第8話 声
僕はユキタカさんに相談したいことがあって、彼女の家へお邪魔していた。
彼女は怖い話や都市伝説が好きなのだが、それ以外にもある特徴があった。彼女は"見える人"なのだ。
ユキタカさん曰く、彼女は幼い頃から他の人には見えない特別なモノが見えているという。また、彼女のような霊感のある人と共にする時間が長いほど、一緒にいる人間も"感度"が上がるらしい。
最初は冗談かと思って話半分で聞いていたが、風呂釜から浮かび上がる女の幽霊を目撃してから、彼女が見えるというのを信じていた。
「それで、相談ってのは何なんだ?」
ユキタカさんはリビングの床に胡座をかきながら問いかける。突然の訪問だったが、彼女は嫌がる事なくリビングまで招き入れてくれた。
「はい。実は、友人からある相談を受けてまして。助けてもらえないかなーと…」
着いて早々だが、早速本題を伝える。
大学で軽音サークルをやってる友人から、こんな相談を受けたのだ。
***
彼は大学に入学してから軽音サークルに入っていて、三回生になる現在までボーカル担当でバンド活動を頑張っている。
彼らのバンドはインディーズでは人気があってファンも多いらしい。僕も学園祭で披露される彼らの演奏を毎回楽しみにしていた。
ある日、そんな彼と昼飯を食べている時に"ここだけの話なんだが"と念を押されて相談を受けたのだ。
「俺たちのバンド、呪われてるっぽいんだよ…」
僕のカレーを食べる手が、口に入る直前でぴたりと止まった。予想外のフレーズが聞こえたような。
「呪われてるって言った?」
「おう。どうも幽霊に憑かれてるらしい」
彼からそんなワードが出てくるとは。
想定外の流れに、スプーンに乗せていた人参がカレー皿へぽとりと落ちてしまった。
「えーっと……そういう話は確かに好きだけど。けど、僕にオバケをどうこうする力は無いよ?」
「知り合いに居るだろ?お前よりそういうのに詳しいお姉さん。その人に助けてもらえないかな?」
なるほど。最初から目当てはユキタカさんか。
確かに、僕に相談するよりは可能性がありそうだ。だが、僕はユキタカさんが除霊とかやってるのも見たことないし、彼女がそういった事が出来るのかも知らない。
彼にそう伝えたが、それでもとりあえず話してみてくれっという事だったので一通り話を聞くことにした。
初めて気づいたのは数ヶ月前だという。それは、いつも通りスタジオでセッションの練習をしている時だったらしい。
彼らは、バンドメンバーが揃った時にはビデオカメラを使って演奏を録画して、一曲通して演奏した後に確認するという練習をしていたそうだ。
その日も、メンバーが揃っていたのでいつも通りビデオカメラを回して演奏と確認作業を繰り返し行なっていた。
そんな作業を数回繰り返していた時に、メンバーの一人が不気味な事を言い出したらしい。
「なんか、女の声が聞こえないか……?」
動画の演奏に混じって、女の声が聞こえると言う。
彼含めて他のメンバーはその声に気づかなかったので、半信半疑で先程の演奏を聴き直してみることにした。すると、演奏の中盤に確かに女の声のようなモノが聞こえた。
ただ、その声は籠ったような音でノイズに混ざっているので、はっきりと女の声とは断定できなかった。
「空耳じゃね?」
そう言って、その日は不審な音について深く気にする事なく練習を終えた。
それから、メンバーが揃ってビデオを回す時には同じようなノイズが入るようになった。
そのノイズは演奏中には聞こえてこないのだが、録画した演奏の中では籠った女の声のような音ととして残っている。
それでも空耳なんだと自分達に言い聞かせて、深くは話し合わずに過ごしていた。
しかし、ライブ中に録画していたファンの間でも女の声の噂が広まり出してしまい、遂に放置しておくわけにはいかなくなってしまった。
声の出どころを皆で探してみると、どうも彼の歌声に混ざって聞こえてくる。
それから、ビデオカメラを使った練習はやっていないらしいが、徐々に喉の調子も悪くなってきて困っているそうだった。
***
「ビデオメッセージって話を思い出すな」
ビデオメッセージ。
その話は僕も知っている。友人に頼まれて遺言を録画していた主人公が、事故死した友人の家族へ件のビデオを見せることになる。
本来なら友人から家族への感謝、幸せになって欲しいという願いが込められたはずのビデオテープだったが、再生してみると、死の直前を思わせる友人の悲痛な叫びが録画されていたという話だ。
「何とかなりますかね…?」
「何とかなるかは分からんが、興味が湧いた。そいつに会ってみよう」
流石ホラー好きなだけはある。ユキタカさんが乗り気になってくれている内に…という事で、すぐ友人に連絡して尋ねる日程を調整した。
数日後、ユキタカさんと2人で集合場所であるスタジオを訪ねた。
「ども…。今日はよろしくっす」
スタジオでは既に友人が待っていた。少し前に相談を受けたばかりだが、その時よりも顔色が悪くなっているようだった。
ユキタカさんも簡単に挨拶を済ませると、さっさと始めようと促す。僕は自分の携帯の録音画面を起動させる。
友人は歌うことに躊躇いがあるようだったが、僕らの視線を受けて覚悟するように歌い出した。
録画ボタンを押す。一曲分まるまるアカペラで歌ってもらってみたが、録画中に奇怪な現象や例の声というのは聞こえなかった。
早速、先程録画した動画を三人で聞いて見る。歌い出しから一分程は特に異常も見当たらなかった。
神経質になり過ぎてるだけで、ホントは空耳なんじゃないかと思い始めた矢先。
背筋がぞくりとした。
中盤に差し掛かり、今からサビへ繋がるという盛り上がりの部分で何か聞こえた気がした。
誰も声を発していない。
ユキタカさんに視線を向けると「続けて」というので動画の再生を続ける。
女性の声だ。
友人の歌声に混じって、微かに女性の声が聞こえてくる。その声はぶつぶつと呟くようで、何を言っているかは分からない。
徐々に女性の声の感覚が短く、大きくなってくる。
動画が終盤に差し掛かる頃には、彼の歌声は聞こえなくなってしまった。
動画の再生が終わった。二人の顔色を伺う。
友人は真っ青な顔で再生の終わった画面を見つめている。
ユキタカさんは、顎に手を添えながら考え事をしているようだったが、一人で頷いてから声を発した。
「一つ、聞きたいことがある」
「最近、女性関係で何かトラブルがなかった?」
そう聞かれて彼の肩がピクリと動いた気がした。
「……彼女と別れたくらいっす」
僕も知らない情報だった。彼と彼女はすごく仲が良さそうに見えていたから、別れているとは意外だった。
彼女は音楽に一生懸命な彼を応援していたようだったが……。
ユキタカさんは神妙な面持ちで彼の方を見ている。
「そうか」
「……バンド活動は辞めた方がいいな」
「いや、オレ達、もうすぐメジャーデビューできそうなんすよ。スカウトも来てて。今辞めるなんてできないっす」
「知り合いの寺に、こういった案件に強い人がいる」
そう言って、ユキタカさんは住所の書かれたメモを友人に渡した。
「私個人でキミにしてあげられる事は無い」
「少しでも不味いと思ったら、そこに連絡しなさい」
***
帰りに彼がどういう状態だったのかを聞くと、ユキタカさんは冷たい視線を空に向けて呟いた。
「……あの男、金銭面含めて健気に支えてくれていた女を捨てるように別れているよ」
「メジャーデビューがチラついて、邪魔になったんだろうな」
捨てた彼女が取り憑いてるよ、と。
「あれは相当苦労すると思う」
「気づかなかったか?あの声がどこから聞こえてきていたのか」
アイツの口の中から聞こえてたんだ。取り憑いた女は、アレの身体の中に入り込んでるんだろうよ。
それからしばらくして、彼は喉を原因不明の病で潰してしまったらしい。
歌うことができなくなった彼はメジャーデビューも見送りとなったそうで、バンドを脱退した後に大学も中退してしまった。
中退を機に彼とは疎遠になってしまい、僕含めてその後どうなったのか知る人は居ない。
【1話完結】ユキタカさん〜気になる彼女は怪異がお好き〜 @sakusaku_panda
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