自由帳
文房具屋で小学3年生を迎えた息子の買い物に付き合った昨日。普段安物のB6サイズノートを手帳代わりに使っている私は、自分の為に新品を一つカゴに入れた。
家に帰ってからよくそれを見ると、普段使っている水色と違うグレーの表紙で、その中身は白無地だった。
「ああ、しまった」
我ながら字が汚いという自負があって、罫線が無いと困るし時間を書くためのスペースも区切りにくい。
結局たいした値段でも無いので日記に回す事にしたのだが、これがどうにも難しい。業務内容の箇条書きは勤怠表の様相を呈し、かといって普段の内容などは食事や好きな音楽でパッとしない。偶に映画を見てもその文量を書く気になれない。
一度でも開いてみると、何から始めればいいのか分からなくなるのだ。
最初の文字の大きさが漢字かひらがなで微妙に変わったり、一行書いて妙な部分で折り返す文末の「した。」などが次の行頭に無様に残ったりする。後に連結させても話題が切り替われば一行開けるしかなく、横書きだと妙に余白が浮き彫りにされている感覚になる。かといって縦書きなら英語が書きづらい。
自由には文脈が必要なのだ。自由を受け止めてくれる仕切りが必要なのだ。
今日も私はリビングの端で白無地ノートに格闘しながら、ちら見程度に息子の勉強を見守っていた時のこと。
机には色んな教科書が見境無く広げられ、手元で動いているのは白無地のノート。その名前は自由帳だ。
「優真。それ本当に分かってるのか?」
うん、と息子は手を止めずに内容を書き殴る。国語は縦書き、算数は横書き、社会は単語だけ、理科は図を懸命に写し取る。
それらがごちゃ混ぜになった教科書の闇鍋を前に、私は息子に聞いた。
「どうやって書いてるんだ?」
「え?……こうやって?」優真は自由帳を指さす。
「それに何か法則、ルールはあるのか?」
「ないよ」
優真は下唇で上唇を押し上げ、ムッとした表情になる。私だって子供の頃親がいながらの勉強は嫌いだった。これ以上刺激させたらマズいと思って遠ざかる。
離れる私に息子が言葉を投げた。
「ダメだよ。どうやるのかって聞いちゃ」
そして机の方を向き直ってまた手を動かし始めた。少し離れて見る机の上はやはり親の目線では完全にとっ散らかっている。
それは自由を求める事と迷子の足取りの境界線だった。
どうやら私に足りないのは迷子を迷子と認めないプライドの話のようだ。
短編、掌編集 式根風座 @Fuuza_Readsy
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