3. チョコレートガナッシュ

「あんたいつまで経っても気が付かないんだもの。」

「いや、全然雰囲気違うし気が付かないでしょう、普通。」

「やだ〜、薄情な女ぁ。」

この佐藤という人間は、高校の同級生だった。当時は今よりも背が低くて、真っ白な肌と相まって女の子のようだとよく言われていた。実際、佐藤は他とは違った。私を性的に見ることがない人だった。


佐藤は私の、友人…?いや、天敵?ライバル?そんな感じで、なぜか私と話す時だけ話し方が他と変わる。

初めのうちは私を揶揄っているのかと思っていたが、どうやらそうではないらしかった。彼は今の口調が一番楽なんだそう。最初以外は、特に私は気にしてはいなかったが久しぶりに聞くとなんだか昔に戻ったみたい。

「…懐かしい。」

「え?声が小さくて聞こえな…ってなんで泣いてんのよ?!」


彼の話し方が何も変わっていなくて、あの時キラキラ輝いていた自分をふと思い出していたらいつの間にか瞳は塩水に溺れていた。あの時は全てがうまくいっていて、なんだってできてしまう気がして。どこまででもいってしまいたかった。こんなに毎日ぬるま湯に浸かっていつ風邪をひいてしまうかわからないようなところにいるなんて思いもしなかった。きっとずっと暖かい中で、むしろ暑いくらいの気持ちで毎日を過ごしていると思っていた。


「はい。これ好きだったでしょう?」

「…ホットチョコレート、好きだったね。」

ホットチョコレートなんて久しく飲んでいない。私をぬるま湯につけ続けている彼はブラックコーヒーが好き。甘いものはあまり食べない。私はそんな彼と同じように過ごしているうちに好きだったはずのものすら食べなくなってしまっていたらしい。久しぶりに飲んだホットコーヒーはこんなに甘いのか、そんなことを思いながらうとうとしていたらいつの間にか夢の中にいたのだった。

ああ、そうだ。私はこうやって甘いホットチョコを飲んで、暖かい日を浴びて、温もりを感じることができるこの場所で眠ることが好きだった。夜でも昼間みたいなこの部屋で、暖かい空気と甘い香りに包まれていつも気づけば寝てしまう時間が好きだった。


私は私が気づかないうちに変わってしまっていたんだ。

また私はあの時に戻れるのだろうか。

眠気で朦朧とする意識の中で私はずっと昔の幸せな夢を見ていた。今とはかけ離れているはずのあの日々を。


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