第14話「参りますわよッ、“最強”への事業革命!(2)」


 気がつけば、見知らぬ石造りの部屋。

 待ち受けていたのは、四天王の老魔族ゼファー。

 丁寧ながらもトゲだらけな口調。

 長い白髭と白眉に隠れた真顔で鋭く突き刺してくる視線。

 敵意き出しで隠そうともしてないとか、どんだけ舐められてるのよ私。


 背中にジワリとにじむ冷汗。

 どう見たってよろしくない雰囲気よね……




 私はなるべく平静を装って言葉を選び、相手の反応を伺ってみることにした。


「貴方は……ゼファー様、だったかしら?」

「お見知りおきくださり恐縮至極ですぞ、ミル殿……いや、殿


 うっへェ?! 正体人間族本名ルミエラもバレてるし?!

 あんだけ念入りに隠したのに――


 ってか、わざわざ言い直してくるあたり性格悪いわねッ!





 ……ううん。

 相手の挑発に乗っちゃダメよ、私。

 ピンチだからこそ冷静に状況を分析しなきゃですわ!



 えっと……ここは『実験室』と言ってたわね。

 器具や試料の種類から見るに、たぶん魔法関連の実験かしら?

 物が多い割に規則正しく整頓されているあたり、彼の性格が伺える。


 逃げ出すにしたって、室内には窓や入口が見当たらない。

 どうやって部屋に出入りしてるわけ?


 そもそもゼファーは強者揃いの武闘大会を勝ち抜いた実力者。

 私1人を殺すぐらい、赤子の手をひねるより簡単なはず。

 なのにまだ生かされていることに理由はある?



 何といっても、私の戦闘力は皆無。

 だからシュゼットを護衛として常に同行させていたし、彼女と引きはがされないよう細心の注意を払い続けてきたはずなのにッ……悔しいけど、ゼファーが1枚上手だったようね。


 とはいえ彼の目的も、誘拐の経緯も不明。

 敵意の向け方からして「意図的に私が狙われた」っぽいけれど――





 必死に観察眼を働かせながら、私は会話を続けていく。


「おかしいわねぇ。わたくし、先程まで馬車に乗っていたはずなのに。どうして貴方の実験室とやらにいるのでしょう?」

「そんな事もお分かりにならないのですか? これだから人間族は……ハンッ」


 嫌味たっぷりに鼻で馬鹿にするゼファー。

 いちいち相手をあおらなきゃ話せないのかコイツ。


「まァ特別に解説して差し上げますよ。わしが魔法でこちらへお招きしたのです。モノを任意の場所へと転移させる魔法……いわゆる“”ですな」


 転移魔法ッ?! 初めて聞く術式なんだけどッ?!

 てかそんな凄い魔法どうやって対処すりゃいいのよォ……


「……随分と親切ですわねぇ」


 動揺を悟られぬよう淡々と返す。


「ちとばかり興味を持ちましてな……“あの魔王が信頼を寄せる人間族”とは、いったい如何なる存在なのだろうか、と」

「あら、光栄ですわ」

「しかし……どうやら“期待外れ”だったようだ」


 前触れもなくゼファーが杖を掲げるや否や――




 ――風魔法が襲ってきたァッ?!




「なッ……何ですのッ!」


 とっさに避けた私は直撃を免れた。

 思わずキッと睨みつけると、ゼファーはニタリと陰険すぎる笑みを浮かべた。


「やはり期待外れか……所詮しょせん『人間族』などこの程度。我々『魔族』には及ばんよ、ヒッヒッヒ」


 舐めるようなゼファーの視線。

 を覚えた私が、バッと彼の視線の先を追うと。



うそッ?!」


 腕に付けていたはずの『変化の魔導具ブレスレット』が真っ二つに割れていた。

 慌てて頭を触る……やばっ、“”がしッ?!



「おやおや。変化の魔法が解けてしまったようだなァ、人間族」

「魔導具を壊したのは貴方でしょッ?!」

「力無き者が大志を抱く、それ即ち“つみ”である。わしの理想に仇なす罪人つみびとめッ」

「……は? 意味が分からなくてよ?」

「とぼけるでないわッ! 力無き矮小わいしょうな人間族でありながら、わしが狙うておった参謀の地位を独り占めしおってッ!」

「待って? わたくしは魔王様にとってただの取引相手で――」

戯言たわごとをッ! お前の進言で我が魔国の政策が続々決まりつつあるのだぞ! どこが只の取引相手だ、国の根幹を左右する参謀そのものではないかッ!」

「そういう意味では否定はできないわね……でもそれなら、貴方も政策を進言なさればよろしいだけではなくて?」

「進言したさ! 本日、貴様の後に謁見した際になッ! だが……その……」


 打って変わって口をもごもごさせるゼファー。


「あ。もしかして進言が全却下された、とか?」

「それはッ……」



 ゼファーの目が泳ぐ。

 適当に言ってみたけど、どうやらだったらしい。



「……あのね、魔王様って割と話の分かる御方よ。なのに却下されたってことは、貴方が考えた政策の内容が酷かったとか、説明プレゼンが下手だったとかでしょ。わたくしに八つ当たりされても困りますわ……というか貴方、『参謀になりたい』とか言う割に、決勝戦で魔王様を殺そうとなさってたわよね?」

「当然だ、なれるもんならわしも魔王になりたいからな! それが難しいから、ひとまず参謀を目指そうと思い立ったに過ぎんッ」

「あら、行き当たりばったりの第2希望なの? ペラッペラに薄い夢なのね」

「ええいッわしへの冒涜ぼうとくは“重罪”だッ! ――次は外さんッッ!」


 怒りに任せ、グアッと杖を振りかざすゼファー。

 再び発動する風の攻撃魔法。



 やばッ、お爺ちゃんキレちゃった!

 正論とかぶつけすぎたかも……

 ってかさっきより攻撃が強烈なんですけどォッ?!


 避けようにも速すぎて無理。

 思わずギュッと目をつぶることしかできなくて――








「……あ、れ??」


 絶体絶命の攻撃に覚悟を決めた……はずだった。

 なのにいつまで経っても衝撃が襲ってこないんだけど??


 妙な静寂に首を傾げる。

 それからおそるおそる開けた目に飛びこんできたのは。




 ――私を守り仁王立ちするの後ろ姿。

 風魔法は既に消え、衝突の残骸として残されたのは薄く立ち昇る魔力の光だけ。




「魔王様?! 何でここにッ――」

「言ったじゃろ、わらわは約束を果たすとなっ」

「へ…………まさかッ安全保障の“アレ”ですかッ?」

「他に何があるのじゃ? お主の働きが成果を出しておる以上、わらわとしても報いてやるが筋じゃろう」


 私の問いに振り返り、さらっと笑顔で答える魔王。


 うん、確かに約束したわ。

 私が“最強プロデュース”に成功したら安全を保証してくれるって。

 魔王は真面目っぽいから多少は見返り期待してたけどさ……まさか本人がわざわざ自ら守りに来てくれるレベルで仁義を通してくれるとか思うわけないでしょ!





「何故そやつを庇うッ魔王よッ! そやつは忌まわしきだぞッ!」


 ようやく我に返ったらしいゼファーの叫びに、思わず頭を隠す私。

 魔王は私をチラッと見ると、動じることなく言葉を続ける。



?」

「なっ……!」


 目を白黒させたのはゼファーのほうだった。


「このミルはのう、我が魔国に必要な存在じゃ。それ以上でもそれ以下でも無い」

「有り得ん! 人間族なんぞに――」

「グダグダと五月蝿うるさいのう。決定権を持つのはお主ではない、わらわじゃ。何故ならわらわは魔王……この『魔国グラナトゥム』最強の魔族じゃからなっ!」

「何が最強だッ?! たかが先代魔王の子として生まれた餓鬼ガキだろ!」

……じゃと?」


 魔王の額にピキッと青筋が立つと同時に、場の空気が凍りつく。



「あのっ、ゼファー様! それぐらいになさったほうが――」

「人間ごときが口を挟むなッッ!」


 さすがに「まずい」と焦った私がなだめるが、余計に油を注いでしまう。

 ゼファーは止まることなく暴言をさらに重ね始めた。


「親が親なら子も子だなッ! わしの凄さを理解せず、人間なぞに肩入れしやがる裏切り者めッ……どうせお前も先代と同じくろくな治世も出来ずにぬだけのッ――」


! !!」


 魔王の怒りがピークに達した時、その瞳が赤く光った。

 と同時に彼女の体から“闇黒の魔力”が猛スピードで膨れ上がって――




 ボガァァアァーンッ!!



 ――次の瞬間に起きたのは

 唐突すぎる衝撃に、私は動くことすらできなかったのだった。

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