第5話 束の間の休息
機密情報であっても、能力が使えなくなるという話を聞けたのは私にとっては嬉しいこと。とはいえ、私の調査の方に関してはこの2人は知らない。んだよね…。
となると、バレるわけにもいかないよね。仕方ない、これ以上の詮索はやめておくか。
「…まぁ、大丈夫ですよ。お姉さまですし。…ですが、しばらくは気を付けた方がいいかと。最近は動きが活発になってきてますので、夏の建国祭には大きく仕掛けてくると聞きましたから」
ちゃぶ台におかずを並べつつ、麗奈がそう言う。
建国祭って、この国一番の大広場で一週間開かれるやつだったっけ。
確かに、あの祭りは国内外から人が集まる世界最大級のお祭りとなる。となれば、能力は奪いやすいはずだよね。で、相手は魔王を復活させようとしている。…もしかして、能力のエネルギーを封印解除のエネルギーに変換してる…?
「…まさか、ね」
ごはんの準備を進めてくれる麗奈とそのお手伝いに行った美咲を見つつ、私はそうつぶやいた。
一気に繋がったことによる不安が私を襲う。ただの予想でしかないし、聞いた話も噂程度。信用できるとすれば能力をもらったというあの人の言葉だけ。
「(早めに手を打つべきか。どうするか…)」
夏の建国祭まで後2週間と少し。8月1日が開催日でそこから10日までの10日間開かれるんだっけ。今が7月の14日。…手を打つならもう動かないといけない。
「…お姉ちゃん、ご飯食べよ?眉間にしわ寄っちゃってるし」
「…え、えぇ。そうね。ご飯食べましょうか」
美咲の声に現実へと引き戻される。どうやら、凄い集中していたらしい。
まぁ、考えるのは後でもいいか。とりあえず、彼から報告が来るのを待つ方がいいもんね。調査を頼んでおいたの、頭から抜けかけていただけではあるけど。
「考え事、ですか?」
「うん。建国祭の事でちょっと。夏休みに入るし、折角なら両親とも一緒に祭り行けたらいいのにねって」
私の顔を覗き込んでそう聞いてきた麗奈に、私はさらっと考えていたこととは別の事を口にする。ま、あながち間違えではないけどね。だって家族になってからもう半年は経っているし、家族らしいことはしたいじゃん?
あの2人の忙しさは尋常じゃないため、一緒の家にいることはまずない。私たちにとってこの家が学校・勤務先に近いだけで、両親の勤務先はむしろ遠い。そのため、別々に暮らすことになっている。
「あー。そうですね。連絡に気付いてくれたらですが、可能性はあるんじゃないでしょうか。両親とのお出かけは憧れですし、私は賛成です。…美咲はどうですか?」
麗奈はテンション高めにそう言ってくる。この2人の過去は知らないけど、私が拾う頃にはもう家族がいなかったって話だもんね。やっぱり憧れるものか。
「私も賛成だよ。パパとママとしっかりお話ししたいし。お姉ちゃんは、パパたちと連絡とっているんでしょ?いいよねぇ」
「いや、連絡先登録したはずだよ…?」
美咲のうらやましそうに言うその一言に私は首を傾げた。まぁ、両親とよく連絡とるのは私だけど、別に制限とかしてないはず。というか、あなたたちは普通にスマホ持ってるでしょ。
「そうだっけ」
「美咲の場合は電話する癖が無いというだけだと思いますよ」
「…それはそれでなんか傷つくなぁ?」
美咲にそう言った麗奈は気にする素振りを見せずに、ちゃぶ台の前に腰を下ろした。
「本当の事だと思いますよ。…食べましょうか」
「そうね。いただきましょ」
「「いただきます」」
少し動揺しつつ何か言いたげな美咲をスルーして麗奈は私に向かってそう言ってくる。喋りながらでもご飯は食べられるから、私は麗奈の提案に頷き、手を合わせて食前の挨拶をした。2人も私の後に続いて挨拶をし、3人で食べ始める。
「今日は一段と静かな夕ご飯だね。こんなに落ち着けるの久々かも」
唐揚げを取りながら、美咲はそんなことを言う。そういえば、私も高校入学の手続きとか養子縁組のための手続きとかで動き回っていたから、ようやく落ち着けた気がする。
「確かにそうですね。最近は日をまたいでも終わらない仕事ばかりでしたし、お姉さまとゆっくり食卓を囲むことも減っていましたから」
「そういえば、帰り遅い時多かったよね」
「だって争いが絶えないんだもん。おかげで、給料はおいしいけどさ。大変なことには変わらないし、後始末にも時間かかるからやめてほしいんだよね」
美咲の言葉に頷き、麗奈は寂しそうにそう言った。日付変わるころに帰ってくる時とか結構イライラしていた記憶があるな。甘いものとか渡したもんね。機嫌取りのためにやってたけど、美咲たちも私には当たらない様に気を付けてたのかな。
まぁ、取締組織が厳重注意とか警戒していても、今日のような出来事は尽きない。ショッピングモールでの事件とか、珍しいことではないからね。…あそこまでの被害は中々無いけど。
「夏場とか特に大変そうだなって思うわ。今とか、昼間暑くて嫌になるでしょ」
「これから真夏に入った後が一番大変かな。平均25度越えとかになると、もう何もしたくなくなる。動いて止めに行って後始末に引き渡しに…って、手が回らないんだよー。嫌になる」
まぁ、忙しさで言えばこの文句が出てても何も言えない。それに、実働部隊って確かランクに合わせて人数とか変わっているって聞いた。この2人は単独でSランクだから、本来はソロで動くことが想定されているはず。一応双子の息の合いを見て、ペアで動いているらしいけど。
「相手との意思疎通が上手くいかないこともザラにあるので、尚更いらだつこともありますね。暑いのももちろん嫌ですが。汗ばんで仕方ないですし、炎天下だと熱中症予防にも気を使わないといけないですから。後、日焼け対策も」
「こうやって聞いてると、なんていうかやりがいはあるだけの仕事ね」
仕事に見合った報酬はあっても、結果はついてこないでしょう。そこに仕事仲間に関するいら立ちとか、季節によっては辛いわけで。かわいそうとしか言いようが無いんだけど。
「言い返せないなぁ。実際その通りが過ぎるし。まぁ、お金はおいしいし、才能を買われて入ってるから文句は言わないよ」
「それもそうか」
おかずの無言の取り合いをしつつ、私は美咲の話に短くそう答える。そして、一つ残った唐揚げは麗奈が口に運んだ。
「「あっ」」
私と美咲はそう反応をする。モグモグと唐揚げを食べた麗奈は、そのお皿と私たちを交互に見てニコッと笑った。
「早い者勝ち、ですよね」
そう言った麗奈に、私たちは顔を見合わせる。そして、一緒に笑う。
しばらく3人で笑った後、私が口を開いた。
「もう…。本当に私たちは食い意地張ってるわね。…あっ。今日は私がお皿洗っておくから、2人とも先に銭湯行く準備しておいてくれない?」
「分かったー」
食べ終わったお皿と茶碗を持って立ち上がり、私は水道のシンクへお皿を運ぶ。
そして、私の頼みを聞いた麗奈と美咲はそれぞれ自室へと歩いて行った。
「…とりあえず、親に連絡入れておくか」
スマホで電話を掛けつつ、それをスピーカーにして横に置く。そして、3人分の食器を洗いながら、私は母であるアルに2人の提案を伝える。
「もしもし、お母さん」
『どうしたの、奏音。あ、お金足りなかった?もう少し入れておこうか』
「あー、いや。そう言うことじゃなくて、今年の建国祭を妹たちがお母さんたちと見たいって言ってて。仕事の調整もあるだろうから、今電話入れたってところ」
お母さんと呼ぶことで、家族がいるところで電話してることをアルに伝え、私は少しくすぐったく感じる心を抑える。
『なるほどね。建国祭は行きたいって話してたから、大丈夫だと思う。行ける日が決まったらこっちから電話するわ』
少しも考える素振りを見せず、アルはそう答えた。2人でそう話しているって、ちゃんと家族としての気遣いができるんじゃん。余計な気回しは必要なかったかな。
そんなことを思いつつ、私はお皿を洗い終え、電話を切ってスマホをポケットにしまう。
「…お母さんたちがいるなら、少しは羽が伸ばせるかな」
ぼそっとそうつぶやき、私は自分の部屋へと早足で向かう。妹たちはまだ部屋から出てきていないけど、銭湯へ行くから私も早く準備を済ませないといけないよね。
嫌な予感はしたままだけど、束の間のこの休息を私は堪能したいし。今だけでも、のんびりしておきたい。
「…あ、お姉ちゃん。シャンプーと石鹸、私が持っておいてもいい?」
部屋に入る前に、私は美咲にそう聞かれる。
「良いよ。あ、もしかして2人とも準備終わってる?」
お風呂場から桶とシャンプーたちを抱えて出てきた美咲にそう答え、ふと心配になって私はそう聞く。
「麗奈が今お姉ちゃんの分の準備してくれてるよ。私たちはもう準備終わってる。袋にまとめて、玄関先に置いてあるからね」
美咲はさほど気にする様子を見せず、私の質問に対してそう答えてくれた。
電話したり、お皿洗いしたりしている私に気を使って用意しようって考えになったんだろう。
「分かった。麗奈のところに行くわ」
「うん。私は玄関先で待ってるねー」
お風呂場から私の部屋までは、お風呂場と玄関の間にある階段を上がってすぐのところ。ちなみになんだけど、私たちが住んでいるところは地味に広かったりする。
「――麗奈、準備ありがとう」
階段を上がり、開きっぱなしになっているドアから麗奈がいることを確認する。そして、準備してくれていた麗奈に、背中から声を掛けた。
「はい。これで大丈夫か確認してください、お姉様」
私の声掛けに反応して、麗奈は私の方を振り向く。そして、まとめてくれた荷物を渡してくれた。
私はそれを無言で受け取り、サラッと確認する。
「うん。大丈夫。ありがと、麗奈。…美咲が玄関で待ってるって言ってたし、行こうか」
確認を終え、その荷物を手に持つ。そして、麗奈にそう言った。
「良かったです。お姉さまと銭湯…ふふっ」
「行くよ」
麗奈が何かを想像したのかくすっと笑みをこぼした。そんな麗奈の動きに少し引きつつ、スルーして2人で階段を下りる。
麗奈は真面目でしっかり者ではあるけど、時々狂ったかのように私のお世話をしようとしたりする。だから、多分今もそのことで想像してにやけてるんだと思うけど…。普通に怖いわ。
「…あ、来たね。ところで、一つ聞くんだけど。鍵って誰か持ってる?」
「鍵なら私が持ってるから大丈夫だよ。行こうか、銭湯に」
玄関先に行くと、ずっと待っていてくれた美咲がそう私たちに聞いてくる。
家の鍵は基本的に靴箱の上に置いておいて、家の戸締りをする人が鍵を持つルールを作ってある。で、鍵がいつもの場所に無いらしい。…まぁ、出るの分かっていたから私が持っていたんだけどね。
「あー、良かった」
3人で外に出て、私は玄関の鍵を閉めた。まだ日が落ちきる前で少し明るい外を、ゆっくりと歩いて銭湯へと向かう。
「この時間気持ちいいー」
ググっと伸びをして、私はそう言う。家から銭湯まではおよそ20分かかるから、結構歩くは歩くかな。でも、その分夕方の空気は涼しくてちょうどいいんだよね。
この時期は昼間に散歩するぐらいなら、こうやって夕方のタイミングが一番いいと思う。…虫に食われることを考慮しないなら、だけど。
「ですね。銭湯行った後も、あまり汗かかなくて済みますし」
「だよねー」
私の言葉に同感してくれる麗奈は、凄いさわやかな笑みを浮かべている。
「でもさー、今だけって感じするんだよね。何だろう…」
のんびりとした雰囲気にいきなり美咲が爆弾を落とす。
麗奈は笑みを消して真顔になった後、私の方を見て少し困った表情をした。…あれ、何か知っているのかな?…んまぁ、夏の建国祭には何かがあるだろうし、祭りを純粋に楽しみにすることはできないけど。
「…。分かりますけど、今は気にしない方が良いですよ。美咲は特にそのことに最近は捉えられてる感じがするので、心配です」
「あはは…。そうかもね。最近忙しかったし、なおさら心配性になっているかも」
「そうですよ」
美咲と麗奈のそんなやり取りを私は無言で聞く。特に口をわざわざはさむ内容ではないし、2人には2人の仕事関連の話もあるしね。ま、私の前でも気にせず話してるけど、いつも。
さて、そんなこんなで銭湯へ到着した。駐車場には車が止まっていって、かなり繁盛している。…あれ、いつもこんなに人いたっけ。
「にしても、にぎやかだねー。そろそろ観光客が増えてくる時期になってるし、銭湯は有名だもんね。ね、お姉ちゃん」
「あー、うん。そうだね」
この景色をうまく呑み込めずにいると、美咲にそう言われる。
あ、そっか。祭りの2週間前ぐらいからホテルの部屋埋まったりしているって話が去年あったなぁ。去年は来なかったけど、銭湯も人気なんだね。
「知らなかったような反応ですけど…」
「…うーん、興味あんまり無いからね。銭湯自体は好きだけど、人気かどうかとかまでは考えることが無いというか…」
麗奈に突っ込まれて、私はさらっと避けるようにそう言い訳をする。
実際の所は記憶が安定していないだけなんだけど。…流石に心配されるから言っていないため誰もこのことは知らない。
「それよりも早く行こうよ、ゆっくり浸かりたいしさ」
「それもそうね。入ろうか。…あ、お財布どっちか持ってる?」
美咲に言われて入ろうとしたタイミングで、私は自分のポケットを触ってお財布が無いことに気付く。銭湯は一人300円で入れるから、1000円あればよかったんだけど、残念ながら1円も持ってきていないらしい。何やってんだか。
「私が持っているので、行きましょう」
すっとポケットからお財布を取り出し、麗奈がそう言ってくれた。美咲は身動きを取らないところから、完全に麗奈に任せていたのかな。
「ありがとうね、麗奈」
「いえ、払っちゃいますね」
建物に入って受付に支払いに行く麗奈。そんな麗奈を待とうと、私と美咲は入り口のロビーに置いてあるソファーに腰かけようとする。その時、私と美咲は見たことのある顔と出会った。
「…あ、葵さん。銭湯、来るんですね」
見たことある顔は、2人の上司、草場葵さんだった。そんな葵さんは、ソファーに座ってのんびりとコーヒー牛乳を飲んでいる。確かに、お風呂上りはコーヒー牛乳だよねー。じゃない。
「それはこっちのセリフだがな。お前たちも来ることがあるのか。それも、こんな時期に」
「…混雑していたのは予想外だったけど。普通に銭湯は来るわよ。で、そっちはもう帰るところ?」
「あぁ、そうだな。お前たちはこれからか?」
葵さんの座っている横に腰かけて、私はそんな話を葵さんとする。
「えぇ、そうね」
「そうか。じゃあ、出た後にこの場所で待ち合わせできるか?」
私がこれからだと伝えると、葵さんはポケットから出したメモ帳に店の名前を書き、それを私に渡してきた。
待ち合わせ、ね…。
「まぁ、良いけれど。何の用事かしら?」
「…ここで話せないものだと思ってくれたらいい」
メモ帳をすっと仕舞い、葵さんに用事の内容を聞く。しかし、葵さんは濁してくる。となると、国家レベルの機密情報か。
「ふぅん…。分かったわ、行くわよ。妹たちと一緒に」
「いや一人で来てくれた方が嬉しい。お前も隠していることがあるだろうし」
「へぇ。気を使ってくれているわけね」
スッと立ち上がった葵さんにそう言うと、葵さんから一人という要求が出された。一人…ね。
となってくると、また別問題になるなぁ?後、隠していることってわざわざ言う必要があるとすれば、葵さんは何か勘付いているのか…。
とはいえ、その気遣いには普通にありがたいと感じるし、言葉に甘えましょうかね。
「それなら、一人で行かせてもらうわ。…麗奈が来たから私たちは行くわね」
「あぁ、また後で。麗奈と美咲はゆっくりと浸かってこい。疲れ、溜まってるだろう」
「ありがとうございます」
受付から歩いてきた麗奈を見て、私たちは葵さんと別れる。私はまた後で会うけどね。
「…むー。お姉ちゃんは甘いよー。なんで首縦に振るかなぁ」
女湯の方へと歩きながら、美咲が私に抗議をしてきた。口を挟んでこなかったから問題ないと思っていたけど、そんなことはなかったらしい。
麗奈がそんな美咲をなだめようとしているけど、本人もどこか思うところはあるだろうね。
「…美咲、落ち着いてください。気持ちは分かりますが、私たち妹のためにと言って拘束されるお姉さまは見たくありませんよ」
かっこいい発言を麗奈がする。うんうん、さすができた妹だよ。姉として誇らしい。
「だとしても相手が相手だよ…。でも、行くんだよね?お姉ちゃんは」
「えぇ、そのつもりよ。後、そんなに騒ぐと目立つわよ、お2人さん」
女湯の脱衣所のドアを開けつつ、私は2人に向かって少し呆れた声でそう言った。
「あ、ごめん。また、明日にでも話聞かせてよ」
「話せる内容ならね。葵さんがあなたたちに隠そうとしているなら、話すことは無いけどね」
「それでいいや。…ササっと入ろう、お姉ちゃんたち」
「えぇ」
美咲はまだ納得できていないようだったけど、それでもこれ以上はここで話せるものではないと判断して黙ってくれた。
そして、私たちは残り時間少ないこの休息を楽しみに、温泉に浸かりに行った。
ー2時間後ー
「…。(ここか)」
私は温泉にゆっくり浸かった後妹たちと別れ、葵さんに指定された飲み屋、バーへとやってきていた。
「――いらっしゃい。もしかして、待ち合わせかしら。…って言っても一人しかいないけどね」
「あ、はい。そうです」
大人なお店の雰囲気に少し足がすくみつつ、私は店員さんの案内で葵さんのいる席に向かう。
お店の中は静かで、小さくかかっているBGMが良い味を出している。こんなにいいお店なのに一人しかいないのは、葵さんが何か手を回しているんだろうか。
「…案内ご苦労さん」
「いえ。それじゃあ私はここで。何か欲しいものがあったら是非注文してね、お嬢ちゃん。もちろん、葵さんのおごりでね」
葵さんの向かい側に腰かけると、店員さんがそう言って私にウインクしてきた。凄く、引き込まれる笑顔と共に。
「ありがとうございます」
「…元々おごる予定でここに呼んだんだけどな」
去っていく店員さんにお礼を言うと、葵さんが不機嫌な顔と声でそんな言葉をこぼす。…優しいもんね、絶対正面切って言うことは無いけど。
さて、今の時刻は夜8時過ぎ。明日って休みだったっけか。あ、今日一応金曜日だわ。なら、のんびりできるかな。
「なら、早速注文しようかな。何があるの、葵さん」
「これがメニュー表だ。つまみや普通にうまい軽食と、ノンアルコールやジュースがある。好きなのを選べ」
「ふむふむ」
葵さんからメニュー表を受け取り、開く。
お酒のメニューページの次に、おつまみ。その次にはジュースがあって、軽食が並んでいる。しかも、デザートまであるらしい。…あれ、バーってこんな感じだったっけ。
「…うーん。あ、麦茶がある」
「麦茶にするか?俺はコーラだが」
「いや、こんな夜だし、もう夕飯食べ終わっているから麦茶で良いかな」
コーラ…。えぇ…って思ったけど、葵さんなりにお酒を飲まない様にしていたのかもしれない。私が来る前からここに居るのに、説明のために飲んでいない、とかね。
「それじゃあ、頼むか」
注文が確定して、呼び出しのベルで店員さんを呼ぶ。ベルの呼び出しにすぐ反応して、店員さんがやってきて注文を取ってくれた。
「麦茶とちょっとしたおすすめのつまみを、ね。分かったわ、夜にでも食べられるものを持ってきてあげる。あ、あんたの分はいつもので良いかな」
「あぁ、大丈夫だ」
「ふふっ、了解。すぐ用意してくるわね」
手慣れた感じで注文をしてくれる葵さんは、どこか大人って感じがする。それも、優雅なタイプの。普段の性格が終わっていなければ惚れていたかもなぁ。…性格さえ、ちゃんとしていればね。
「…ん?わ、私おつまみ無くてもいいんだけど…」
「折角だし、食べなきゃ損だぞ。第一、学生が来れるような店じゃないしな」
「…いや、まぁ。それはそうなんだけどさ…」
正論をぶつけてくる葵さんに私は反論できずに言葉を濁した。
分かってはいるし、こんな機会は高校卒業しないと来ないのは理解している。未成年飲酒禁止で、たしか20歳以上にならないと飲んじゃいけないんだよね。…大学だと先輩が新入生に飲ませる文化があるらしいけど、聞いただけで実際に見たことはない。
法律って変なところで機能したままなんだよねぇ…。全く…。
「というか、葵さんはお酒飲まなくていいの?」
「話が終われば飲むぞ。これでも、酒は好きな方だからな」
ふと気になって聞くと、葵さんからそんな答えが返ってくる。年齢的にはまだまだ若いって感じだけど、意外と飲む方なのか。
「…お待たせしたわね。はい、麦茶を2杯。で、今回は2人分作ってきたから。キャベツときゅうりの塩漬け、夏場にぴったりでしょ」
スッとやってきた店員さんは、私たちの前にそれぞれ置いてくれる。どうやら、私の分のおかずも作ってくれたらしく、シンプルながらに綺麗に盛られたキャベツときゅうりの塩漬けを私と葵さんの前に小さい器を置いてくれた。
「すごく美味しそうだな。というか、初めて見るんだが…」
「えぇ。夏を乗り越えれるように開発しているメニューよ。折角だしと思って作ってきたの。是非、感想聞かせてくれると嬉しいわ」
店員さんはそう言って、葵さんと私ににこっと笑いかけた。へぇ、開発している奴なんだ。
「で、開発中ということもあるので、お嬢さんの分は代金取らないからね。…あんたの方は支払ってもらうけど」
「いや、それは当然だ。材料費の問題もあるしな。食べたら感想伝えるよ」
「ありがとうね。それじゃあ、ゆっくりしていってね」
葵さんのかっこいい一言に動揺することもなく、ただ感謝だけ伝えてまたカウンターの方へと戻っていった。
ここのお店ではきっとよくあるやり取りではあるんだろうけど、やばいかも。葵さんがめちゃくちゃかっこいい大人の人に見えて仕方ないんだけど。
「…じゃあ、飲み物と食い物もあることだし、本題に入るとするか」
「あら、本当に話すことがあったのね。ただただこんなおしゃれな店に呼ばれたのかと思ったんだけど」
「未成年を呼ぶわけないだろ。…ごほんっ」
葵さんを少しからかうものの、そんな私の言葉を軽くあしらい、葵さんが咳払いをする。
雰囲気が一気に変わり、真面目な話なんだろうと私は姿勢を正した。
「…奏音さんを呼んだのは、俺たちの仕事への協力要請だ」
真面目な表情の葵さんから、そんな言葉が出てきて私は一瞬その言葉を飲み込めず、動揺してしまう。
「…え。えぇ…?な、何言ってるのよ?」
思わず机に乗り出して私は葵さんにそう言っていた。私は一般高校生と言うにはおかしいぐらいに取締組織と関わりがあったりはするけど…。流石に、協力は…。
「まぁ、普通はそうなるよな。俺たち取締組織は外部から人を入れて仕事をすることはまずない。…今回は異例の要請となる」
うんうん。そのぐらい秘密裏に動いている組織であることは世間の常識。
…動揺しているよりかは、まずは話聞いた方がいいか。わざわざ私を個人で呼んだってことは妹たちとは別件の仕事ってことだろうし。
「そうなるわよね。…で、内容は何なのかしら」
「結構早く飲み込んだな」
「まぁね。結局のところ話は聞かなきゃいけないだろうし」
未だに飲み込めてはいないけど。とは言わず、私は目線で葵さんに話を促す。
「…そうか。じゃあ、話すぞ」
すっと資料を取り出した葵さんはその資料を私の前に置き、話し始めた。
「奏音さんは最近の裏社会の組織が騒がしくなっていっていることについて知っているか?」
「把握は一応しているわね。妹たちから聞けることは聞いているし。…後は、裏組織の騒ぎに巻き込まれることも多々あるおかげでね…」
葵さんの質問にスッと視線をそらし、私はそう答えた。そうですね、知らない方がおかしいレベルで巻き込まれてますからね、私は。
「そうだろうな。で、これから先建国祭に向けてどんどん活動がヒートアップしていくことが予想されている。となってくると、対応が間に合わなくなっていく可能性が高いんだ」
「はいはい。それはそうなるでしょうね」
これは口止めされた噂の話に繋がっている感じかな。
なら、頼まれる内容が分かったかもしれないわね。指定依頼か、秘密の協力要請かはまだ分からないけれど。
「そこで、奏音さんへの協力要請だ。表立ってできるものではないし、お前にも偶然だと言わなければいけないような事情があるだろう。だが、俺達には今お前の"偶然"が必要なんだ」
あー、なるほど。そう言うことね。
本当に、束の間の休息だったなぁ…。なんて、私は葵さんの話を聞きながらぼんやりとそんなことを考えるのであった。
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