況をうまく使うしかないかとは思いますが。夏祭りまでの期間を考えると、あんまり悩んでいる時間はありません」


 資料を見ながら感心する葵さんを放置して、私は彼と話し合う。


「協力することにはしたけど、複数アジトがあるなら幹部クラスを直接捕獲するしかないわよね。取締組織と一緒にアジト突撃できればいいんだけど…」


「逃げるためにアジトが複数存在していますので、それは難しいかと。先ほどアジトを特定した後に前のアジトを調べに行ったんですけど、もぬけの殻だったので」


「…はぁ…」


 今回の尾行も無駄足に終わるのか…。


 流石にバレたくない本拠点が存在しているのかとは思ったけど、もう望み薄かなぁ。今までもうまく行っていなかったし。でも、現場に行き合わせることは何度かあったはあったんだよなぁ…。


「――ため息つくことは無いんじゃないか、これを見る限りだが」


「…え?」


 どうしようかと2人で思案していると、葵さんがそう言って資料を渡してきた。


 というか、ため息、気付かれていたんだ…。恥ずかし…。


「いや、だって目的とこのアジトのつかめない様子からいけば、答えは一つしかないんじゃないかなって」


 目的とアジト…。これが何かヒントになって…。


 考える。相手の目的は確定で魔王の復活。そして、足取りのつかめないメンバーとアジト…。魔王の封印場所…やっている内容…。


「…あ!」


 完全に盲点だった。というか、柔軟な思考ができるんだ。葵さんは。


「もしかして、封印場所があいつらの本拠点ってこと?」


「確認していたなら違うが、そうじゃないなら一番可能性あるのはそこじゃないのか?だって、復活するために色々とやっているなら、地上に拠点を構える必要が全くと言ってないだろう。…まぁ、拠点を転々としているのは仲間集めとか、素材集めのためだと考えて良いだろうな」


「あー、両方理由があってそういう状況になっているってことか」


 …確認はしてもらっていない。あそこの封印は頑丈なもので、まず魔王の封印の所まで着くことは不可能だから。


 もし、あの封印が解かれているなら、無理だろうと思っていた魔王の復活が確実に出来るものになってしまう。心のどこかで大丈夫って考えていたから、これが正しければそんなこともう考えられないなら。最悪になる可能性が100%だろう。


「…そうなら、一度確認してきましょう」


「えぇ、お願いするわ。…みんなにあなたから伝言頼んでいいかしら。私はしばらく取締組織と一緒に行動するから、こっちの事は皆に頼むって」


「了解です。それでは、すぐに行動に移すのでこれで失礼します。…彼女をよろしくお願いしますね」


 彼はそう言ってまた窓から出ていく。伝言も頼めたし、取締組織との契約の方に集中しようかしらね。あれこれ考えていても仕方ないし。


「…お前の方は本当に腕のいい仲間が多いんだな。その資料もしっかりできているし。これなら、お前の勘に頼らずとも犯罪場所を絞り込めそうだ。情報班にこれを渡してもいいか?」


 葵さんは彼の仕事に感心しながら、私にそう聞いてくる。特に問題は無いため、私は首を一つ縦に振った。


「良いよ。彼に聞けばなんでも情報引き出せるから、他にも欲しいのがあればいつでも言ってもらって」


 本当に彼に頼むと頼んだ分以上の情報が入ってくるんだよね。いつもその情報が頼りなんだけど、情報源自体は謎なんだよね。特別な情報網を持ってはいるけど、彼はまた別の情報網があるのかも。


「それは助かるな」


「協力する相手に隠す情報は少ない方が信用度は高くなるでしょ?それに、犯罪場所ぐらいなら私の勘を合わせれば一発だしね」


 ニコッと笑って私は葵さんから渡されていた資料に目を通す。


 きちんと作られているその資料はすごく読みやすく、情報ごとに区分けされているため、こっちでの調べ物がしやすいようになっている。


「その言い方はどうかと思うが、奏音さんにも考えがあって協力してくれるってことだもんな。話を聞いててどうするつもりなんだよとは少し思っていたが」


「まぁ、そう思うのが普通だよ。…葵さんってさ、魔王の封印についてどういう認識してるの?」


「どう…ってどういう返事が欲しいのかは分からないが」


 資料には書かれていないことだけど、ふと世間的な、取締組織から見た魔王の封印はどう映っているのかが気になった。私と同じ認識ではないだろうけど、平和になった理由でもあるし。


「良いとも悪いとも言えないな。これは俺から見ていた感想ではあるが。相手がただ魔王という職業に囚われてまともな判断が出来ずにいた可能性もあるし、今だって正体は隠しているが魔物たちが俺たち人間と共存しているだろ?だから、封印が解かれても和解できるのかもとは思っている」


「和解…か」


 本人の視線。そりゃあ、あの戦争に居なくて、その当時の人たちの話がまともに伝わっていないっぽいし。今の人たちからしたら、そこまで深刻に捉えているわけではないかのか。なるほど…。


 となると、この考えはあんまり言わない方がいいか。


「難しいだろうけどな。それができていれば封印されずに済んだだろうし」


「そうねぇ。でも、そうやって考えられるだけ素敵だとは思うわよ。私の考えが物騒だってことが分かったしね」


 葵さんのその苦笑交じりのセリフに対して、私はそう言い返す。平和主義にしては、物騒よねぇ…。


「…人それぞれだろ。俺は立場的にも自分の感情優先では動けないからな。客観的に見て最適解を考える思考回路だからな。じゃないと、取締組織の幹部なんてやってられないぞ」


 暗い表情を浮かべる私の髪の毛をクシャっとやってそう言って思いっきり笑った。


 お酒が入っているけど、本当に他人思いな人。損な性格だけど、むしろその方が世渡りが上手くいくのかな。私には無理なやり方だ。


「――葵さん。話換えて申し訳ないんだけど、明日予定入ってる?午後なんだけど」


 葵さんの方を見てしばらくぼーっとした後、私はふと葵さんに予定を聞く。


「…特にないが。どうしたんだ、奏音さん」


「分かった。明日また連絡は入れるけど…」


 手帳を見て確認する葵さんを見て、私はそう口にする。


「明日、もしかしたら…。というか確実なんだろうけど、青木薔薇のメンツが南の方の県で騒ぎを起こしそうな予感がする」


「南って言えば西の国の方か」


「えぇ。今なんでそう思ったのか分からないけれど、嫌な予感がしてね」


 青木薔薇の方か…なんてそんなことを思いながら、そう葵さんに告げた。


 私たちの住む国は島国になっていて南北に伸びている。南の方にはそこからさらに西に広がった半島があり、そこでの犯罪は色々と横行している。いわゆる無法地帯として、我々北の方の人たちは[西の国]と呼んでいるんだよね。


「お前の勘ってここまで鋭いのか?」


「いいえ。今日のようになることは中々無いわね。結構大きい騒ぎにならないと、前日のうちに分かることがまずないんだけど…」


「それが南の方で…となると結構危険な状況だな。とりあえず、今日は帰って寝るとしよう。奏音さん、朝一で起きたら連絡くれると助かる」


「…えぇ、そうするわ。帰りましょう」


 お酒もほどほどにして私たちはそのお店を後にした。…あ、ちゃんとお姉さんに料理の感想は伝えておいたよ。すごく喜んでくれて、こっちまで嬉しくなっちゃった。


ー翌日ー

 自分の部屋のベッドで目を覚まし、昨日の事を整理する。


「ん…まだ眠い…」


 何とかベッドから体を起こし、私はやるべきことをしようと机の上に置いたスマホを手に取った。


 昨日は確か取締組織との協力要請にOKして、捜査の資料を見せてあげたんだよね。で、その後嫌な予感がしてその詳しい話を今日するんだっけ。


「えっと、葵さんの連絡先は…」


 スマホの連絡先から電話をつなげたところで、私は追加で嫌な予感がする。…何が、起きてるの?この、世界、で…。


「私の目的を放っておいてでも、今は取締組織の目的を優先させた方がいいな。…あ、もしもし。葵さん、おはようございます。今起きました」


『おはよう、奏音さん』


 寝起きの葵さんの声が聞こえてくる。どうやら、まだ朝は早いらしい。…そう言えば、今は8時か。休みにしては早いわね、この時間は。


「寝起きのところごめんなさいね。今日、取締組織の人たちってどれぐらいの人数動かせるかしら」


『…今日は常時待機が10人ぐらいで、自宅待機で動かせるのが15人だ。奏音さんの妹たちも今日は自宅待機のはずだが。…どうしたんだ?』


「10、15…か。なら、常時待機の半分を私が今言う場所に送って対応させてもらうことってできる?」


 脳内で計算しながら私は葵さんにそう聞く。というか、あの子たちも今日は完全な休みではないのね。でも、妹たちに頼むのは姉として少しためらうところがあるし。


 後、葵さんって結構取締組織の中だと立場上の方だよね。そこまでランク自体は高くないっぽいけど、これだから世界の実力主義は面白いんだよなぁ。


『トップに聞いてから返事をしたい。昨日の事を話してはいないからな。一度来てもらってということになるかもしれないが…』


「あ、そっか。早朝だもんね。今から本部行くなら私も行くわ。ちょっと話したいことが増えちゃったから。…良いかしら」


『分かった。じゃあ、9時に本部前集合で』


「はーい」


 電話を切って私はササっと着替えてリビングへ向かう。9時ならもう1時間もないし、本部までは走っても30分はかかるんだよね。んー、仕方ないか。おにぎり作ってもらって、準備だけサクッと済ませたら走ろう。


「…おはよう。あ、美咲が朝ごはん担当?」


「おはよう、お姉ちゃん。麗奈がまだ寝てるからね。お姉ちゃんは朝ごはんどうする?リクエストくれたらなんでも作るよ」


 リビングでは自分用の朝ごはんを作っている美咲が居た。意外と麗奈の方が朝弱くて中々起きれないんだよね。ま、私も休みの日に早起きすることは無いんだけど。


「用事が出来たから食べないかな。葵さんと一緒に取締組織の所へ行かないといけなくなっちゃって、時間無いんだよね。…美咲、おにぎり2個作っておいてくれる?具はなんでもいいから」


「…え、あ、うん。作っておくよ」


「ありがと。それじゃあ、準備してくるね」


 おにぎりを頼んで私は洗面所へ行って顔を洗う。あ、ペットボトルの飲み物って何か冷やしてあったっけ。夏だから水分無いと干されてしまう。熱中症とか脱水症状自体は何とかなるんだけど、干されたら戻らなくなっちゃうんだよね…。


「後、バッグが必要か。部屋に一度戻ろう」


 歯磨きや化粧関連のケアを済ませると、私は部屋へと戻る。


 充電したままで充電100%になったスマホをバッグに入れ、ハンカチとティッシュも仕舞う。そして、その肩掛けバッグを肩にかけてリビングへと再び行った。


「お姉ちゃん、おにぎりとお茶用意しておいたよ。…何かあったら私と麗奈は休みじゃないから、頼って」


「何を心配しているの。美咲、何かあればちゃんと連絡入れるからね。それまではゆっくりと休んでなさい。分かった?」


 準備してくれていたおにぎりとペットボトルのお茶を受け取って、バッグに仕舞う。そんな私の方をじっと見ていた美咲は、私の手を取ってそう言ってきた。


 葵さんとの昨日の会話は聞かれていないはずだけど、どこからか情報が漏れたのかな。…彼がわざわざ妹たちに話すとは思えないんだけど…。まぁ、この子たちの事だから、盗み聞きしてても何もおかしくはないか。


「うん…」


「それじゃあ、お姉ちゃんも安心できるわ。行ってくるね、留守番よろしく」


「うん…。いってらっしゃい」


 心配そうな美咲を何とか引きはがして私は家を出る。さて、走りましょうか。


 本当は移動系の能力者の協力が得られればいいけど、行き先が行き先だから頼れないのがなぁ…。だるい…。


「…能力持っていれば楽なことって本当に多いよね。ま、本気で走れば早い方だから良いか。気合い入れていこう」


 住宅街を疾走していく。私はお世辞ではないが早い方で、周りからすれば運動神経が高い方らしい。だからこそ己の身一つで戦えるけど、これ疲れるな。


 周囲を確認しつつ、住宅街の奥、郊外にある大きい建物へと向かっていく。あそこが本部だったはず。違ったら、一度葵さんに電話を入れよう。


「――お、来たか。…走ってきたのか、奏音さん」


「おはようございます、葵さん。ギリギリだったので、はい。あ、良かった。5分前には着けた…」


 息を切らしながら、私は玄関先にいる葵さんの元へと到着する。そして、息を整えた。はぁ…。久々の全力疾走は流石に疲れるわ…。


「あ、あぁ。まだ9時にはならないから休んでていい。…ところで、奏音さん。一つ聞くが、家からどれぐらいかかるんだ?」


「家からここまでは…。走って30分以上はかかりますね。今日は30分かかるかどうかのペースで来れましたけど」


「えっ…」


 好奇心で質問してきた葵さんにガチトーンで返すと、葵さんは驚いたまま固まってしまった。

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