喜捨

 男には趣味が無かった。何を買っても自分にはハマらず、休日だって出かける事は無い。強いて言えば食べて寝ることばかりしていたが、それにしても食べ続ける、寝続ける事はある日を境に拷問に変わったりする。鉛のような重りが腹の中である状態で食べたり、身体に熱の籠もった状態で強引に目を閉じて眠れる事を祈り続けるような毎日だ。

 男が目を覚ますと今日も大量のゴミがある。平日の朝5時、一般ゴミの日だ。寝返りを打っても右にも左にもあるので男は怒った。

 「ただ生きるだけなのにどうしてやる事がこんなに多いんだ!」

 男は何も考えたくなかった。思考は必ず悪い方向に傾くし、事実その通りになる。しかし何も考えなくても勝手に生まれるこのゴミという物はあるだけで思考を埋め尽くしていく。怒りの収まらないまま集積所との間を三往復し、なんとか全てを捨てきった。30分以上経過していたが、その甲斐はあった。

 「ざまあみろ」

 テレビを付けても朝はニュースばかり。夜に見ても最近のドラマや映画は妙に人を考えさせる。結局テレビを消して男は朝食を食べ始めた。

 どうしても考えたくないのだが、同時に男は今朝の気分が良いことに気が付いた。

 映画やドラマを見ることに比べて、ゴミは捨てるだけで征服感が得られる。しかも的は勝手に湧いて出てくるから困らないではないか。

 そこまで考えてしまうと男はいっそゴミを捨てる事を趣味にしてしまおうと考えたのだった。

 それ以来、男は傍目から見ればゴミを残さない人間になった。

 出勤途中のペットボトルは必ず鞄の中に入れて持ち帰り、わざわざプラゴミの日に自分の家から捨てる。資源ゴミの日も埃を被った漫画などを思い切って捨ててしまえば、数年来の便秘から解き放たれたような解放感に満ち足りた。

 家の中がどんどんと空っぽに近づいていき、寝ることも好きになった。夜寝る前にゴミの日を確認して、その時用のゴミを仕立てる。翌朝になれば散歩も兼ねてゴミを捨てに行き、必ず自販機やコンビニでペットボトル飲料を買って帰る。

 悩みがあるとすれば資源ゴミの日だった。一般ゴミとプラゴミは日々の食生活で自然と溜まるとはいえ、資源ゴミはそうはいかない。いろいろ考えた末、男は古本屋で叩き売りされている本を手当たり次第に買う事にした。もちろん本を読む、考える事なんて御免であり、二千円で抱えきれない程の本を買っては資源ゴミの日に捨てた。

 ある日、男の部屋に市役所職員が訪れた。職員は男の部屋を見てギョッと目を見開いた。部屋自体は物が無く殺風景でむしろ綺麗と言っていいはずだが、わざわざゴミが放置されているので相対的に汚く見える。無人島の波打ち際のような、景色が綺麗だからこそゴミに注目せざるを得ないような感覚だ。

 「貴方ですね、近隣住民から苦情が来ています。業者も困っていますよ。本を何冊も無理やり捨てている人がいるって」

 「物を捨てるのが趣味なんだ。人の趣味を馬鹿にするのか」

 「捨てることが趣味なんてあるわけないでしょう。ゴミ屋敷じゃない分マシですが苦情が来てますから」

 職員は言うだけ言って帰ってしまった。ただ物をもっと沢山捨てたいだけなのに。捨てることで目を逸らし続けていたストレスがどんどん溜まっていく。改善しろと言われても考えたくない。もっと大きい物を捨てる必要があるし、継続的に物を捨てる計画を立てないといけない……。


 平日の午後5時、テレビのニュースは地域に密着する地元の珍事件を紹介した。

 男はただ野に行き山に行き、小さなリュックサックを背負ってひたすらにゴミを集め続けているらしい。一見すると環境活動家のようだが、地元住民は口を揃えて気味が悪いと言い出した。

 「あの人、元々はあそこに住んでたんですよ。見えるでしょ、あのアパート」

 「ええ。……今は違うんですか?」

 「違うも何も要らないって言って出ていったんですよ。今は山の中に住んでるんじゃないかって言われてます。天狗みたいにね」

 「解約してしまったって事ですか?」

 「いや手続きも踏んでないと思いますよ。なにせ記憶喪失のフリするんですから、あの人とは会話が成り立たないんです。○○○○ピー――だから取材しない方がいい」

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