第17話第上の空

 それからの呂望リョボウは、何処かおかしかった。


“服装が”とか“髪型が”とか、瞳に映る容姿の何処かが違うということではない。


 いつになく上の空で、瞳の動きをさり気なく見ていても、定まっていないことが良く分かった。


 この姿を見た殆どの者は、内心不思議に思っているであろうが、呂望リョボウの真正面に座る姫旦キタンだけは、何故か落ち着いている。


“今は会議中ですよ”とでも言えば、ことは済むのだが、呂望カレは元々器用なのだろうか、誰かが発言をすれば、それに反応してコクリと頷くのであった。


 それ故端から見ていると、真剣に聞いているとしか思われないのである。

 彼が今行われている軍事会議の内容とは全く違うことを考えていることなど知らない彼等グンジン達は、サクサクと話を進めていく。


 そんな呂望リョボウ彼等グンジンの間に挟まれている姫旦キタンが、音を立てて立ち上がった。


 呂望リョボウ姫旦キタンの行動をチラッと見ただけで再び事前に配られていた資料へと瞳を移す。


 その態度に姫旦キタンは一瞬ムッときたものの、上手く感情を抑え、ゆっくりと口を開いた。


「皆さん、申し訳ありませんが、一端この議論を終わらせ、別の審議に入りたいと思」

姫旦キタン様、もう少しで意見が纏まるのに、中断するとは一体どういうことですか?」


 兵士の代表の一人が、間髪入れずに反対意見を唱える。


 それに合わせて、他の参加者の一部が声を上げ始めた。


 しかし、姫旦キタンは既にこうなると予想していたようで……


「敵を打ち砕く作戦会議も大切だが、その前にもっと大切なことを決めなくてはならない」

「大切な事……とは?」

「それは、軍師がいなくなった城をどうするかだ」

「それなら、兵士の中の熟練した者達が」

「指揮者がいなくても、作戦通りに動けるのか?」


 姫旦キタンの厳しい問いかけに、一堂はピタリと文句を止めた。


 確かに普段しっかりとした訓練を行っていたにしても、いざ戦いとなれば一対一でもない限り、指揮を執る人間が必要となる。


 軍師を担う呂望リョボウも遠征に行く姫旦キタンに同行することぐらい目に見えているのだ。


 この際早めに彼の代行者を決めておくのもいいでは……


 会議に出席した者達が、淡々と説明し続ける声に、段々と耳を傾け始めた時。


 今の今まで空を仰いでいるような態度だった呂望キタンの瞳に小さな輝きが現れ始めた。


 その姿をの当たりにした姫旦キタンは、誰にも気付かれぬようにコクリと頷き、話を先に進める。


 それと同時に一人の兵が、声を上げずに手を上げた。


 どうやら質問があるようだ。


「あの、そこにおられる軍師様の身代わりとなる人物は、もう既にお決まりですか?」


“それとも……”と、言葉を濁して、その青年は困惑した表情を、先程から黙っている呂望リョボウへと向ける。


 その視線に気付いた呂望リョボウは、一瞬考えた後、今にも腰を降ろそうとした姫旦キタンに瞳を向ける。


 姫旦キタンは彼の視線を無視しようとしたが、しっかりと視線が合ってしまった為に、その場から逃げたくても逃げきれず……


“やれやれ”という言葉を、態度で示しながら、姫旦キタンはもう一度立ち上がる。


「その件に関しては、既に決まっているということだけ伝えておく」

「決まっているなら、教えて頂いても」

「今はまだそこまで開示する時期ではない」

「……」


 姫旦キタンの強気な発言に、食い下がった青年は、苦虫を噛みしめたように一瞬表情カオを歪ませ、席に着いた。


 事が収まり、中断されていた会議が進み始めた頃。呂望リョボウはその会議に参加しつつ、畑で見かけた少年を連れてくる手立てを考え始めた。



 

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