第13話「参りますわよッ、“最強”への事業革命!(1)」

 実は武闘大会に備え、私たちは数日前から魔王の『特訓』に付き合っていた。


 魔王が“最強”と認知されるには『会場の魔族へ“恐怖”を与える』必要があった。

 だが魔王は『なるべく国民を傷つけたくない』と。それは彼女の父の教えでもあった。いつもワンパンでぶっ飛ばすのは「体が丈夫な魔族ならそれで死にゃしない」と考える彼女なりの最善策でもあったのだ。



 そこで私が考えたのが『闇魔力で“殺さない程度”に威圧し、全員にたっぷり恐怖を実感させる』という、魔王の膨大な魔力を活用した印象戦略ブランディングだった。


 特訓では主に『魔力の出力調整』をおこなったわけだが、その間の侵入者の皆さんにはしっかりと実験台になっていただいたわッ!

 まぁちょっと心は傷んだけど……そもそも魔王を殺そうとして侵入してるわけだから、返り討ちで半殺しにされても文句は言えないでしょ。少なくとも命までは取らなかったわけだし!




 結果として。

 決勝戦は、理想通りの展開になった。


 客席の様子をチェックしていた警備スタッフチームによれば、魔王の希望通り誰も殺すことはなかったし、計画どおり誰もが魔王に恐れおののいていたという。

 特訓の甲斐はしっかり発揮されたのだった。





 ・・・・・・・





 大会翌日の昼過ぎ。

 魔王に呼び出された私は、護衛のゼトとハクトを引き連れて魔王城の『謁見の間』を訪れていた。



「まずは武闘大会の優勝おめでとうございます、魔王様!」


 私が挨拶がてら祝辞を述べると、魔王はそっぽを向いた。


「フン、わらわが優勝するのは当然であろう?」

「もちろんですわ! そうであっても祝いたくなるのは、“魔王様を”として自然な気持ちですことよ!」

「そ……そうかの?」


 “お慕いする者”という言葉にピクッと反応しニヤつく魔王。

 この数日でようやく彼女の琴線の傾向が分かってきた気がするわ。



「加えて今回の大会は、魔王様にとってがあったはずでございます。ちなみに本日、何者かの襲撃はございましたか?」


 魔王は首を傾げ、それからポンと膝を叩いた。


「……そういや今日は1回しか天井をぶち破られておらんの。いつもなら10回ぐらいは修復魔法を発動しておる頃合いじゃが――」

「あらっ、さっそく成果が出ているんですね! 昨日の決勝戦では約1万名の国民が、魔王様の強さと恐ろしさを身に染みて実感したはず……ああっ、今思い出すだけでもわたくし、震えが止まらなくなりそうですわ……」

「ぐふっ♪ わらわが本気を出せばあんなの簡単じゃっ」


 笑顔でポーズを決める幼女魔王。とてもかわいい。


「――さすがでございますッ! 並の魔族があの恐怖を体験すれば、魔王様の居城へ乗り込もうなんて考え、消し飛んでしまいますもの!」

「む? ならば今朝の襲撃者は『“並”ではなかった』ということか?」

「もしくは『大会を見に来ていなかった』のかもしれませんわね。大会の来場者は、たかだか1万名。この魔国全体の国民総数から考えれば、ごく僅かに過ぎません……つまり魔王様、“最強プロデュース”は始まったばかりなのでございます!」

「ってことはまたすぐに武闘大会を開くんかの?」

「いえ。いくら効果があった計画でも、乱発はかえって魔王様の格を下げてしまいますわ。例えば『とても特別な時』など、“たまに魔王様が出場してやる”ぐらいの特別感でちょうど良いかと」

「では何をするんじゃ?」




 私はゼトに命じて『携帯式黒板の魔導具』を展開させると、『魔導チョーク』で板面に書き込みながら説明プレゼンしはじめた。


「先日の内容とも少々被りますが……1つめは『メディアを利用した宣伝』です。こちらは“最強プロデュース”の一環となり、先日の決勝戦での魔王様の偉大な御姿を、絵画や彫刻、新聞記事や大衆小説などで鮮烈に表現し広める、というもの。大会を観覧しなかった国民へも“魔王様のすばらしさ”を刷り込む事業計画でございます」

「おぉ、わらわが絵に描かれるのか! どんな感じになるんじゃろ?」

「そうおっしゃると思い、サンプルをお持ちしましたわ! ……ゼト、例の物を」


 ゼトは筒状に丸めた紙を取り出し、スタイリッシュにサッと広げる。

 その瞬間、魔王が驚愕の声を上げた。


「わッ、わらわではないかッ!!」

「こちらは本日の新聞朝刊の1つでございます。絵と文章で魔王様の雄姿が活き活きとレポートされており、首都グラナドの様々な場所で売られておりましたのよ」

「昨日の今日で凄いのう。どうしてこんなに早く動けたのじゃ?」

「実はあらかじめ昨日の大会に新聞各社の記者や有名アーティストを多数ご招待し、存分にさせていただきましたの。大会終了後にご挨拶したところ、皆さん一様に魔王様の戦いに感銘を受けておられましたわ……きっと後は自主的にこういった記事や作品を作り続けてくださることでしょう」

「お主やるのう!」

「有難きお言葉でございます」


 まぁ実際は記者たちに任せっきりにするんじゃなく、重大発表時は魔王側から事前リリースを出すとか、ある程度コントロールしたほうが効果的だけれど……1度に説明しすぎるのもなんだし、このあたりは後日相談するぐらいでちょうどいいかしら。




「……もう1つ、早急におこなうべきは『四天王関連事項の決定』ですわね」

「四天王は昨日の大会でもう決まったんじゃろ?」

「メンバーは決定しましたが、まだまだ決めるべき事項は多いですわ」

「例えば何があるんじゃ?」

「そうですね……まずはやはり人材の配置ですわね! 彼らには魔王城の護衛を中心に諸業務を担当していただく形となります。4名それぞれに得意分野がございますから、その特性をさらに活かす形で『魔王城のどこを守らせるか』とか『どんな部下をつけるか』とかを決めていきたいですわね……あ、『彼らの敵意をどう分散するか』も重要かと」

「ふむ、確かに決勝での奴らはわらわに敵意を向けておったのう」

「その後の魔王様の威圧で、多少は戦意を削られてはいるでしょうが……念には念を入れませんと」

「カッカッカ! 案ずるな。仮に全員まとめて襲ってきても、わらわが捻り潰してくれようぞッ!」


 そう宣言する魔王の笑顔には、たっぷりの自信がみなぎっていたのだった。





 ・・・・・・・





「すっかり遅くなっちゃったわね……」


 魔王城での用事を終えた私たちは、馬車で宿へと戻っていた。



「ピヨピヨッピィ!」

「……わかったわハクト。帰ったらすぐ夕食にしましょう」


 “お腹が空いた”というハクトの主張で、ようやく私も自分の空腹に気づく。


「夕食への御希望はございますか?」

「そうねぇ、少し特別感が欲しいかしら。魔国での事業計画を次に進める目処も立ったところだし……あとはゼトに任せるから、何か良さそうなメニューを見繕ってちょうだい」

「承知しました」


 今日は魔王謁見の後も、城の各部署を回っては細かい調整に明け暮れていた。

 体も頭もたっぷり使って疲れきっているからこそ、何か美味しいものでも食べて英気を養いたいところ。だけど細かいメニューを考えるほどの気力はない……こんな時は任せてしまうに限るってわけ。


 ゼトは周辺の飲食店事情も、こちらの好みも熟知している。

 詳細に指示せずとも気分に合ったメニューを手配してくれるし、毒をはじめ危険な要素にも注意を払ってくれる。

 ほんと出来た部下だわ……私は報酬と待遇で応えるしかできないけどね。



 そんなことを考えつつ「到着まで少し寝ようかしら」と目をつぶった瞬間――





 ――フワリ。

 体が気がした。





 それから乱暴にへ投げ出された。


いたッ!」




 体を起こした私は“”に気づく。




「こっ、ここはッ……どこですのッ?!」


 先ほどまで座っていた馬車の柔らかな椅子とは打って変わり、床も壁も無機質な灰色の硬そうな石で埋め尽くされただけの広い空間。


 全くもって“はじめまして”な景色。

 しかもゼトとハクトの姿がない……私1人だけどこかに連れ去られた??


 慌てて室内を調べようとしたところで。





「ようこそお嬢さん、わしの『実験室』へ」


 知らない老人の声が響いた。



「誰ッ?!」


 身構える私。

 と同時に目の前で“緑の魔力”が渦巻く。やがて渦は小さな竜巻となり……それらが消え去った後、かわりに立っていたのは1名の“”。

 使い込まれたローブをまとった彼の姿は、私の記憶にやたら強く刻まれていた。



 ――旋風せんぷう賢者けんじゃゼファー。

 昨日おこなわれた『武闘大会 新月しんげつ魔王杯まおうはい』の決勝戦まで勝ち残り、『魔国四天王』に名を連ねることになった実力者……



 ……“悪い予感ほどよく当たる”ってのは本当ね。

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