第4話 妹side


 私は家族が大好きだった。

 退魔師という立派な仕事をしている両親。優しくて頼りになる兄。

 どこにでもいる普通の家族が、私には誇りだった。

 いつか両親と同じような退魔師になるのだと信じて疑わなかった。

 だけど、いつからだろう。

 兄を疎ましく思うようになったのは。

 

 歳を重ねる内に、兄は性格が暗くなり、所謂陰キャになっていた。

 友達と遊ぶこともせず、部屋でアニメやラノベに没頭するようになっていた。

 私は、陰キャになった兄が恥ずかしい存在になっていた。他の子の兄や姉はスポーツをしたり、オシャレだったり、キラキラしているのに、退魔師になろうともしない兄が許せなかった。たかが、イジメられた程度で卑屈になんてなってるんじゃないわよ。

 

 恥ずかしいから友達に紹介も出来ない。

 恥ずかしいからもっとちゃんとして欲しい。

 ちゃんとして欲しいから口を悪くして注意した。


 そんな効果があったのか、ある日を境に兄は変わった。

 あれほど嫌がっていた退魔師になると言ったのだ。

 髪を切り、アニメグッズを売って、明るくなった兄に私は喜んだ。

 ようやく私の言葉が届いたのだと、これで理想の家族になれるのだと。

 その時の私は、能天気にもそんなことを思っていた。


 兄から前世について教えて貰った時、一瞬だけどアニメの影響を受けたのかと考えた。

 だが、そう語る兄の表情は真剣で、悪魔が話していた内容とも一致していた。

 

『だから、正確に言えば、以前の俺と今の俺は違うんだ』


 少し悲しそうに、怖がるようにそう言った兄。

 関係ない。以前の陰キャな兄より、今の兄のほうが断然いいに決まっている。気にする必要がどこにあるのだろうか。

 私と同じ気持ちだったのか、両親は笑いかける。


『お兄ちゃんはずっと私のお兄ちゃんだよ』


 中身が違おうとも関係ない。

 私の兄は、今の兄だ。自慢できる、立派な兄だ。

 この時の私は、そう信じて疑わなかった。



☆☆☆☆☆☆



 ガタガタ、と体が震える。

 ベッドから起き上がる気がしないで、私は布団の中で丸くなっていた。

 バカだった。愚かだった。何も考えていなかった。

 私がこれまでしてきたことがこの事態を招いた。

 憎悪に満ちた顔、怒りに燃える言葉、ゴミを見るような眼。

 向けられる悪意は、年月の長さを感じさせた。


『何を今更妹ぶってんだ? 優しくて、陽キャな兄のほうが良かったんだろ。陰キャな兄貴が死んで嬉しかったんだろ。だったら、素直に喜べよ』


 そこにいたのは、以前の兄ではなかった。

 外見だけでなく、中身も変わってしまった実の兄。

 圧倒的な力で、『兄』を倒してしまった。父の攻撃も、母の攻撃も、全てが通じなかった。

 私は、ようやく理解した。

 どんなに優れた異能を持っても、どんなに懸命に努力しても、どんなに才能に溢れていようとも。

 

 圧倒的な力の前では、全て無意味である。


 殺意と悪意を見た。悪魔が人を襲う時に見せるものとは違う、純度の高い負の感情。

 殺される。殺されてしまう。

 あの場にいたから分かる。兄は、人を殺すのに躊躇いがない。ラファエルがいなければ『兄』はもう死んでいたのだ。

 『兄』を殺した後は一体どうするか? 簡単だ、次の標的は私たちになる。

 実の息子を捨てた親。実の兄を罵倒していた妹。

 憎しみを抱くには、十分すぎる動機を私たちは作ってしまったのだ。


「嫌だ、死にたくない……!!」


 誰だって自分の命が大事だ。他人のために命を懸けられるのは少数の人間だけだ。

 あれほど退魔師になるのだと公言していたのに、私はもう退魔師になるなんて考えを放棄した。普通に生きて、普通に結婚して、普通に過ごす。それがどれだけ尊いものなのか、遅すぎる理解だった。


「助けて……お兄ちゃん……っ」


 無意味な行為だ。

 迷子になった私を見つけてくれた優しい兄はもういない。

 他の誰でもない、私が兄を変えてしまったのだから。

 

「ごめん、なさい……」


 もっと早く、そう言っていれば。

 もっと早く、謝罪を口にしていれば。

 少なくとも兄は、優しいままだったに違いない。

 

 それから暫く、私が部屋から出ることはなかった。



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悪役キャラになっていたが努力して破滅を回避します。――ふざけるな 九芽作夜 @nsm1016k

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