松野くん視点の朝

 俺は松野ケイ。今日は先日告白されて付き合うことになってしまったミナさんと、初めてのデートだ。なんで俺なんかと? 疑問が拭えなかった。話しかけられはしていたけれども、授業とか部活の話ばかりだったし、特に接点がないと思っていたから、告白されたのは寝耳に水だった。断りたかったが、ミナさんはかなりクラスの上位グループにいるし、波風を立てると周囲から反発を喰らう。それに、付き合わないとわからないことも多い、という。実際付き合って、本人の中身を見てから振るのが1番安全策だ。

 集合は朝10時に駅前。本当は学校が休みの日は朝起きるのはつらいけれど、とにかく遅刻をして迷惑をかけるわけにはいかない。携帯のアラームをとにかくたくさんかける。憂鬱な気分に負けないようにしなければならない。

 なんとか8時すぎに布団から抜け出し、もう先に私服に着替えてしまう。後回しにすると着替えるのも億劫になってしまうからだ。デート服なんて持っていないので、とにかく一昨日からきれいな私服を選別した。

 リビングに降りると、母は寝っ転がってテレビを見ており、父親は何かを食べていた。

「……ケイ、今起きたのか。ったく。休みの日だからって、たるんでるんじゃないぞ」

「……ごめん」

 父親から悪態を吐かれる。母さんは、こちらをちらりと見たが特になにも言わず、テレビを見て爆笑し始めた。相変わらず床やテーブルの上にものが散乱している。父親が食べていたのは、おそらく近くに売ってあるコンビニのおにぎりだろう。

 今日はデートだろうから、おそらく歩くことになる。なにか口にしておかないと体力がもたない。冷蔵庫の中を見るが、いつのものかわからないおかずや貰い物のお菓子など、とにかくごちゃごちゃしているし、中途半端なものばかり。諦めて、棚で見つけた粉末のコーンスープを飲むことにした。

 リビングは、爆音のテレビと、母の笑い声がうるさく、父もいるはずなのに、ものさみしい空間だった。それ以外はなんの音もない。さっさとコーンスープを飲み干し、食器を洗って、俺は早々荷物を持って家を出た。両親には特になにも言われなかったので少しほっとした。


 駅前に着いたのは9時30分過ぎぐらい。待ち合わせよりも早めに着いて安堵する。とにかく、何もなく家を出られたのは幸いだった。

 休日なので人が多く、いろんな人の声で耳が痛い。人混みは嫌いだった。駅なんて、今まで何度か友人に合わせて頑張ってきていたが、やはり来るもんじゃない。俺はミナさんが来るまでに、改めて周囲の地図をスマホでくまなく調べた。

 なぜこんなことをしなければならないのか、急に虚無感に襲われた。面倒くさい。帰りたい。そもそも好きでもない人間となぜ付き合わないといけないのか。というより好きってなんだ? そんな関わりもない人間に告白されても、うれしくなかった。意識が急激に下に降りていく。

 その時、駅の人混みの奥に、ミナさんが見えた。歩き方や雰囲気で、俺は遠目でも大体の人がわかる。だけど、これを人に話すと絶対に気持ち悪がられるので、気付いたとしても気付かないふりをする。

 近くまできて、向こうが駆寄ってきたタイミングで、手を振った。

「おはよう! ごめん待たせて!」

 時刻はちょうど10時。時間ぴったりだ。

「おはようミナさん。俺もさっききたとこだから大丈夫」

「そっかーよかった。…へへ」

 俺が早めにきていたことに気付いてない様子で、少し安心した。ミナさんは俺の服を見てにこにこしている。やはりダメな服装だったろうか。

「? どうしたの?」

「松野くんの私服、はじめてみた。かっこいいな…へへ」

 その言葉で、胸をなで下ろした。とにかく、街にいて変な格好ではないらしい。ミナさんにとっては、私服を見るのが初めてだったろうから、そういった思い込みがあるのだろう。

「……ありがと。それじゃいこうか」

「うん! 松野くんはどこに行きたいとかある?」

 一瞬地図を調べた記憶が頭を駆け巡る。大体映画とかショッピングが定番だろうけど、ここら辺では動物園をスポットに選ぶことも多い。カフェや飲食店も選ばれる可能性が高いだろう。選択肢が多めなので、最初はミナさんの意見を聞きたい。

「ミナさんはどう?」

「えーっとあたしはー、市の動物園が近くにあるからいいかなーって。でもあっこの映画館でなにかみてもいいし、気になるカフェもいっぱいあるんだよねー」

 読み通りだ。

「動物園だったらここから近いし、先にそこいこうか? それから時間見ながら、次いきたいところ考えよう」

「おっけー!」

 平和にデートをスタートさせたことに、少し俺は安堵した。とにかく、不審がられてはいけない。それに注力した。

 今日一日、長くなりそうだ。

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ミナと松野くん 那智 @nachi7111

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