煌めきの影に溶け込んで

紫倉野 ハルリ

1. 乳化のできなかったチョコレート

メッセージの通知音が鳴り響く深夜0時。


「来れる?」


前回連絡が来たのは3週間前。彼女と喧嘩をした直後。彼女への不満を吐露しながら彼は私へ沈んでいった。


「うみはひなと違って素直で、呼んだらすぐ来てくれるから好き」


こうやって偽りの好意を私に告げながら、ほつれかけた関係をなんとか縫い合わせようとする。関係がその偽りの行為ですぐに接着できると知っていて、あえて口にするのだ。


私はその日、彼と片方の手で数えられるほどしか迎えていない朝と出会った。いつもだったらすぐに帰されてしまうけれど、今回は朝までいることになった。彼の1番になれた気がして少しだけ心がオレンジに染まった。


その数時間後、彼は私に帰るように言った。まだ朝ごはんも食べていなかったのに。彼が左手に握ったスマートフォンは通知音を歌い続けていた。朝から騒がしいニワトリのように幾度となくその音を奏でている。


わかった、そう返事をしてすぐに彼の部屋を後にする。こんなのいつものことだけれど、今回こそ別れてくれると期待をしてしまった。あろうことか、別れたら自分の元に来てくれるとさえ思ってしまったのだ。自分の浅はかさに笑いすら込み上がってきそう。


私は前回で懲りたはずで、前回もう彼とは終わりにしようと強く思った。けれど、私の指は勝手に彼へ返信していた。


『すぐ行く』


なんて馬鹿な女なのだろう。今回も彼女の代わりを終えれば、すぐに帰されるに決まっている。彼が少しの幸福を含んだ彼女への不満を口にして、私への無機質な好意を同時に吐き出す。それを免罪符に私のぬくもりを奪いながら溶け合おうとする。でも、その溶け合ったつもりの行為は沸点には達さない。身体が溶け合う程度の最低限の温度で、最短時間で、代用品を勤め上げる。


頭ではわかっているのに、なかなか断ち切ることができない。こんなことしていても私は自分を削り続けるだけなのに、彼を突き放せない。だって、この時間はこんなにも、甘い。いつもは冷たい自分の肌が、熱を帯びていくのがわかる。少しずつ、徐々に、溶かされていく感覚が忘れられない。彼が触れた場所から、ゆっくりゆっくり溶かされる。実際の時間は短いのに、彼が私に触れている間だけは時間の経過が遅い気がして。彼とずっと一緒にいれるような気がして。


本当はこの後すぐに夢から覚めてしまうのに。

何度も経験しているのにそんなこと忘れて、また幼稚な夢に溺れてしまう。

彼の1番になって、ずっと一緒にいたいと。

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