エピローグ「策士家令嬢の“誤算”」


 誘拐事件は「犯人である老魔族ゼファーの消滅」という形で呆気なく幕を閉じた。

 彼の実験室が建っていた一帯が、何もない更地へと変わってしまったあたり、先の爆発の凄まじさが伺える。

 周囲に住宅がない街はずれってのは“不幸中の幸い”かしら。

 ゼファー以外に犠牲者がいないかは後で調べてみないと確定はできないけれど。


 怒り狂った魔王が闇魔法を暴発させた時は、どうなることかと焦ったわよ……

 ……だけど私は無傷で済んだ。いくら魔王が怒っていたとはいえ、こちらを巻き込まないよう魔法を調整するぐらいの理性は残ってたみたい。おかげで命拾いしたわ!





 すっかり見晴らしがよくなった爆発跡地。

 残されたのは、ぽつんと立ち尽くす私たち2人だけ。


 隣には、ただ黙って夜空を見上げる幼き魔王。

 虫の鳴き声だけが小さく響く静寂の中、いったい彼女は何を思っているのだろう。


 冷たくも優しい夜風の心地よさを肌に感じつつ、何から話すべきか迷っていると。




「……今宵こよいの月は、一段と輝いておるのう」


 先に沈黙を破ったのは魔王だった。



 その視線の先には、やたら大きくて真ん丸な月。

 無数に煌めく星々の中でも絶大な存在感を放つ姿は、まるで昨日の大会で群衆たちへ圧倒的な力の差を見せつけた時の魔王のようでもある。


 けれど今の彼女は、輝く満月とは対照的。

 どこか物憂げな顔は年相応にはかなくて、吹けば消えてしまいそうなほど。


 幼くして1つの国と大勢の国民とを背負うことを義務づけられた魔王。

 彼女は美しき月を見て、何を感じ、何を考えているのだろうか。




 ゆっくり大きく呼吸を整えてから、意を決した私は口を開いた。


「魔王様、心よりお詫びを申し上げます!」

「……む? 何のことじゃ?」

「まずはわたくしめを助けたことで、魔王様に国民を殺させてしまったことでございます! あれほど『国民を極力殺さない』ということにこだわっておられたのに――」

「フン。お主の事が無くても、いずれあのゼファーとやらは殺しておったわ。父上を愚弄ぐろうするなど万死ばんしあたいするからのう……“極力”の例外じゃった、ただそれだけじゃ」

「だとしても今回が、その時期を早める原因となったことは否めませんわ……それとわたくしめが人間だという事実を黙っていたこともです! 誠に……誠に、申し訳ありませんでしたッ!!」


 精一杯の謝罪とともに、私は深々と頭を下げる。

 現在の魔族と人間族の関係性を思えば、先ほど人間だとバレた段階で即座に殺されたっておかしくなかった。こうやって生きてるだけで奇跡といえる。




 ――しばしの沈黙。




 それから魔王が、ぽつりと言った。


「おいミルよ、で隠しておるつもりじゃったのか?」

「そうですけれど――」

わらわを甘く見るでない。とくのとうに気づいておったわ」

「え゙ッ?! え゙え゙え゙~ッッ?!」


 衝撃の事実。

 私は慌ててたずねる。


「――い、いったいいつからッ?」

「最初からじゃよ。お主は『変化の魔法』を使っておったじゃろ?」

「ええ、魔導具で常時発動しておりました」

「やはりな……あれは便利な術式じゃ。わらわも愛用しておるしの! じゃが見た目はいつわれてもじゃ。そこらの普通魔族ならともかく、わらわのように高位の魔力を持つ魔族をあざむくのは不可能である! 何たってわらわは魔王じゃからの!」

「ですが魔王様。魔族の方々にとって人間族は敵なのでは? 初めてお会いしたあの時、既に正体に気づいておられたなら、どうしてわたくしめを普通に受け入れてくださったのでしょうか?」

「あ~それはの……面白かったからじゃ」


 ニヤリと笑って答える魔王。


「へ? それってどういうことで――」

わらわの元を訪れる奴は大抵、“敵意”や“殺気”もしくは“恐怖”のオーラに満ちておる。じゃがお主のオーラは他の奴らと違っておってのう……しかも魔族でもないクセに、わらわに取引を持ちかけてきおる。“あいすくりぃむ”とやらも美味びみじゃったし、暇つぶしに提案に乗ってやろうと思うたのじゃが……わらわの選択は正しかったようじゃ、お主はちゃ~んと結果を出してくれたし、最近はとても楽しかったからのう!」

「は、はぁ……」



 これまで私は、魔王をだまし、そして利用しているつもりだった。


 だけどそれは大きな誤算。

 実際は、強大な力を持つ彼女のてのひらの上で転がされていたに過ぎなくて……




 ……混乱する私をよそに、魔王が指をパチンと鳴らして魔法を発動。

 と同時に地面から浮き上がってきたのは見覚えのある“”。


「変化の魔導具?! さっき壊れたはずなのに……修復してくださったんですね!」

「うむ。お主は有能じゃ。まだまだわらわのために働いてもらわねばならんからのう……これからも宜しく頼むぞ、ミル!」

「……もちろんですわッ、魔王様!」


 魔王が差し出した手を、私は固く握ったのだった。


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策士家令嬢ルミエラの誤算~頭脳派なのに“人選ミス”で最弱勇者にされたので、力こそパワーな幼女魔王を陰から“最強プロデュース”しつつ一儲けすることにしました。 鳴海なのか @nano73

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