第18話再び畑へ

 あの会議から一夜明け、呂望リョボウは、再び畑へと足を運んでいた。


 足を運ぶと言っても、この間と同じように、草が生い茂る丘から眺めているだけである。


 それでも、忙しそうにしながらも畑の中を楽しく走り回る呂尚ロショウの姿に、心が癒された。


(こんな光景があってもいいと思う……)


 殺伐とした世の中だからこそ、ほんの一時ヒトトキでもいいから、子供達が笑っている光景があってほしい。


 それを彼と共に作ることが出来たら……


 呂望リョボウはいつしか立派な作物から垣間見えた呂尚ロショウと一日でも早く会話してみたいと願うようになっていた。


「おや、何処にいるかと思えば、こんなところに」

「おぬしは……」


 突然声をかけられた呂望リョボウは、咄嗟に名前を思い出せず、不快な表情を見せる。


「お忘れですか?

私、昨日の会議に出席しておりましたが?」


 スラリとした体格の男性は、丁寧な言葉の中に、少々嫌味な感情を忍ばせて言った。


「冗談だ、南宮括ナンキュウカツであろう?」


 ニヤリと笑い、呂望リョボウは彼の嫌味を上手く躱し

「何をしに来たのだ?」

と、短く問う。


「理由は特にないのですが……」


宮括キュウカツも、呂望リョボウの問いに答えを一瞬誤魔化してから、再び口を開いた。


「軍師様が気になっておられる少年を見てみたいと思いました」

「そうか」


“軍師様は止めろ”と瞳で訴えながら、呂望リョボウは素っ気ない返事をして

「ほれ、あそこで粟の生育を確かめておるのが、例の少年だ」

と、指で指し示す。


「ほう……」


 そんな感嘆の声をあげた宮括キュウカツは、暫くの間ジッと少年を見つめていた。


 遠くからでは呂望リョボウと容姿が似ているのか、よく分からない。


 だが、一つでも見つけられれば、彼にとって安心材料になるのであろう。


 呂望リョボウもまた、そのうちの一人である。


 西岐サイキ城へ軍師である自分の身代わりとして、呂尚ショウネンを招き入れようと考えているのだ。


 当然、一瞬でも出会った人が呂望リョボウと見間違ってもらわねば、話にならない。


 ただ、呂望リョボウにはもう一つ個人的に彼を選んだ理由があった。


 それは彼が呂望リョボウと同族であるということだ。


 幼い頃に雲水の口から、“宝鶏ホウケイという地域にも、呂望リョボウと同じ羌族キョウゾクがいる”と、聞いたことがあるのを、最近思い出したからである。


 もし少年が同族なら、詳しいことを沢山訊ねてみたい……


 今まで何処で何をしてきたのか。

 その場所は彼にとって生き易かったのか。

 親や親族は生きているのかなど……

 彼のことを考えると、次々と質問が沸いてくる。

 それは止めようにも止められない思考であった。


 だが、それを止めたのは

「軍師様?」

という、宮括キュウカツの困惑した呼び声であった。


 ハタと気付いた呂望リョボウは、不安な瞳を向けている宮括キュウカツをジッと見つめ返し

「おぬしはスリムに見えて、実は筋肉質だな」

と、場違いな台詞を口にする。


「何を仰っております、軍師様?」


 そんな言葉をかけた宮括キュウカツの顔は、心無しか引き吊っているように見えた。


「まだ……会ってはならぬのか?」

「そうではないと思いますが、他の仲間達の協力を求めている以上、結果を待った方が宜しいのではないかと」

「……ああ、そうだな」


 呂望リョボウ宮括キュウカツの説得に静かに頷く。


 彼の言う通り、昨日姫旦キタンが会議を一時中断してまで、少年ロショウを城に連れてくる計画に参加するよう呼びかけてくれたのだ。


 その優しさを無駄にしてはならないと、改めて考え直した呂望リョボウ


「そうなれば、今はここにいても仕方がない」


“城へ戻るぞ”と、声をかけた呂望リョボウは、何事もなかったかのように歩き出す。


 平和な時間を象徴したような少年ロショウの笑い声に背中を押された宮括キュウカツも、一瞬畑に諦めの眼を向けてから、先を行く呂望リョボウを追いかけた。


“願わくは、あの天まで明るく響く笑い声が、いつまでも続きますように”


 二人は見えぬ神にそう願いながら、城へ続く道を歩いていく。


 この後、不思議なことに話がトントン拍子に進むことなど知らずに……


 

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風の色 淡雪 @AwaYuKI193RY

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